2014/2/10 建国記念日の祝日を絡めて、最初は大菩薩連嶺北部をのんびりと2泊3日で歩く予定でした。東京からもチラッと見える大菩薩は白く見えていましたし、K松さんからも大菩薩でのラッセル情報を聞いていましたから、雪山を楽しめるはずだと分かっていたからです。
9~11日の予定でしたが、8日の記録的な大雪です。大雪直後の9日はあまりにも不確定要素が多すぎましたし、S子にも話してはいなかったのですが、僕の体調がいまいちでした。
と言うわけで、予定変更。10~11日の1泊2日で奥多摩の鷹ノ巣山へ行こうと決めました。日原までバスで行き、稲村岩尾根を登り、鷹ノ巣山避難小屋に泊まる計画です。9日の夕方バス会社に電話すると、「明日の早朝に道路状況を確認して運行するかどうかを決めます」とのこと。9日はまだ全面的に運行は中止されていたのです。
バス道路ですし、奥多摩町民の生活道路ですから、優先的に除雪が進み、バスも運行されるようになるはずと予想していました。しかし、10日早朝確認したところ、同じく「全面運休」。
まあ、少しはホッとした気持ちがあったのも事実です。大雪がもたらした影響の大きさが次第に僕にも実感され始めていましたし、ほんの少しの体調不良もありましたので、重荷を背負ってあの稲村岩尾根の標高差1200mもの急登を歩くのは辛いなぁと、容易に想像できたからです。
最終的にどう決めたかと言うと、10日と11日の両日とも日帰りで奥多摩の雪山を楽しもう!ということ。で、まず初日は武蔵五日市駅から金比羅尾根を経て、日の出山~御岳山というコースです。これなら朝はバスを使わなくても、駅から歩けばいいわけですし、御岳山のケーブルカーは雪の影響を受けにくそうなので動いているはずですし、下に降りればバスが不通でも御岳駅までは近いと考えたわけです。
★遭難要素その1 下山後、御岳登山鉄道のホームページを調べてみると、2月8日の15:15の便から運行を中止し、11日の14:45の便が再開するまで約3日間停止していたのですね。動いているはずなどと、自分勝手な判断は決してしてはいけませんでした。
▲武蔵五日市駅に9時少し前に到着しました。バス会社の方が通りかかったので聞いてみましたが、こちら方面のバスも今日は全面運休だそうです。
五日市の町もご覧の通りです。9:14ころ。
▲五日市小学校と五日市中学校の間をすり抜けるように進み、登山口へと向かいます。要所には標識があります。ただ、この標識は民家の敷地内に設置されていました。9:26ころ。
このあと、車道の終点まで来てしまい、間違いに気がつき、少し引き返しました。薬師堂の先へと行ってしまったのです。
▲薬師堂の駅寄りの三差路にこの標識がありました。さっき通った時には気が付かなかったのです。金比羅山へ向かいます。9:47ころ。
▲まだ舗装はされているのでしょうが、山へと登って行く細い道路になりました。雪も全面に残っているので、スパッツを装着します。10:07ころ。
▲途中の東屋で休憩しました。五日市の街の眺めです。10:59ころ。
▲琴平神社の鳥居。前の階段も雪に埋まってしまっています。11:09ころ。
昭文社の山と高原地図に載っているコースタイムとの比較をしてみたいと思います。歩いていた時間だけを厳密に抽出するのは無理ですから、休憩その他の時間も含めての比較です。
【武蔵五日市駅~琴平神社】→217%
コンビニで行動食を購入したり、街中で3回もS子が滑って転んで、お尻を打ったり、道に迷ったり、スパッツを装着したり、休憩して行動食を食べたりと、様々なことに時間を費やしましたから、ラッセルもしていないのにコースタイムの2倍以上かかってしまいました。
この記録を書いていて思い出しましたけれど、コンビニのおじさんが「昨日も金比羅尾根に入るって言ってた人がいたよ」と教えてくれました。皆、考えることは同じです。
▲金比羅山468mです。11:11ころ。
でも、疑問点があります。神社から徒歩1分のこの地点が金比羅山なんでしょうか? 二万五千図で見る限り、神社から468m標高点までは直線距離でも300mほどありますから、この山名標識のある地点はその標高点ではありえません。神社のすぐそばの小ピークは450m前後でしょう。
それでは一体、金比羅山は神社の近くのここなのでしょうか? それとも468m標高点なのでしょうか?
▲この雰囲気は奥多摩の低山ではありえないものです! 奥多摩の山へは30数年通っていますが、標高500mもない山でこれほどの雪が積もるとは! 11:22ころ。
▲アイゼンを装着した登山靴の足跡です。しかも、12本爪。念のために本格的なアイゼンを持って来るのは分かりますけれど、ただの雪の山道でアイゼンを装着して歩く人の気持ちが理解不能です。アイゼンを付けると歩きにくくて僕は嫌いですし。(この日、僕は念のために4本爪アイゼンを持って来ました。ピッケルもありますしね。)11:34ころ。
凍ってもいない普通の雪道でアイゼンを装着する人が案外いるのですが、どうしてなんでしょう? そのようにすべきと教えるガイドでもいるのでしょうか? そう書かれている教則本でもあるのでしょうか? フラットフットにせよ、キックステップにせよ、アイゼンなしで歩ける限界を理解するよう、登山靴だけで歩くことを練習したものなんですが・・・・
▲コンビニで聞かされた通り、たくさんの登山者の足跡がありました。五日市へ下っている足跡がいちばん上部にに残っていますから、昨日の午後にでも下って来た登山者たちもいたのでしょう。そんな中、犬の足跡が・・・・ 11:51ころ。
▲あきる野市深沢方面へ続く尾根への分岐です。二万五千図では送電線が近くを横切っていて、573m標高点があります。12:48ころ。
▲雪山です。これが奥多摩の低山なんて・・・・ 13:32ころ。
▲東から北方面の風景がひらけて来ました。歩いている最中は写真右のなだらかなピークのことを勝峰山(かつほやま)だとばかり思っていましたが、帰宅後、二万五千図で確認しなおしてみると、真藤ノ峰543mなんですね。左のやはりなだらかなピークは梵天山607mだと思います。14:00ころ。
当日、どのあたりで判断を下したか定かではありませんが、僕の記憶ではこの辺りの前後だったのではないかと思います。何の判断かと言うと、このまま予定通り進むか、それとも来た道を引き返すかの進退判断です。この辺りが琴平神社と麻生山分岐とのほぼ中間地点だと予測したからです。
昭文社の地図ではその間のコースタイムが2時間ですから、半分地点で1時間と仮定してみました。すると、武蔵五日市駅からここまでコースタイム2時間のところ、5時間かかっています。
【武蔵五日市駅~この地点】→250%
【琴平神社~この地点】→283%
★遭難要素その2 当日は珍しく二万五千図を所持していませんでした。ですから、現在位置の確認がおろそかになっています。ここでも、琴平神社と麻生山分岐とのほぼ半分と考えていますが、現場での自分の感じ方では半分よりは先に進んでいるだろうと、思っていました。次の次の写真の幸神への分岐がすぐ近いはずと考えていたのです。
ですから、ここからなら麻生山に3時、日の出山に4時、御岳山に5時ころ到着といった、今から考えると超甘すぎの超楽天的な予測になっていたのでした。
明日は祝日ですし、ツエルトもバーナー、コッフェルもありますから、万が一フォースト・ビバークになっても大丈夫という楽観や、来た道を引き返すのだけは面白くもないので嫌だという気持ちが、ここでの判断を前進する方向へと引っ張ったのだと思います。
まあただ、薄明るいうちに下山するのなら、ここで引き返すのが最終判断ポイントであったのは確かなのです。その判断だけはしっかりと行い、S子にも「こうこうこういう状況だけれどもどうする?」と確認をしているのです。
▲勝峰山はS子の後方の山のどれかでしょう。天気は相変わらず最高で、風もなく穏やかな日です。14:05ころ。
▲日の出町幸神方面への分岐です。途中、先ほどの梵天山、真藤ノ峰、勝峰山(厳密に言えばこの山だけは寄り道ですが)などを通ります。631.9m三角点の少し南西地点です。14:55ころ。
ここまで予想外に時間がかかりました。内心「御岳山に5時は絶対、6時にだって着くのは無理だな」と分かって来ていました。「まあ、7時になっても大丈夫だろう。ケーブルカーは動いているはず」と思っていたのです。
★遭難要素その3 御岳山ケーブルカーがこの日、運行していなかったことは前のところで書きましたが、それとは別に「7時台までは動いているはず」と信じていました。夏なら、夜の7時でも薄明るいですしね。ところが、調べてみると、最終は18:30なのです。これを逃すと、御岳山駅からケーブルの下の車道を1時間くらいかけて歩いて降りなければなりません。多分、凍っている箇所も多いでしょうから、暗い中、嫌な下りになったことでしょう。
本当は、ここからでも引き返した方が結果論から言うと、安全かつずいぶん早く下山出来たはずです。でも、当事者の感覚では琴平神社よりも御岳山の方がずっと近いと感じる場所だったのは確かです。
▲樹皮模様が美しい木がありました。名前は分かりません。調べましたが、確定できませんでした。イヌシデとかアカメガシワなのかと思いますけれど・・・・ 15:04ころ。
▲コル状の場所に来ました。人のせいではないと思いますが、ここだけ雪が付かずに地面が見えている箇所がありました。風が強くて、雪が積もらなかったのでしょうか? 15:06ころ。
▲山での積雪は30~40cmくらいだろうと、高を括っていました。でも、御覧の通り、僕の膝の上、50cmはあります。15:09ころ。
御岳登山鉄道のHPでは滝本駅50cm、御岳山駅70cmと書かれていました。
雲取山荘のHPにも、8日は60cm積もったと書かれています。
▲麻生山794mです。15:13ころ。
この頃には、眼前に見えているこの距離が思いのほか遠いことが分かって来ていました。
▲S子はこれくらいの斜面でも結構怖がります。僕などは滑落してもすぐに止まるし、雪だから痛くもないし、と思うのですが・・・・ 15:15ころ。
▲麻生山の巻き道を抜けて、麻生山への分岐に着きました。16:54ころ。
▲すぐそばに立つ標識。ここは白岩の滝へ下る分岐にもなっています。16:54ころ。
白岩の滝へと下山している足跡があれば、そちらへ降りる選択肢もあったのですが、足跡がないのでその選択はしませんでした。何故なら、もうすぐ日没で暗くなりますから、トレースがない状態で突入していくのは危険だからです。
このころには「御岳に着いてもケーブルカーには乗れそうにないなぁ」と考えていました。ただ、人里ですから安心です。S子がバテ切ってしまったり、どこか痛めたりしないかということだけは心配していましたが。
★遭難要素その4 本来ならば下山していなければならない時間に、まだ山中をうろついている、そんな失敗の最大原因が何か? この頃になると僕自身の中で自覚され始めていました。それは我々二人の歩くペースに対する過信です。ここまで僕の計算よりも何割増しもの時間がかかっています。
でも、今さら急いで歩いても危ないだけですから、S子には自分のペースで確実に歩みを進めることのみを促します。心強いことに、S子も全然不安感は抱いていないようです。16年前の大雪の奥多摩で夜中じゅうラッセルし、フォースト・ビバークした経験も、S子とはありますから、その時と比べれば、今日はトレースもありますし。まだ時間も早いのですから。
【武蔵五日市駅~白岩の滝への分岐】→263%
トレースで思い出しましたが、途中までたくさんあった足跡がどの辺からだったかワカンを付けた一人だけの足跡になっていました。昨日登った多くの登山者が、金比羅尾根を登ったものの時間切れで途中から引き返したようですね。
▲まだ薄暮が続いています。帰宅後調べてみると、この頃の日没時刻は17:20ころのようです。17:12ころ。
▲だいぶん暗くなって来ましたが、まだヘッドランプなしで歩けます。17:28ころ。
▲青梅の街灯りでしょうか。風もなく、月明かりと雪明りでまだヘッドライトなしで歩けています。心地の良いナイトハイクを楽しむ心境になっていました。17:47ころ。
▲登山道の四つ辻に出ました。養沢鍾乳洞へのトレースはもちろんありません。日の出山を巻いている御岳へ直接出るルートも誰も歩いていません。ワカンの主は日の出山方面へ向かっています(から来ていた?)。18:19ころ。
このトレースの状況を見て、僕には新しいアイデアが浮かびました。それは、登山者たちはどうやら御岳山からは来ていない(へは行っていない)ようだ。ということは、つるつる温泉への登山道にトレースがあるかもしれない、と。
この新たな可能性には少し心が浮き立つようでした。わりと早めに里へ下山できるかもしれないからです。下山してタクシーを呼べば、意外と早く帰宅できそうだ、と。
▲日の出山直下の三差路に出て来ました。三つ沢や松尾、つるつる温泉へ下る登山道がある分岐です。僕の予想通り、つるつる温泉へと向かっている足跡が複数付いています。これで、里への下山はほぼ大丈夫です。18:37ころ。
たしか、この辺りでヘッドライトを装着しました。
【武蔵五日市駅~つるつる温泉への分岐】→275%
▲S子の頭にはヘッドライトが付けてあります。18:41ころ。
▲地図にはない分岐が出て来ました。平井川の源頭に出て、林道を下って行くルートです。通常の登山道はつるつる温泉と指されている方向。どちらからも下山できそうなので、歩いている登山者の多いルートを選ぶことにしました。それで、平井川の源へ。18:46ころ。
▲立派なトレースがあります。ヘッドライトを点灯させているS子。18:54ころ。
▲源頭の急斜面は終了し、林道に到着しました。何やら看板も立っています。「タバコの投げオキ 火事の元」でしょうか? 19:08
▲日の出山直下でつるつる温泉へ向かっていた登山道が林道へ合流しました。20:03ころ。
【武蔵五日市駅~日の出山からの合流点】→271%
▲普段もこの奥の林道への通行は禁止されているようです。20:06ころ。
▲人里っぽくなってきました。掲示板の屋根に積もっている雪はこの時でも50cmくらいありそうです。20:08ころ。
▲民家も1軒2軒と出て来ました。その家の車は雪に埋もれてしまっていて、出せそうにありません。道路の除雪をしないと、車を出せないほどに雪が積もっています。登山者だけでなく、住人もここを歩いているのでしょう。20:13ころ。
▲少し進むと道路が除雪されていました。でも、登山者には有難迷惑で、凍っていて滑り易くなっているのです。端っこの雪の上を歩きます。20:38ころ。
▲とうとうバス道路に出ました。これでタクシーを呼べば駅に着くことができます。除雪もされていますから、大丈夫でしょう! 20:47ころ。
【武蔵五日市駅~都道184号線】→257%
★遭難要素その5 最終的にここまで昭文社の地図のコースタイムと比較して2.57倍の時間がかかっています。ラッセルになると、無雪期のコースタイムの2倍3倍4倍、それよりもずっとかかることがあることは普通です。
二人での歩くスピードをコースタイムの2倍以内と予想していました。ですから、当初は御岳集落に夕刻5時、次第に6時、7時となりましたが、それでも2倍をさほど越えていません。
57%も越えていますから、予定よりも2時間半~3時間オーバーしていることになります。遅くとも薄暮には下山できる予定が、こんなに遅くなってしまいました。
14:00ころに行なった判断で、コースタイムの2.5~3倍かかるとの現状認識をして、引き返す判断が正解だったと思います。
とにかくタクシーを呼ばなくてはなりません。檜原村の横川タクシーだけは携帯に登録してあるので電話してみました。しかし、案の定、日の出町は営業エリア外なので無理だとのこと。京王タクシーの電話番号を調べて電話しますが、誰も出てくれません。
松尾バス停に着き、タクシーをここで待てればいいのですが、肝心のタクシー会社と連絡が付かないのです。仕方なく、次のバス停へと歩き続けます。
どの辺りだったのでしょうか? 小型のブルドーザーなのでしょうか? 除雪をしている重機がいました。その除雪車は奥から駅方向へと除雪を進めているようです。駅方向の道路にはまだ雪がたっぷり残っているのです。除雪車に乗っているおじさんにこの先のことを尋ねてみました。「タクシーはここまで迎えに来てくれますかねぇ?」と。答えは「難しいと思うよ。ここから30分くらい歩くと、また道路が除雪してあるからそこなら迎えに来てくれるかも」と教えて下さいました。でも、ちょっとガッカリ。「雪があると言っても、けっこう踏み固められているので、来てくれると思うけどなぁ」と個人的には思ったりします。
寒さのせいでしょうか? 電波が弱いせいでしょうか? すぐに電池が切れそうになる携帯で、何度も呼びだそうとしますが、つながりません。S子の携帯も動員して、かけますが駄目です。肝要の里を過ぎ、どこまで歩いたでしょう? 「最終電車に間に合うだろうか?」と内心不安に思い始めていたころです。
先ほどの除雪車が近づいて来ました。そして、僕に声をかけるではありませんか。どうやら「乗らないか」と言ってくれているようです。僕とS子を乗せてくれたのです。
近くの事務所まで乗せてくれました。途中、除雪車の中から「夫婦の登山者を救助して来たから、今から連れていくよ」と事務所に電話するのです。もちろん冗談ですが、「ストーブをつけといてね」とも言ってくださいます。有り難い心遣いです。
事務所ではストーブのそばに座らせていただき、お菓子や温かい飲み物までいただきました。冷えていた肉体とともに心まで温かくなります。
しかも、乗せてくれた方(どうやら社長さんのようです)の息子さんに「駅まで乗せていってあげなさい」と言ってくれています。まだここは、歩けば駅まですごく遠い場所なのです。
本当に感謝の念しかありません。
息子さんに自家用車で武蔵五日市駅まで送っていただき、無事に23:04の電車で帰宅することができました。
後日、しっかりとお礼をさせていただいたことは申し上げるまでもありません。
都道に出てからのS子はそれまでの山道と同じほどのスピードでしか歩けない状態でした。今日一日の蓄積された疲労やそれから来る足腰の痛みもあったのでしょう。里に降りて来た安心から来る緊張感の緩みもあるのでしょう。とにかく、歩くスピードは時速2kmくらいだったと思います。都道に出た地点から駅までは8~9kmあるようですから、3時間以上はかかったでしょう。23:53の終電に間に合わない可能性大でした。
ですから、この除雪をしておられた方のご厚意は感謝してもしきれません。
自宅に戻ったのが夜中ですから、当然のことながら翌日は休息。山へは行きませんでした。それにしても、僕自身、雪の奥多摩を30年以上歩いていますけれど、こんな低山でこれほどの積雪があったのは初めての体験です。
こんな近くで雪山を楽しめることは実に有り難いことです。いつもの年の奥多摩の冬山といった固定観念を捨てて、本格的雪山に対するのと同等の心構えを持って山行を行なわなければならないと反省しました。