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炉役金差出、出入の訴状(後半)

(2本植えたデコポンの新芽
-水が切れて枯れたと思っていた1本も新芽を出した-)

(昨日の文書の続き)
一 右鋳物師、居所駿州大善村は星与左衛門様御支配所、鋳物師助右衛門、同国江尻町は御代官山田治右衛門様御支配所、鋳物師六郎左衛門、善兵衛、遠州浜松は松平伊豆守様御城下、鋳物師太兵衛、同国見付町は小笠原壱岐守御預り地、鋳物師清兵衛、同国森町は土屋平八郎様御知行所、鋳物師五郎左衛門、右五ヶ所鋳物師ども罷り有り候に付、右の所々へ銘々に御状遣され候、山田治右衛門様、松平伊豆守様、土屋平八郎様、御三ヶ所よりは刑部少輔様よりの御書附を以って鋳物師どもに仰せ渡され候ところに畏み奉り候由、御請け仕り候御返答御座候御事

一 遠州見付町清兵衛儀、小笠原壱岐守様當分御預り地に御座候へば御勘定所より御下知これ無く候ては、御自分にて御指図成られ難く候由、御返答参り候事

一 駿州大谷村に罷り在り候助右衛門は、星与左衛門様御支配に候ゆえ、与左衛門様へ助右衛門召し出され、刑部少輔様書面を以って段々仰せ聞かれ候由に御座候えども、得心仕らず、御公儀様より仰せ付けこれ無く候ては、炉役金指し出し候事、罷り成らず候由、申し上げ候に付、与左衛門様より刑部様へ右の通り仰せ遣わされ候、拙者方へも右の通りの挨拶御座候、左様に候えば、代々頂戴仕り候御綸旨、東照宮様より駿遠両国鋳物師惣大工職の御朱印の表、禿げ申すに付、勿躰なく存じ奉り候、当七月上京仕り、刑部少輔様へ右の趣申し上げ候えば、御綸旨、御朱印共に申添え候段、助右衛門不届き至極、その分に指し置き難く思し召し候間、早々御江戸へ罷り下り御役人様方へ御訴え申し候様に、この節御添状にても下し置かれるべく候えども、刑部少輔様、御死去に付、御家督宮内少輔様御忌中に候えば、御状御添候儀、御遠慮思し召し候間、早々罷り下り御訴え申す様にと、仰せ付けられ候えども、困窮仕り候拙者儀、
度々上京仕り、又はこの以後江戸表に永々罷り有り候ては、不如意の拙者なお以って難儀仕り候と、相願い候えども、とく罷り下り御役人様方御下知の程、委細京都へ申し上げ候様に、その段御聞き届け、宮内少輔様より仰せ達する由に御座候ゆえ、この如く御訴え申し上げ候、助右衛門申し分に候ては、御綸旨、御朱印の御威光禿げ候様に、恐れながら存じ奉り候に付、委細申し上げ候御事、

右の段、聞こし召し分けさせらるべく、御綸旨、御朱印の御威光相立て候様に、幾重にも御意仰ぎ奉り候、以上

               駿遠両国鋳物師惣大工
                 遠州森町住
 享保十八年丑九月          山田七郎左衛門
   御奉行所様


当時、駿遠両国に梵鐘などをつくる鋳物師が五ヶ所六人いた。それぞれお役所へ、炉役金差し出す旨、書状を出したところ、三ヶ所からは応諾の返事があり、一ヶ所は権限がないから指図できないと保留の返答があり、残り1ヶ所の大谷村助右衛門だけが、御公儀より指示が無い限り、得心出来ないと返事があり、江戸へ出て訴訟になることになった。

この後、訴状を出したところ、江戸の寺社奉行より差し紙(出頭命令)が来たところで、この文書は終っている。訴訟の結果がどうなったかは、この古文書ではわからない。
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