だいじなもの

母が特養ホームに入ったので、姉と一緒に母の家を整理している。
たくさんは持っていけないけれど、大事なものを少しずつ母のところに運んでいる。

その人にとって、一番大事なものというのは、なんだろう?
戦争の時空襲があったときに、、防空壕に逃げる際持っていったのは、アルバムからはがした写真だった、と母から聞いたことがある。
母が大事にしていた写真を、万が一なくなると困るので、少しだけスキャナーで取り込んだ。

若い頃の父と母と、真ん中にいるのは母の友達だろうか。まだおそらく結婚していない父と母は、この頃青春していたのかもしれない。




もう一枚。ここにも、多分同じ友達だと思われる人が写っている。楽しそうに笑っている母。

  


それにしても、今我が家を見渡すと、物があふれている。
いずれ、次の世代にはいらなくなるものばかりだ。できるだけ整理して、暮らすようにしなくては。

何か一つだいじなものを持って行くとしたら、何だろう?
私の場合、もしかしたら、パソコンのハードディスクかもしれない。仕事も、写真も、とっておきたい物は全部ここに入っている。
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父が昔使っていたカメラ

先日、叔父さんが病院に来た時に、父から借りたカメラだといって、これを持ってきてくれた。

 


お〜、なつかしい。
父はこのカメラで、いろいろな記念写真を写してくれた。上からのぞいて撮るのだけど、二眼レフカメラというのか。
叔父さんは、50年前に借りたといっていた。すごい骨董品である。

そのカメラで父が写してくれた写真を何枚か載せてみる。

私の祖母と従姉妹たち。多分妹の初節句に来てくれた時のものだろう。

 


お正月の写真。近所の友達もみんな一緒に写してくれた。

 

 


家族の写真。

 
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洗濯物ほし(追記あり)

今月のトントンの刺繍は、「やさしいにおい」(Shiki彩々)

 


この刺繍でもわかるけれど、せっかく母が手洗いした大きな洗濯物、シーツをさわっている。きっと汚い手で。(苦笑)


私とトントンが着ているのは、この写真をもとにしたとのこと。




今でも覚えているけれど、母の手作りの私が着ているワンピースは、色が茶色で子ども心に夢がなく、あまり好きじゃなかった。そのせいかどうか、母がかわいいアヒルの刺繍をさしてくれて、それからはこのワンピースが好きになった。
妹には、ひざにダッコちゃんのアップリケがついているズボンがあった。写真を探したのだけど、見あたらない。見つけたら、アップしよう。

<追記>
そんなことを書いたら、トントンが妹の写真を見つけ出してくれた。
これは、なぜか小さい写真。でもよく見ると、だっこちゃんのひざあてがしてある。子どもの頃、冬は霜がとけてぬかるむので、歩く所にはござが敷いてあった。



こちらは大きいけど、だっこちゃんの全形が写っていない。




いつも庭にたくさんの洗濯物が干されると、そのまわりで鬼ごっことしたり、かくれんぼをしたりする、かっこうの隠れ場になった。
それで、きっと汚したこともあったと思うけれど、洗濯機もない時代に、なんと大変なことだったろう。

父が残した写真には、洗濯物を干したものが何枚かある。
これはいつか載せたことがあるけれど、妹が生まれてすぐの時の写真だ。




これはいつのものか不明。


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帽子と乳母車

繪子のママンさんが、きのう帽子をほめてくれたので、今日は父の写真から帽子をかぶっている写真を載せてみる。

昨日のとは違う、母の手作り帽子。




トントンと二人。キズだらけの私。




トントンの代からかぶっていたのかな。同じに見えるけど。それともガラが違うのかな。




そして、さらに、帽子はウワサの三姉妹の(笑)、妹に受け継がれ・・・。




受け継がれたのは、帽子だけじゃなくて、ベンツ製(?)の乳母車も。
これはトントン。




トントンがかぶっている帽子にはこんなのもあるよ。でも、私はかぶっていないので、一代でダメになっちゃったのかな。
上から下まで、何から何まで母の手作りのもので埋め尽くされているトントン。



これは、井の頭公園のトントン。


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刺繍の日

毎月初めの日は、トントンのブログ「Shiki 彩々」では、刺繍の日になっている。
父が写した昔の風景、子どもの頃の私たちの写真から、刺繍作品にしたのをのせている。

今月は「お砂場で」




元になった父の写した写真。






ちょうど、「エマノン歌仙・その13冬木立の巻」ではこんな句が私のところに回ってきた。

19   まざまざと 母の思い出 二輪草      茶目猫

そして、次につけた私の句。

20   姉とそろいの  手編みのセーター     紅蓮
 

二輪草に申し訳ないほど、汚い姉妹なのであった。

(写真は「Shiki 彩々」からお借りしました)
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お下がり

この写真は、トントンも私も、めずらしく晴れ着を着ている。
そして、ちゃんと布を敷いて記念写真を撮ってもらったにもかかわらず、2人ともなぜかこんな顔をしている。(笑)




そして、これはそれから数年後の井の頭公園で写してもらった写真。




これだけじゃわからないので、もう一枚。
トントンのお下がりを着ている。



ついでにもう一枚。
妹。多分スカートはもう使用に耐えられなくなったんじゃないかと思う。


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昔の写真・つづき

きのうに続いて、父が写した写真をアップしてみる。

近所の仲良しのOさん姉弟。
田舎の子、大集合みたいな写真。(笑)




トントンとOさんのお姉さんがままごとをして遊んでいる。




人形を抱いて、近くのお兄さんと一緒に写してもらった私。




この写真で、トントンがおぶっているのは、人形ではなくて、本物の赤ちゃん。
私はまだ5歳で、妹をおぶわせてもらえなかった。早く大きくなっておぶいたいと思ったけど、大きくなった時には、赤ちゃんも大きくなって、結局おぶうことができずに終わった。



(それぞれの写真の撮影時期はバラバラ)
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昔の写真

昨日のトントンのブログを見たら、なつかしい時を切り取ったような刺繍作品がのっていた。

昔の小さかったころのトントンと私の写真ものっている。

それで、私も昔の写真を1枚アップ。すごい田舎の子みたいなので、笑える。




昨日トントンがアップした写真より少し前の写真。トントン4歳、私が2歳頃だろうか。2人でおそろいのお人形を抱いている。
あの頃、おそろいの物を持つというのは、めったにないことだった。
洋服もなにもかも、いつだって妹の私はトントンのお古。という時代だった。

それなのに、5歳下の妹は、もう使用に耐えられなくなって、新しい物を買ってもらっていたのだから、次女というのは不利な立場だった。(泣)
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「井の頭線沿線の1世紀」

この間、この記事を書いた時、父が写した写真の駅が、どこなのかわからなくなってしまった。

でも、どうやら、いろいろ考えると久我山駅らしい。ふだん利用している駅は、何十年かに一度大幅に改装される。改装されると、新しい駅になじんでしまい、古い駅は記憶の片隅にしか残らない。
久我山駅も、知っている限り、4回変わった。4回目はつい2年くらい前だ。

そうして、ブログにあやふやなことを書いていたら、久我山散人さんが、「井の頭線沿線の1世紀」という本を送ってくれた。それこそ、昔なつかしい景色満載の本だ。しばらく、ページを繰る手が止まらず、見続けてしまった。
終点から終点まで、30分かかるかどうかの短線、井の頭線。でも、子どもの頃、行ける世界の全てがその沿線どまりだった。
30分なのに、旅でもしていると思うほど長く感じられた。
しばらく本をお借りして、昔の世界を楽しみたい。

この写真は父が写してくれた、井の頭線に乗っているトントンと私。覚えている限り、一番古い車輌。


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一昨日のコースと昔の写真

一昨日は、調布〜西荻窪のトントンの家に行くのに、暑いさなか寄り道をした。
どこを通ったかというと、三鷹台の駅。電車に乗っていてもわかるけど、すごく変わった。駅そのものが移動してしまった。

それから、散人さんの昔の家の庭を、線路越しに眺め(うっそうとした森のような庭。中に入って見てみたい)、その後、幼なじみのハタノリちゃんの家の所を通り(今も近くに住んでいるというけど今の名前を知らないのでわからなかった)、イソノさんの家もわからなくて、ハセの家の近くも通り、タマちゃんの実家の前を通り、アケちゃんの家の横も通って、そうして、トントンの家に着いた。
そんなことをしたので、暑さにやられた。

なつかしの一枚。これは三鷹台駅 井の頭線沿線のどこかの駅近く。
父が写した約半世紀前の写真。ちょっとピンぼけ。
今の駅を見てしまったら、記憶があやふやになってしまった。


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ふるさと

これはトントンの刺繍作品。
場所は、井の頭公園。



この元になった写真は、ちょっとピンぼけだけど、父が写してくれた写真。今からおよそ半世紀も前のものだ。
まだ妹が生まれる前で、トントンと私はよく父に井の頭公園に連れて行ってもらった。



私たちが生まれ育った杉並区は、その頃、一面畑が広がっていたが、半世紀の間に、畑はどんどん減っていき、家も新しく建ち、昔の面影はほとんど残っていない。
けれど、井の頭公園周辺には、まだなつかしい風景が残っている。ここは、もしかしたら、私たちの故郷かもしれない。

この間京都からさとさんが来た時に、久しぶりに井の頭公園を歩いた。
そこで、さとさんが写してくれた写真。トントンと私の位置は逆だった。(笑)

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多摩川いま・むかし

トントンが井の頭公園の「いま・むかし」をブログに載せていたので、まねをして、多摩川「いま・むかし」を載せてみる。
この間のGWに、多摩川をシティで走って撮った、京王相模原線の京王多摩川駅近く。




これは、父がその昔に撮って、フィルムで眠っていたのを、パソコンに取り込んだ写真。
父が私を自転車に乗せて連れて行ってくれた多摩川。おそらく3才の頃の写真。やはり鉄橋が見える。これは何線だろう?
手にはミルキー。(笑)




先日の、多摩川河川敷。レンゲやヒメジオンの野原。




昔多摩川はこんなだった。




昔も今も、変わらないのは、広々とした空とのどかな川の流れ。

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8ミリ映像

昔の映像はなつかしいからといって、そうしじゅう見るものではない。
一昨年、NHKに送らなければ、すみからすみまで見ることもなかっただろう。
最初に送る時に見て、NHKからこういう場面を放映したいといわれて、その時も見て(3回も)、もう何度も見た。

カッパ師匠が切り取って送ってくれた映像を、せっかく自分のホームページを使ってアップしたので、またのせてみる。
(紅蓮の動画に今回アップしようとしたけど、拡張子がちがうのかアップできなかった)

一回目に流れた映像

<トントンがゴム飛びをし、私がフラフープで遊び、妹が友だちと三輪車に乗っている。>

そして、実はこの8mmの主役は、なんといっても妹。妹とのその友だち家族がたくさん写っている。
私もトントンは、おまけのように写っているだけなのである。

最近、伊東ゆかりさん関連で、この記事を訪れてくれる人が多い。でも、8mmにはゆかりさんは、少ししか写っていなくて、写っているのは(それもけっこう長時間!)、弟さんとご両親である。

弟さんは、NHKで放送された一回目に流れた映像にもちゃんと映っている。
弟さん(タケシ君)でも検索するとここにたどり着くので、もしたどり着いたら、コメントかメール(メールアドレス=pko-miwa@goo.jp)を送ってください。
ご本人に限って、子どもの頃の姿が映っているDVDをさしあげます。

(写真は妹と、幼稚園の遠足についていった母と、妹の友だち、タケシ君とタダシ君と家族。場所はどこだろう??)
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家に残る8ミリフィルム

このBlogに何回か書いているのだけど、父は私が小学校低学年の頃、8ミリのカメラを買って、よく私たち姉妹やその友だちを写してくれた。8ミリを見るには映写機が必要だったけど、もうだいぶ前に壊れてしまっていたため、かなり長い間、そのフィルムを見ることができなかった。
けれど、何年か前に、そのうちの何本かを、母が2枚のDVDに焼き直してくれたので、昔なつかしい景色や自分たちの姿と、動画で出会うことができるようになった。
それを一昨年、昔の8ミリを募集していたNHKに送ったところ、数分(何十秒かも)とはいえ、3回もテレビに放映された。

最近、姉がまた16本の8ミリフィルムを見つけ出したので、全部DVDに焼くことにした。
多分、いいのはすでに焼いてもらっているはずなので、何が入っているかわからない。けど、わからない以上、捨てるに捨てられないので、写真屋さんに頼むことにしたのだ。

10分で2000円。多分全部で3〜4万円といわれ、まあ高いけど、貴重なフィルムなのでしょうがない。
どんな映像が入っているか、楽しみではある。

ところで、だいぶ前の記事なので見ていない人のために。

父の残した8ミリ

写真トップは、近所の子どもたちが集まって、みんなで幻灯を見ているところを、トントンが刺繍に刺したもの。今日のトントンのBlog「shiki彩々」)には、新たな刺繍作品がアップされる予定なので、そちらもごらんください。
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遠足写真

チョーローカルな話題になるのだけど(ってもともとローカルだけど)、昨日見つけたアルバムにはってある写真を見て、思わずウッソー! といってしまった。
なんと、私のBlogの先生であるカッパ師匠久我山散人君、runner君、みんなのアイドル、オノクリちゃん、のり子ちゃん、私や他の人が遠足で一緒にお弁当を食べていたのである。
場所は写真の裏に小3年「ユネスコ村」と書いてある。
つい最近Blogで交流が生まれたけど、もとをたどれば、こんなに小さい頃のお弁当仲間だったなんて、ビックリ。笑えた。

小さい頃と言えば、さらにもう1枚。小2の時の「平山城址公園」。
ここでもカッパ師匠と、久我山散人君と、オノクリちゃん、のり子ちゃんと私は一緒にお弁当を食べている。まだ8歳の時。



これらは写真屋さんが撮ってくれたものだけど、集合写真とお弁当を食べている時の写真がほとんど、というアルバムである。
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