優しさの連鎖

いじめの連鎖、って嫌な言葉ですよね。
だから私は、優しさの連鎖。

「銀河鉄道の父」について ⑷

2018-02-18 12:30:38 | 日記
「けふのうちに とほくへいつてしまうわたくしのいもうとよ」ではじまる「永訣の朝」は教科書にも載っている有名な詩だ。
死にゆく妹を前にどうすることもできない深い悲しみと慟哭が何度読んでも心を揺さぶる。

雨雪取って来て、と頼むトシの言葉が(あめゆじゅとてちてけんじゃ)と何度も繰り返される。その願いを叶えるべく賢治は鉄砲玉のようにみぞれの中に飛び出して行く。トシの言葉は賢治の耳に残り、その声や息遣いがそのまま何度も再生されたのだと思う。

トシの言葉として書かれているのが他にも二か所ある。一つはローマ字表記の(Ora Orade Shitori egumo)。(これは若竹千佐子さんの芥川賞受賞作品の「おらおらでひとりいぐも」というタイトルにも使われている)賢治と同じ宗教を信仰したというトシから発せられた言葉としては悲しく、だが深くうなずける。あえてローマ字表記にしたのも意味があるのだろう。


でも、私が長年気になっていたのが、後半に出てくる言葉
(うまれでくるたて
 こんどはこたにわりやのごとばかりで
 くるしまなあよにうまれてくる)
というところだ。解説などを読むとこれは「生まれてくるときは今度はこんなに自分のことばかりで苦しまないように生まれてくる」という意味だと書かれている。私は同じ東北なので特に解説されなくても意味は分かるが、その解説に「自分のことではなく他人のために何かをしたいというトシの願いだと書かれているものもあった。その時はそれを読んでそうなのかなと思ったが、何かしっくりこなかった。これは本当にトシの口から出た言葉なのかな…。いつもその部分が気になっていた。

今回「銀河鉄道の父」を読んで一番の収穫だったのがそこだった。

トシが亡くなる日のことは「永訣の朝」に書かれているような情景だったという。
父政次郎が「遺言を書き取る。言い置くことがあるなら言いなさい」と巻紙を見せたときトシは、信じがたいことだが頭を浮かせ、のどの奥をふりしぼるようにして
「うまれてくるたて、こんどは…」と言いかけたそうだ。
だがその時、賢治が父を突き飛ばし、トシの耳元に口を寄せ「南無妙法蓮華経」のお題目を唱えたというのだ。
そしてトシが息をひきとるや、賢治は押し入れに首を突っ込んでけだもののような声で号泣した。

二年後、賢治から「春と修羅 心象スケッチ」と書かれた本を手渡された父が夜一人になってそれを読む場面に「くそっ」とつぶやくシーンがある。それが私が長年疑問に思っていたあの言葉だったのだ。

  ほろりと頭が枕に落ちた瞬間のトシのうつろな表情は、いまも政次郎のまぶたの奥にのこっている。
  それでいながら賢治は遺言を捏造した。トシ直身の意志を、おのが作品のために

   
だいたいトシがあの息もたえだえのありさまで、こんなことを言えるわけがないと政次郎は思ったというのだ。

捏造という言葉はいい意味では使われないかもしれないが、賢治は己が信仰のため「人類理想の遺言」をトシの口から出た言葉として書いたのだ。

  

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