我々人間は、欲望の動物である。我々は、常に、大なり小なり、心に欲望を懐いている。欲望があるから、行動できるのである。心理学には、欲望と欲求を分ける考え方もあるが、ここでは、不足を感じてこれを満たそうとする心を一括して、欲望と表現することにする。欲望は、流星雨のごとく、我々の心に降り注ぐ。我々は、どのような欲望がやって来るか、いつやって来るか、その襲来を予測できない。我々にできることは、やって来た欲望を受け流すか受け止めるかを決めることだけである。なぜならば、欲望は、我々の表層心理（意志）に拠らず、深層心理（無意識）が生み出したものだからである。しかし、決して、無根拠のものではない。フランスの心理学者のラカンが「深層心理（無意識）は言葉によって構造化されている」と言っているように、深層心理（無意識）も思考しているのである。我々の意識が及ばず、我々の力が及ばない領域で、深層心理（無意識）が思考しているのである。深層心理（無意識）の思考の結果が、欲望として、我々の意識に、則ち、我々の表層心理に、上ってくるのである。そして、表層心理が、その欲望を受け流したり、受け止めたりするのである。欲望を受け流すとは抑圧することであり、欲望を受け止めるとは実行することである。欲望は、我々に、感情を伴ってある行動を指示する。その時、その行動を実行すれば、自分が他の人からどのように見られるかの予想像が心に映し出される。予想像が、自分にとって不利益なものであれば、我々は、欲望を受け流し、抑圧しようとする。しかし、受け流そうとしても、欲望が強過ぎれば、受け止め、実行するしかない。欲望が強過ぎる時とは、我々が感情的になっている状態である。このように、欲望を生み出すのは深層心理である。深層心理は無意識とも表現されている。そして、欲望を受け流すか受け止めるかの決定をするのは表層心理である。しかし、先に述べたように、欲望が強過ぎれば、たとえ、予想像がどれだけ自分にとって不利益であっても、表層心理が止めることができず、我々は、深層心理の言うままに実行するしかない。さて、欲望には、無限と言って良いほど、種々様々なものがある。我々の行動の基点になっているものだから、最小限、行動と同じ数の欲望がある。次に、抑圧して実行に移さない欲望もある。だから、トータルすれば、欲望の数は行動の数を上回ることになる。欲望の具体例を挙げれば、次のようなものがある。漫画を読みたい、アニメを見たい、ゲームをしたい、彼に会いたい、彼女に会いたいなどの小さなものから、あの男を殴りたい、あの女を殴りたい、あの男を殺したい、あの女を殺したいなどの大きなものまである。しかし、どれだけ、罪深い欲望でも、それを実行しなければ罪ではない。また、罪深い欲望を懐くことは、本人のせいではない。人間の全ての欲望は、本人の意志と関わりの無い、深層心理から生まれてくるからである。だから、かつて、海外ドラマで、キリスト教徒の既婚の男性が、司祭に、「隣の奥さんとセックスしたいという欲望を懐きました。」と懺悔している場面を見たが、本質的には、懺悔する必要はないのである。実行に移さない限り、懺悔する必要はないのである。このような欲望の段階で、キリスト教徒が懺悔すれば、司祭が何人いても、足りないだろう。さて、ストーカーの欲望も悲劇である。ストーカーの多くは男性であるが、それは、恋愛に関しては、男性の方が女性よりも、深層心理が強く、表層心理の抑圧が弱いからである。誰しも、失恋すると、表層心理は、相手を嫌い、軽蔑し、相手を下位に見ることによって、恋愛の欲望を抑圧しようとする。女性の多くは、短時間で、それが可能になるのだが、男性は、一般に、時間が掛かる。中には、深層心理が強過ぎて、表層心理の抑圧が効かない者がいる。そのような人がストーカーになるのである。言うまでもなく、ストーカーとは、一方的な恋愛感情を懐き、相手を執拗につけ回して迷惑や被害を与える人のことである。ストーカーになった人は、苦しくて、失恋という事実を認められないのである。いつまでも恋愛関係を保ちたいのである。そこで、相手に新しい恋人ができたか気になり、もしくは、相手に新しい恋人ができたならば、それを壊そうとして、相手を執拗につけ回すのである。そして、それでも、自分の思いが届かないとわかると、この苦しさから逃れようとして、相手を殺すのである。相手が死ねば、新しい恋人と交際することが不可能だから、苦しまなくて済むからである。この苦しい感情、執拗につけ回すという行為、殺人という行為は、深層心理のものである。しかし、ストーカーにも表層心理はある。だから、自分は、理性的に行動ができ、まさか、ストーカーになるとは思っていなかっただろう。そして、ストーカーの誰しも、ストーカーの行為は恥ずべき行為だと知っている。だから、「おまえはストーカーだ。」と言われると怒るのである。しかし、ストーカーは、深層心理の恋愛の欲望が強過ぎるから、表層心理の抑圧は効かないのである。「恋は戯れにすまじ」という言葉がある。確かに、その通りである。しかし、恋は、深層心理の範疇にあるから、する時は、真剣にしてしまうのである。恋は、戯れというような、表層心理の選択に拠らないのである。