『アパッチ砦』 2015年10月30日
過去から現在に封切られた映画ってのは、数え切れない膨大な量だろうね。こちらも負けずに沢山観たつもりだけど、とてもじゃないけど追っ着かない。
其の場の感動や興奮を覚えたものはわりと有るんだけど、脳裡に焼きつくような、心に沁み入るようなのは、そう無いんだね。
心に沁み入るのを何度か観たんだけど、オレって、どれも、何故か映画の題名を覚えてないんだよ。「馬鹿じゃないか?」 馬鹿だよ。
「ふつう忘れへんで」 観ようと思って観た映画じゃないんだね、何気に映した映画ばかりだよ。まだビデオの時代だったかなあ?
TVの洋画劇場でも、そうだったね。涙腺刺激するようなのもあった。なんだったんだろうかね? 「そんなの人に聞くなっ」
その頃の自分の心境に琴線触れるようなもんなんかね? ああ~ええ映画やったなあ~って、なかなか余韻冷め遣らぬのを何度か観たのを覚えてる。
そんなのを何故忘れてしまうのかねえ? 「馬鹿だからだろ?」 ふつう馬鹿でも覚えてるで。「それは、こっちの台詞じゃっ」
そん時は、その映画で救われていたんだろうね。自分だけじゃないと思えたのかも知れないし、こんなの苦労の内にも入らんって鼓舞できたのかねえ?
たかが映画、されど映画ってとこがあるからね、その内容が全てで、その内容に価値があったから題名に意識がいかなかったのかも知れん。
日々、戦っていた最中(さなか)、感動は、明日の力に代わる価値があった。オレは、映画に大きく影響されていることを自覚しておるよ。
『アパッチ砦』(原題 Fort Apache) ジョン・ウェイン、ヘンリー・フォンダ主演 監督ジョン・フォード 1948年度製作 1953年日本公開
『アパッチ砦』(1948年製作) 遙か遠き昔の映画とは思えないんだね。ジョン・フォード監督騎兵隊3部作の一本だね。此れに続いて
『黄色いリボン』(1949年製作) 『リオ・グランデの砦』(1950年製作)と撮り続けたんだね。いずれも素晴らしい西部劇映画だよ。
アメリカ大西部の荒野を背景に開拓者を凶暴なインディアンから守るために砦を築いて、その使命に命を懸けて全うするアメリカ陸軍騎兵隊。
『リオ・グランデの砦』 ジョン・ウエィン モーリン・オハラ
此れに想いを馳せてジョン・フォードが再びジョン・ウェインと組んで製作したのが『騎兵隊』(1959年製作公開)なんだね。
趣を変えて、時は、南北戦争(市民戦争)の最中(さなか)、敵中横断して南軍の後方攪乱を目的とする北軍騎兵隊の活躍をフォードタッチで描いてた。
青い制服に黄色いライン、長い脚はあくまで長く格好いい。「なんやねん」 戦い無くして平和は勝ち得ない、歴史が証明しているよ。
『黄色いリボン』 ジョウ・ウエィン
偏見だ、ええとこ盗りだ、親方アメリカだ、なんて真っ当面(づら)した屁理屈なんか無かった時代だよ。野蛮人は野蛮人なんだよ。
其の中にも善い人も居る、これが事実だよ。悪い奴ばかりなんて有り得ない、善い人ばかりも有り得ない。善い人は時代の犠牲者だね。
真っ当面して正義振りかざす奴のアホなとこは、今の杓子定規が通る時代じゃなかろうが? 当時のインディアンので云って来い。
頭の皮剥がされて逆さ吊りされて焚き火で焼かれるわ。こんな野蛮人どもは、叩きのめさなあかんの。昔にも、そういう真っ当面したのがおった。
この手合を助けるために、どれだけの人が迷惑被ったか知ってるか? 宣教師どもだよ、こいつらは、ホンマに迷惑至極なド馬鹿どもだよ。
行っちゃあいかんって止めても止まらない。訊かずに野蛮人とこへ行くんだね。勇気と云うより狂信的な人たちだね。
『宣教師らの居る寺院に救助に駆けつけた砲艦の海兵隊』
『砲艦サンパブロ』でもあったね、中国の野蛮人どもを教育する宣教師が排他主義の暴徒が巣食う奥地に行ったがために砲艦から救助隊を編成し徒歩で向う。
山奥の寺院で彼らをみつけ保護しようとすると抵抗する。艦長(リチャード・クレンナ)が「彼らは、あんたを大通りで素っ裸にして輪姦して殺すぞっ」
宣教師に付き従うキャンデス・バーゲンに云うんだね。時間がない、理解をさせねばならない、艦長は、躊躇いつつもあからさまに事態を諭すんだね。
『敵が寺院の屋根から射撃してくる、包囲されるまでに脱出せねばならない』
そこへ暴徒側の軍隊が現れ射撃してくる。宣教師のおっさんは「わたしは、君たちの~」 ババーンッ撃たれて死んでやんの、ざまあみろ。
脱出の時を逸した、艦長は、キャンデス・バーゲンを部下に連れ出すよう命じて自分は残り時間を稼がねばならない。闇夜に乗じて
さも複数の兵士が迎撃するかのように見せかけるため、名を呼び合う大声を張り上げて機銃を掃射しては走り名を呼応する。しかし、やがて敵弾が彼を撃ち抜く。
『生粋の軍人、艦長のリチャード・クレンナ』
倒れた艦長を見たスティーブ・マックィーンは、愛するキャンデス・バーゲンを引き離し部下に託す。軍を除隊して平和に生きようと決めた矢先だね。
艦長が手にする機銃を拾い暗闇の寺院の石柱に身を隠し、艦長と同じように仲間の兵の名を呼び多数を模す。時間を稼がねばならない。
広い寺院の広間を石柱に身を隠し、晒しては撃ち、走り、名を呼び、それに応える。屋根に居る敵兵の何人かを撃ち落す。
名を叫ぶ、応えようとして虚しさに気付いて声が落ちる。石柱から石柱、近いのに遠い、走り抜けようとする彼の腹に敵弾が命中する。
『銃弾を受けて、自分の有りように疑いの絶叫を残してスティーブ・マックィーンは死ぬ』
ぶっ倒れて床に置かれた荷物にもたれかかる。虚しい最後だね。 「どうなってんだあー?」 ババーンッ銃声が轟いてマックィーンは死ぬ。
艦長とスティーブ・マックィーンの犠牲でキャンデス・バーゲンらは砲艦に収容される。みんな、宣教師が悪い。キャンディス・バーゲンもちょっと悪い。
「中国やろ?」 そうだよ。「野蛮人ではないだろ?」 当時はね、生きてる人の皮を剥ぐよな暴徒がおったのよ。艦長が云ったのはホントだよ。
中国ではね、生きた人の全身の生皮剥ぐ行為が昔から続いてたの。此れを野蛮人と云わずして何と云う? 「猟奇殺人か?」 群集の中で公然とやるんだよ。
「アメリカ合衆国陸軍騎兵隊の話しに、なんで中国の生皮剥がしが出てくんねん?」 昔はね、今じゃないの。其れを解らすために云ってんの。
歴史では、遠い昔、中国(清国だったかなあ?)に捕らわれた我が日本の武将が生皮剥ぎの刑に処されたって残ってるよ。
以前に書いたね、網カゴに詰め込まれて運び込まれた犬たちが生きたまま全身生皮剥がされてるんだよ。剥がされてとどめもくれずに放ったらかしなんだよ。
その数、数え切れない残虐が続いてる。それは今の時代の中国だよ。もし、戦争に巻き込まれて混沌とした時代が来たなら西側(西洋)へ逃げろ。
間違っても韓国、朝鮮、中国、ロシアには行くな。死んでもアメリカへ逃げろ。何処にでも恐ろしい奴等は居る、日本にも居る、けどもアメリカへ逃げろ。
韓国、朝鮮、中国、ロシアにも善い人は沢山居る。ほとんどが善い人たちだよ。ただ怖いのは、流されれば全ての人が同色に塗(まみ)れるところだろうね。
『アパッチ砦』 砦の司令官役のヘンリー・フォンダ、第7騎兵隊のジョージ・アームストロング・カスター将軍がモデルになってる。
ちょっと、寄り道にこけすぎた。アメリカの原住民に戻るわ。野蛮人相手に戦った人々に対して、偉そうなこと云える奴なんかおらん。
いつまで経ってもフンドシ姿のインディアンなんか野蛮人、凶暴、土人という認識に従って、それに敢然と立ち向かって堂々と謳いあげた騎兵隊賛歌。素晴らしい。
「ヒヨ~ロヒヨ~ロ、ヒョロロヒョロロ」なんて奇声を上げて襲い来る凶暴なインディアンなんか容赦は要らんっ、殲滅(せんめつ)しろっ。
「おまえ、また、ズール戦争のときと一緒やね」 ざんばら髪の頭に羽飾り差して顔に絵の具塗りたくってフンドシ揺らして何の進展もない。「聞いとらんわ」
こいつらはこいつらで種族同士がいがみ合って殺しあって太鼓叩いて焚き火の周りを奇声あげて踊ってるだけではないか。決して平和主義者じゃないよ。
もともとは、アメリカはインディアンが原住民だ、なんて宣教師みたいな正論かざして出張ってきた奴等のためにアメリカ西部劇は廃れてしまった。
軽い正義面なんかすんなっ。正義は重いんだよ、正義は苦痛なんだよ、正義は悲惨なんだよ。綺麗ごとで正義を行えるか?
正義は、矛盾と欺瞞めいた割の合わないことを含まずには成り立たんもんなんだよ。悪に敢然として戦い続けることが正義なんだよ。
理屈じゃないんだよ、守るために命を懸ける行為だよ。「ジハードのイスラムかよ?」 彼らにとっては正義なんだろうね。
正義と悪は対極してなるもんだけど円を描くようにして回り回って同じ道を歩くものなのかも知れない。だから、永遠に尽きずに終らないのかも知れない。
Horse Soldiers (Misi�・n de Audaces)
I Left My Love (US-Cavalry Song) 『騎兵隊マーチ』
I left my love, my love I left her
彼女に私の愛を残して来たよ
sleepin' in her bed
おまえは彼女のベッドで眠っておくれ
I turned my back on my true love
わたしの愛に背を向けて
Went fightin' Johnny Reb
ジョニー・レッドは戦さに行った
I left my love a letter in the holler of a tree
私に愛の手紙を木に結んで残しておくれ
I told her she would find me in the U.S. Calvary
騎兵隊の中に私を見つけた彼女が云った
Heigh-O, down they go there's no such word as can't
Heigh-O(はい、おー) そのような言葉などありません
We'll ride clean down to Hell! And! Back!
地獄に行っても必ず戻る
For Ulysses Simpson Grant
ユリシーズ ・ シンプソン・グラント
Heigh-O, down they go there's no such word as can't
Heigh-O(はい、おー) そのような言葉などありません
We'll ride clean down to Hell! And! Back!
地獄に行っても必ず戻る
For Ulysses Simpson Grant
ユリシーズ ・ シンプソン・グラント
I left my love, my love I left her
彼女に私の愛を残して来たよ
sleepin' in her bed
おまえは彼女のベッドで眠っておくれ
I turned my back on my true love
わたしの愛に背を向けて
Went fightin' Johnny Reb
ジョニー・レッドは戦さに行った
I left my love a letter in the holler of a tree
私に愛の手紙を木に結んで残しておくれ
I told her she would find me in the U.S. Calvary
騎兵隊の中に私を見つけた彼女が云った
In the U.S. Calvary
騎兵隊の中の私に
Heigh-O, down they go there's no such word as can't
Heigh-O(はい、おー) そのような言葉などありません
We'll ride clean down to New Orleans!
騎馬で綺麗なニユー ・ オーリンズまで行こう
For Ulysses Simpson Grant
ユリシーズ ・ シンプソン・グラント
『ユリシーズ・シンプソン・グラント、アメリカ合衆国の軍人、政治家、南北戦争北軍の将軍および第18代アメリカ合衆国大統領』
『ユリシーズ・シンプソン・グラント( Ulysses S. Grant、1822年4月27日 - 1885年7月23日)』