カメレオンの独り言

当分は漫ろ言の漫ろ歩き、頭に浮かんだ事柄を挿絵と写真と下手な文で綴ります。色々と間違い多いですがご容赦を。

カメレオンの独り言-1281 『見たようなことを云う嘘男』

2014年11月17日 | 日記






 11月17日







夢絵空事で人生は生きてはいけない。でも、オレから夢絵空を取ったら何も残らない。こんなのに生まれたオレも気の毒やね。

現実には不器用でもないと思うんだけれども面倒だから流されてんだね。

流されたままでも何とか生きてるから、まあ、いいやって、絵空事に夢中になるんだね。





そいで、此処まで来て、やっぱり、夢絵空事では、空気を掴むが如きに過ぎぬことを知るんだね。「気付くのが、遅過ぎるやないかえ」

人生に意味のないものは無いんだよ。ことが順序良く並んで進むとは限らない。後先入り交ざって年月が過ぎ行くこともある。

味わうってことは、知るってことだろ? いろんなことを経験して、いろんな思いを噛み締めて、愚かな自分を苛め抜く。





それでも、夢絵空を失わない。心は至って意気軒昂(いきけんこう)、身体も病気知らずの健康体。これって、どう思う?

「救われないアホか?」 そうとるか? 可能性と、とってくれよ。「夢絵空の空想物語なら可能性と捉えよう」 おまえは現実派か?

「そうだよ、おまえを見ているとそうならざるを得ない」 迷惑かけたな。



















カシオの計算機みたいな人生の何処がおもろいねん? 「なんでカシオやねん?」 現実の階段は、登りつめれば終わりが来る。

安定との交換が想定内の終わりだよ。キーを打って弾き出された結果だよ。笑いを忘れた現実の世界での戦いだけだよ。

解放されても、お決まりの老人コースだよ。オレはね、安定もない、約束もない、何も無い道を生きて来た。





悲しい人生だね。「どっちやねん? 相反する意見を云うんじゃないのか?」 云うよ、まず、其の前に現実に泣いているんだよ。

「現実を見る目は持っているねんな?」 そうよ、周りは、そんなのばかりだから見えないはずがなかろうが?

情けない、頼りない、甲斐性なし、向こう見ずのアホの標本、悲哀に押し潰されそうになってるのに、うわはっははははって笑ってる。





「分裂症か?」 全てに捉われないんだよ。空中に浮く羽毛だよ。泣いたら、なに糞っが着いて回ってる。へこたれないんだよ。

オレの人生には、死という終わりまでは、弾き出された答えがないんだよ。そんなのを感じるんだね。「う~ん、云えてるね」

それは、何故だと思う? 行き着くところまで行けってことだよ。歩き続けろってことだよ。オレは、この世で地獄を生きてるのかね?





「心地のいい地獄だね」 そうだね。こんな地獄なら、文句を云わずに頑張ろうってなるだろ? オレの人生は、そんな雰囲気だよ。



















宿なしだよ。野に彷徨う一匹狼だよ。放浪の旅人だよ。夢追い人だよ。映画の題名になる人生だね。「もう、絵空事か?」 顔が笑ってるよ。

「おまえって、ある意味、幸せだね」 そうだろ、宙に浮く羽毛の如き男の行き着くところは、果たして、何処だろうかね?

もし、病気で頓挫して、のたうって終わりを迎えようとも、泣いて泣いて泣き疲れたら、笑って笑って死んでやる。へこたれるかっ。



















まあ、今日は、朝から一発、云いたいこと云って目覚めがいいよ。晴れてるけど日差しが弱いねって、書いたら、ぷわあ~って明るく差し込んできたよ。

負けん気だね。意地をもたなきゃいかん。生きてるってことは、そういうことだよ。えらい差し込んできたね。気に入った。「なにを云うてんねん?」

太陽との意思の疎通だよ。寝とぼけた空など用は無い。スカッと晴れろ。特に休みの日は、そう頼む。






此の一週間は、ツタヤで借りてきた映画が愉しみだね。糞っ鬱陶しい仕事を終えたら映画で心を洗濯しよう。パリッと乾いたら一新される。

「糞は要らんだろ」 糞っ糞っ糞っ鬱陶しい仕事、これが事実だよ。なにが労働の歓びだよ、なにが勤労感謝だよ、おふざけだよ。

生きていく手段だよ。ただ、それだけ。「悲しい奴だね」 働くことを勲章みたいに頑張って頂戴。自由に遊ぶっ、これが人生だよ。






「人生、働かざるには生きてはいけんだろ? なら、愉しく働く姿勢を習え」 死ぬまで知ろうなんて思わない。ただ、抵抗心と戦い続けて働く。

「死ぬまで働かねばならんなら好きで働く方がいいだろ?」 抵抗する己を打ちのめして戦いながら働く。「頑なだね」

働く姿勢の新鮮度って知ってるか? 慣れが生じないんだよ。いつ何時も気が入って油断や隙がない。仕事とは、そういうもんだよ。緊張の連続だよ。






「疲れるだろ?」 そのために終業があって休みがある。給料貰って生活維持して家を建てて退職金で晩年を生きる。泥棒みたいな仕事を仕事とは云わない。



















本当ってのは、何処に在ると思う? 「何処や?」 人それぞれの心の中に在るんだよ。己の生き様を諮るのは、己の心の誠、良心の秤(はかり)だよ。

天国か地獄か、人が逝く先不安になるのはおかしいよ。自分が一番、悟(し)ってることだよ。

振り返り見る己の人生に嘘が介在することほど不快なものは無い。其の数が、少なければ少ないほど、人は安らかに永遠の眠りにつけるものさ。






人生は連続している。今を大切に生きろってことは、そのときを迎えて、どうにもならぬことで悔やまぬようにとの教えだよ。

「おまえは?」 嘘がとぐろを巻いておるね。オレのはね、嘘から出た誠、藤田まことだね。「なんやねん、なら、エラそうなこと云うなっ」

理解が及ばんね。他人(ひと)を秤の片方に載せて量るものじゃないんだよ。天秤には、自分と自分の良心が載るんだよ。そうして審判を受ける。






人が思い描くほど、あの世は花盛りじゃないよ。ほんの微小なる自分の存在を思い知る世界だよ。自分の力なんて何にも無いの。「ホンマかよ?」

何度も逝ってるから知っている。「なんでやねんっ?」 人間は、輪廻転生を繰り返してんだよ。忘れてるだけだよ。

オレは覚えている。「嘘をつけっ」 此の世で縁ある人は、過去世(前世)での知り合いだよ。坊主も云ってるよ。「おまえじゃないのか?」






坊主は、それなりに厳しい修行を積んでるから見えるんだよ。オレは、実際に、身を置き知っている。「究極の嘘つきやね」 死ぬ時、汗かくだろうなあ。


























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