三屋清左衛門残日録      読み返した本 3

2011-01-26 15:16:57 | 日記
藤澤周平全集 第21巻所収 文藝春秋刊
主人公は言わば、定年退職したやもめの物語である。勿論、成人した跡継ぎはいるし、嫁も孫もいる。他の子等はおのおの養子、嫁にやり、武士の家の家長としての義務を果たし、申し分のない境遇にいる。
この小説の読み所はストーリーにあるのではなく、行間にある。隠退した男の様々な心境が微妙な色合いを帯びて展開していく。但し、後半やや華々しい結末を迎えているが、こうしたことが誰にでもあるとは思えない。
合間あいまに出てくるフレーズの数々が素晴らしい。
たとえば、「子等のことはうまく片付けたと思っていたが、親というものは子供の心配から、どうやら死ぬまで免れないものらしい」とか。あるいは風邪でひと月も寝込んだ後「嫁が献身的に看病してくれたから治った。しかし亡妻がいたら、こんな物食えるかと膳を倒していただろうに……」と述懐するあたり。
そして、馴染みの小料理屋の女将との淡い恋情(こういうことも偶にはなきゃな)、若い日々のあれこれの悔やみと反省。老いと孤独。
どうやら、人は老いて気楽な余生を迎えると言うのは、難しいものらしい。温泉でビール片手に、泌み泌みと読みたい本。



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