細田暁の日々の思い

土木工学の研究者・大学教員のブログです。

学生による論文(16) 「東京湾アクアラインは本当に上総地域に良い影響をもたらしたのか」 松田 大生(2022年度の「土木史と文明」の講義より)

2022-10-21 04:55:44 | 教育のこと

「東京湾アクアラインは本当に上総地域に良い影響をもたらしたのか」
松田 大生

 今回の講義のテーマは「トンネル」であった。地元が千葉県袖ケ浦市である私にとって、一番真っ先に思い浮かぶトンネルは東京湾アクアラインのトンネルである。また、千葉県袖ケ浦市を含んだ地域は、1997年に神奈川県川崎市と千葉県木更津市を結ぶ東京湾アクアラインが開通により大きな変革を遂げてきた。私は約20年間袖ケ浦市近辺で暮らしてきたが、少なからず影響があったように感じる。それらはどのように私の地元に作用し、これからどうなっていくのか考えたい。

 考察の前に、東京湾アクアラインの通行料などの歴史について軽く振り返る。神奈川県川崎市から東京湾を横断して千葉県木更津市まで至る総延長約15キロの高速道路である。1997年に開業したが、開通時の通行量は当時の想定を大幅に下回った。それは高額な通行料金からであり、開通当時の普通車料金は片道4,000円であった。そのため、館山自動車道~京葉道路や東関東自動車道を経由して東京へと向かっていた自動車利用者がアクアラインに転換しなかったためである。そのため約1兆4,500億円と言われた建設費用の費用対効果の面で批判を受け、フロー効果の例と呼ばれても仕方がなかった。だが、館山自動車の全通、圏央道が木更津市から東金市までつながったことにより南房総だけでなく外房地域方面への所要時間の短縮されたこと、更には2009年に森田健作がETC搭載車に限りアクアラインの通行料金を800円に引き下げるといった公約で出馬・当選し、実際に県・国の補助金を経て実行された。そのため通行量は値下げ前と比較して約4倍と増加し、通行量の引き下げによる経済効果は2年間で約1,150億円と試算されるほど上総・安房地域をはじめとする千葉県諸地域に利益をもたらした。現在も値下げは継続されており、2022年2月には熊谷俊人千葉県知事が値下げ継続を要望、国交省も経済効果が大きいと回答し、2025年までの延長が見込まれている。

 上記の通行料金値下げから、実際に木更津市のアクアライン周辺へと三井アウトレットパーク、コストコといった大規模な商業施設が進出し、毎週末は多くの賑わいを見せるようになった。以前は袖ケ浦市の袖ケ浦駅前~アクアライン付近は、一面に田んぼが広がっていた。だがアクアライン開業後は大規模な商業施設や住宅街、更にいくつかマンションが建設されるなど、経済効果は目に見える形であり、三井アウトレット木更津周辺の変革の様子に、私はこの付近を通るごとに発展しているように感じた。アクアラインの通行料金引き下げから木更津市や袖ケ浦市の人口の増加も目に見える形となっている。アクアラインの近くだけでなく未開発地域を開発しての住宅地の増加が進み、京浜地域へと通勤する人が東京や神奈川から対岸の千葉へと越してくる事例も見られる。現在もその発展・賑わいは続いており、週末になると一日中アウトレットパークがある木更津金田インター周辺は混雑し、アクアラインでは、毎週末のように渋滞が見られる。上総地域だけではなく、マザー牧場や鋸山、館山地域といった南房総の観光地も東京からの所要時間は大きく短縮され、館山自動車の二車線化もあり多くの観光客が東京・神奈川方面からやってきている。運賃値下げが続く限りはこれから急に観光客・買い物客が減ることは考えづらく、東京湾アクアラインは、これからも上総地域を中心に多くの経済効果を与えていくであろう。これぞまさに「ストック効果」である。

 一方で、これだけの経済効果などの目に見える形で上総地域をメインに発展を及ぼしているアクアラインが及ぼした影響は、良い形だけではないと自信を持って言える。その悪い影響は、木更津駅前を中心とした既存の繁華街を廃れさせたこと、内房線や東京湾を横断する交通機関に大きなダメージを与えたことである。特に後者は、通学や通塾、遊びへと出かけるのに必ず用いていた内房線が目に見える形で衰退していくのを自分の目で眺めていたため、印象に大きく残っている。実際に、アクアライン開通前は毎時1本走っていた東京~館山・千倉の特急「さざなみ」はアクアライン開通・通行料金値下げからみるみるうちに本数が減っていき、とうとう2015年に土休日の運行を廃止、平日も君津までに運行区間を短縮するなど、通勤特急と化してしまった。それでも空席が目立っている状況であり、いつ廃止となってもおかしくない状況である。普通電車も、毎時4~5本あったものが昼間は毎時3本まで削減され、更に君津以南は新型車両を導入して2両編成ワンマン運転をするようになってしまった。このように、内房線はアクアラインや館山自動車の影響を大きく受けた。また、前者の木更津市中心部の繫華街の廃れ方はもう不可逆の領域まで達してしまった。駅前にあったそごうやスーパーマーケットといった商業施設は相次いで撤退し、旅館などは閉店が相次ぎ、現在の木更津駅前の商店街はいつ見ても人通りがあることはなく、見る目も当てられない状況である。アクアラインが開業し、そして値下げが図られても木更津駅前に人通りが戻ることはない。また大規模な商業施設の開発でも、駅前ではなく、駅から距離のある自動車で行くことを前提とした地域を大規模に開発しているため、駅前の地域はより一層廃れていっている。

 このように、地元の住民であった自分からすれば、アクアラインがもたらしたものは必ずしもいい影響ではないと感じていた。また、自動車を持たず移動手段が公共交通機関しかない学生や高齢者の方々にとってもそうであろう。アクアラインのもたらした経済効果は、上総地域の暮らしを自動車が必須なものに仕立て上げて成り立っているといっても過言ではないだろう。確かに現在は子育て世代が多く流入し、地元の人々も自動車を持ち暮らしているため問題がないであろう。だが、数十年後はどうか。子育て世代が高齢化し、そして自動車を運転できなくなる世代も出てくるであろう。その際に、内房線はまともに使える本数ではなくなっていて、また商業施設は自動車を使うこと前提の立地となっている。そうなれば商業施設へと来店する人は次第といなくなり、地域の外からの来客に頼らざるを得ない状況となる。地元を犠牲にして成り立つ発展は将来的にはいい結果を招かず、そして最終的には共倒れと相成る。

 現在、市や県の政治家はアクアラインから得られる経済効果のみに目が向いており、木更津駅前の中心市街地の過疎化に関しては何も手が打たれていない状況となっている。そのため、このままの状態でいくと内房線の駅付近の中心市街地は一層過疎が進み、内房線はさらに本数が減り、より一層自動車前提のまちとなっていくであろう。そして数十年後には上記の状態となりかねない。最終的ににっちもさっちもいかない状態になることを回避するためには、駅周辺の再開発やスプロール拡大防止を市や県が介入して進めるべきである。例えば、大規模な商業施設の誘致の際は駅から徒歩で移動可能な距離に設置する(もちろん人が入らなければ意味がないので大規模な駐車場併設等、自動車の利用者にとっても不便にならないようにする)など、駅周辺などの中心市街地に人の賑わいを取り戻さなければならない。これからも私の地元である地域が廃れていかないよう、自治体が様々な方策を行うのか、注視していきたい。


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