愛と情熱の革命戦記

猫々左翼の闘争日誌

【名張毒ぶどう酒事件】無実の死刑囚の奥西勝さんを生存中に死刑台から救出できなかったのは無念だ

2015年10月05日 11時36分10秒 | 日本国民救援会及び関連の活動

 「名張毒ぶどう酒事件」の無実の死刑囚だった奥西勝さんが2015年10月4日午後に肺炎のために収容先の八王子医療刑務所で亡くなった。
 http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_date2&k=2015100400089

 1961年3月28日、三重県名張市葛尾の公民館において開かれた三奈の会の年次総会終了後の懇親会でぶどう酒を飲んだ5人が死亡、12人が重軽傷を負った。これが名張毒ぶどう酒事件の始まりである。

 1審で津地方裁判所は、唯一の物証とされた、ぶどう酒の王冠についていた歯型を奥西勝さんのものと断定できないという理由で無罪判決を言い渡した。ところが名古屋高裁は、王冠の歯型と奥西丸さんの歯型が一致するという松倉鑑定を根拠にして、一転して有罪死刑判決を言い渡した。その後、奥西丸さんは事実認定について争う場を奪われたままに1972年6月15日に最高裁小法廷上告棄却により死刑判決が確定してしまった。

 その後、奥西勝さんは無実を訴え続けて再審請求をし続けた。第7次再審請求で弁護団が提出した新証拠で犯行に使われた毒物がニッカリンTではなかったことが明らかになった。自白に基づいて確定死刑判決が認定した凶器(農薬)が違っていたのである。そして名古屋高裁(刑事第1部)は再審開始を決定した。ところが、同裁判所の刑事2部(門野博裁判長)がこれを取り消した。最高裁は、「科学的知見に基づいた判断をせよ」名古屋高裁刑事2部の決定を取り消して、これを差し戻した。

 差し戻しの審理で改めて鑑定が行われて毒物がニッカリンTではないことが再度確認された。ところが、最高裁第一小法廷(櫻井龍子裁判長)は、2013年10月16日に再審を認めない不当決定を下した。

 弁護団は、第8次再審請求をしたが名古屋高裁刑事1部(石山容示裁判長)は、2014年5月28日に証拠を十分に検討しないままに再審請求を棄却した。2015年5月15日に弁護団は、第8次再審請求の特別抗告を取り下げ、同日第9次再審請求を申し立てていた。

 自白に基づく毒物と科学的知見に基づいて鑑定して明らかになった毒物との食い違いは、冤罪の可能性の高さを色濃く表している。本来ならば、裁判所は直ちに再審開始の決定を言い渡さなければならなかった。

 私は、日本国民救援会の一員として仲間とともに無実の死刑囚である奥西勝さんを生きているうちに無罪を勝ち取って死刑台から救出しようと支援活動をしてきた。しかし、これは奥西勝さんの逝去とともに叶わぬこととなってしまった。奥西勝さんが生存中に無実を勝ち取り、死刑台から救出できなかったことは無念である。せめてもの救いがあるとすれば、奥西勝さんの死刑が最期まで執行されなかったことである。


筆坂秀世氏は安倍自公政権の走狗と成り下がっている

2015年10月05日 01時40分33秒 | JCPの活動、国民運動、国内の政治・経済等

 筆坂秀世氏がまた世迷い言を言っている。このことは、フェイスブック友達の投稿を通じて知ったことである。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44870

 いちいち筆坂秀世氏の世迷い言に付き合う必要はないだろうが、私としても黙っていられない気分だったから言いたいことを言わせてもらう。なお、ここで投稿する文章は、私がフェイスブックで投稿した文章を基にしながら、くどい表現を改めるなど必要最小限の加筆・修正を加えてある


 国民連合政府構想を提案した、日本共産党だって実現を容易いと思っているわけではない。しかし、安倍自公政権が立憲主義と法の支配を破壊している以上は、これを何としてでも立て直す必要がある。立憲主義と法の支配は、近代民主主義の根幹であり、あらゆる政策の前提となる。従って野党各党の間の様々な政策の違いを脇に置いてでも国民連合政府実現に向かって力を尽くす必要がある。

 筆坂秀世氏は、日本共産党の国会議員だった時代にセクハラを犯して議員辞職及び機関罷免処分を受けた。その後も党中央委員会は、彼の力量や活動実績をふまえて党中央委員会の政策委員会の一員として活動するなかで党員として立ち直れるために様々な配慮を行ってきた。いつ頃だったか記憶が定かではないが、筆坂秀世氏は議員辞職して機関罷免処分を受けた後に『前衛』という日本共産党の雑誌に論文を寄稿している。それにも関わらず筆坂秀世氏は、自ら犯したセクハラに対する真摯な反省をできないままに日本共産党から離党して挙句に思想的堕落の途(みち)をひた走り、反動勢力の駒として利用されるに至っている。

 安倍自公政権は、憲法に反することが明白な集団的自衛権行使容認閣議決定を行って戦争法を制定した。法律を廃止するだけならば、自民党と公明党を少数与党に追い込んでいけば、議員立法の形で戦争法を廃止するための法案を提出して戦争法廃止を行えるだろう。しかし、戦争法を廃するだけで集団的自衛権行使容認閣議決定が残っていれば、海外で武力行使を行う火種が日本の政治の中に残ってしまう。だから、戦争国家づくりを止めていくためには法律の廃止に留まらず集団的自衛権行使容認閣議決定を撤回することが必要不可欠である。閣議決定を撤回するためには、戦争法廃止と集団的自衛権行使容認閣議決定を撤回することで一致する政府を樹立することは避けられない。 

 筆坂秀世氏よ。教えてくれ。自民党及び公明党から政権を奪い取って国民連合政府を実現する以外に戦争法廃止と集団的自衛権行使容認閣議決定を撤回を実現する方法があるのかを。それとも、立憲主義と法の支配を破壊された状態をこのまま放置しろというのが筆坂秀世氏の見解なのか?

 確かに通例、一つの課題を遂行するための政権はあり得ない。しかし、その通例あり得ないであろうことをしなければならない状況を生み出したのが他ならぬ安倍自公政権である。また、暫定政権が政治に混迷をもたらすとしても、そうしなければならない状況を生み出したのが安倍自公政権である。国民が求めているのは政治の安定だと?確かに政情不安定より政情が安定している方が良いに決まっている。しかし、これは立憲主義と法の支配に基づく政治秩序の元ではじめて成り立つことである。立憲主義と法の支配が崩壊した独裁政治のもとでの政治的安定を国民が望んでいるわけではない。

 結局のところ、筆坂秀世氏は日本共産党の提案に対してケチをつけるだけで何も提案していない。もはや、今の筆坂秀世氏には、日本共産党の国会議員を務めていた頃の面影はなく、彼は評論家目線で日本共産党にケチをつけて国民要求実現を阻んで安倍自公政権に奉仕するだけの走狗と成り下がっているのである。

 反共攻撃に励みながら自らを日本共産党の「元No.4」であることを売りにするとは、なんとみすぼらしいことか。