優しさの連鎖

いじめの連鎖、って嫌な言葉ですよね。
だから私は、優しさの連鎖。

やすらかにと願う

2017-05-31 09:55:44 | 日記
先日、知り合いの息子さんが突然亡くなった。
県外の大学に進学してスポーツも続け、目標を持って頑張っている話をよく耳にしていたので、にわかに信じることができず絶句した。
母の日にはバイト代でお母さんに何かプレゼントしたいからと、両親を呼んで買い物に出かけたという話を聞いたばかりだった。

父方のおばあちゃんは、自分が先に逝かないでなぜこんなことが…と号泣したそうだ。
母方のおばあちゃんももちろん自慢の孫だったのでその落胆ぶりは言葉では言い表せないが、こんなことを言っていた。
「亡くなったのはその子についた運命だったと思ってあきらめるしかない。ただ、娘(親)達のことを思うと胸が張り裂けそうになる」と。
その方は長年病気と闘ってきており気丈な人なので、自分が今倒れたら娘に迷惑がかかると懸命に心の平静を保っている姿がこちらにも伝わってくる。

親にとって一番の願いは、子供たちが健やかであること。
親にとって一番うれしいのは、子供たちが幸せに暮らしていることだから。



美談で済むわけがない

2017-05-27 11:39:51 | 日記
ここ一か月ほど前から姑のグループホームに面会に行くと職員さんの何か言いたげな視線が気にはなっていた。
入所して数か月たったころ、他の利用者からの苦情もあり部屋を変わることになって少しは落ち着いていたようだが、この頃は利用者だけでなく職員も限界になってきたらしく、
「ご家族の方に精神科に連れて行ってもらいたいのですが」という電話があった。
そうだろうな、私は施設に預けてやれやれと思っているが、預けられた方はたまったものではないだろうから…。

季節は巡り

2017-05-14 14:29:44 | 日記
風薫る五月
青葉若葉の美しい季節になった。

父の一周忌の法要が執り行われた。
実家の妹がお寺のことや会食のセッティングを全部やってくれたので私は時間に合わせて赴いた。
お寺でお経をあげてもらい、仏壇に入れていた喉仏の骨をお墓に納めた。

ちなみに納骨については特段決まりと言うのは無くて、四十九日に行う人が多いと思うが火葬終了後にすべて納骨する人もいれば、大小の骨壺を自宅にそのまま何年も保管している人もいるとのこと。小分けにする理由は、喉仏の入っている小さい方をお寺の本山に納めるためだが、よほど信心深い人かお寺に興味のある人でなければそこまではしないと思う。父の喉仏の骨もお墓の中に納まり、もしかしたらこれでやっとあの世で物が言える立場になったのかも。(実際は喉仏は軟骨なので焼けて無くなってしまい、火葬の後に拾うのは頸椎の二番目の軸椎という部分だそうなので関係ないとは思うが)

以前知り合いの男性が、両親そして兄を相次いで亡くし毎年のように葬式や法事を執り行っていた。彼は独身でしかも50歳になったばかりの頃、脳こうそくで右半身麻痺になった。自分の身体も容易ではないのに、葬儀はともかく無理して法事はやらなくても、と私が言うと彼は、こんな時でもないと親戚の顔を見ることもない。たまにうまい料理でも食べながら皆が顔合わせる場を作ってあげるのだと言っていた。

確かに今回一人だけ仕事の都合がつかなくて来られないうちの次男の他は皆集まり、久しぶりに近況を伺うことができた。そしておいしいお料理をいただくことができた。父もきっと仕事や勉強を頑張っている孫たちを見て喜んでいたことだろう。みんなが元気で笑って過ごせるように、そう父も願っていることだろう。(本当に季節の素材使って丁寧に作られたおいしい料理だったので、父に食べさせてあげられないのが残念…)

水仙

2017-05-01 18:09:46 | 日記
姑がグループホームに入所してから半年以上が過ぎた。
認知症と分かってはいてもだんだんイライラが募り優しくできなくなり、家に居たころはあれほど嫌だと思っていたというのに、不思議なもので今は姑の嫌だったことは忘れてきている。

面会に行くと私の顔は覚えているので、よく来てくれたと言う。でもそれだけだ。
春になったね、花が咲いたよ、暖かくなってよかったね、そんなことを私が言うと、そうか、んだな、と言うくらいで会話らしい会話は無い。寝てもいいか?と姑が聞くので、いいよと答えると、本当にすーすー寝息を立てて寝ている。穏やかな時間が流れる。

あの時姑が激高して私を怒鳴りつけたのも実は認知症という病気がそうさせたのかもしれない。そう思うとかわいそうに思えてきて姑の寝顔を見ていたら涙が溢れてきた。

庭に咲く水仙。姑が植えたものだ。花が好きでよく世話もしていた。
家に連れてこようか…そう思ったがすぐさま私はその考えを振り払った。離れているからこそ思いやれるのだと…。