7月20日(水)、晴れ。
海の日が過ぎて、昨日は土用の入り。
何人かから「暑中見舞い」をいただきました。
当地は本格的な夏の空。
ーーーー
相変わらず、仕事はアレヤコレヤ。
完成目前の「卷菱湖」は、盛り上げた漆を落ち着かせているところ。
今週にも出来上がる予定。
「極小雛駒」に続く、92枚の「中将棋の極小雛駒」。
盤と象牙の木地づくりを含めて、行きつ戻りつ。
これは合間合間で、もう少し時間がかかりそう。
「自筆古希の駒」。
本来は書き駒にしても良いのですが、盛り上げで制作中。
彫りと埋めの工程が終わって、只今は盛り上げの工程。
こんな感じです。
こちらは、今月いっぱいかと。
海の日が過ぎて、昨日は土用の入り。
何人かから「暑中見舞い」をいただきました。
当地は本格的な夏の空。
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相変わらず、仕事はアレヤコレヤ。
完成目前の「卷菱湖」は、盛り上げた漆を落ち着かせているところ。
今週にも出来上がる予定。
「極小雛駒」に続く、92枚の「中将棋の極小雛駒」。
盤と象牙の木地づくりを含めて、行きつ戻りつ。
これは合間合間で、もう少し時間がかかりそう。
「自筆古希の駒」。
本来は書き駒にしても良いのですが、盛り上げで制作中。
彫りと埋めの工程が終わって、只今は盛り上げの工程。
こんな感じです。
こちらは、今月いっぱいかと。
7月18日(月)、晴れ。
朝からの太陽で、蒸し暑い一日でした。
ゴウヤの実が、色づきました。
透き通るような鮮やかな黄色。
食するのは、熟れる前の実なんですね。
ーーーー
小将棋駒に続いて、中将棋の雛駒も作り始めています。
以前作りかけたままの「中将棋雛盤」。
今日は、5年ぶりに再開。
こんな感じです。
盤の大きさは、横幅が10センチ程度、縦が11センチほど。
戦前の榧の碁盤を、このサイズにカットしたものです。
盤をセットする箱は、島桑。
模様が気に入って10年ほど前に購入したモノ。
左下の白いのは、盤に合わせて升目を描いた厚紙。
島桑の木目が一段と映えるよう磨きあげました。
盤のケイ線は、先ず鉛筆で下書き。
その上を漆で描きます。
道具は、ガイド用の筆軸と、漆筆。
竹製の物差しの溝を使って、ゆっくりと滑らせます。
筆が小さいので漆の含みは少ないのですね。
先ずは、13本の縦線。
息を停めて、1本の線を引くのに10回ぐらい漆を重ねます。
横線は、縦線が乾いてからですね。
朝からの太陽で、蒸し暑い一日でした。
ゴウヤの実が、色づきました。
透き通るような鮮やかな黄色。
食するのは、熟れる前の実なんですね。
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小将棋駒に続いて、中将棋の雛駒も作り始めています。
以前作りかけたままの「中将棋雛盤」。
今日は、5年ぶりに再開。
こんな感じです。
盤の大きさは、横幅が10センチ程度、縦が11センチほど。
戦前の榧の碁盤を、このサイズにカットしたものです。
盤をセットする箱は、島桑。
模様が気に入って10年ほど前に購入したモノ。
左下の白いのは、盤に合わせて升目を描いた厚紙。
島桑の木目が一段と映えるよう磨きあげました。
盤のケイ線は、先ず鉛筆で下書き。
その上を漆で描きます。
道具は、ガイド用の筆軸と、漆筆。
竹製の物差しの溝を使って、ゆっくりと滑らせます。
筆が小さいので漆の含みは少ないのですね。
先ずは、13本の縦線。
息を停めて、1本の線を引くのに10回ぐらい漆を重ねます。
横線は、縦線が乾いてからですね。
やっと、ほぼ出来上がり状況です。
盤は実物をゼロックスコピーし、駒を並べてみました。
大きさは百円玉。
「玉将」は最初、少し大きく作ったつもりでした。
しかし殆んど他と同じに見えるので、この大きさに作り直し。
銘は「良尊」の2文字と「七十三才」。
盤は実物をゼロックスコピーし、駒を並べてみました。
大きさは百円玉。
「玉将」は最初、少し大きく作ったつもりでした。
しかし殆んど他と同じに見えるので、この大きさに作り直し。
銘は「良尊」の2文字と「七十三才」。
7月16日(土)、曇り。
やっぱりの梅雨空。
隠岐は自然豊かな島。
島前、西ノ島、中ノ島と後島に分かれていて、棋聖戦は一番大きな後島。
対局翌日、東京組は午前の便で出雲空港経由で出発。
たいして我々大阪組は、14時過ぎの出発便でした。
それまでは実行委員会のご厚意で、島の各地を観光。
我々3人も、有り難くご一緒させてもらいました。
根元から7本に分岐する数百年の大杉。
島の最北端。遥か160キロメートルに「竹島」。
この日は、生憎見えません。
古い様式である隠岐づくり「水若酢神社」本殿。
島には、荘厳で大きな「玉若酢神社」など、古刹が多い。
ーーーー
空からの風景。
西郷湾は大きな入江。
その昔、北前舟が立ち寄った風待ち港。
隠岐空港と大阪は、定員74人の小型機一日1便のプロペラ機。
帰り便の大阪・堺上空、一番大きいのが仁徳天皇稜。
大阪市上空で、脚。
と言うことで、無事帰着。
やっぱりの梅雨空。
隠岐は自然豊かな島。
島前、西ノ島、中ノ島と後島に分かれていて、棋聖戦は一番大きな後島。
対局翌日、東京組は午前の便で出雲空港経由で出発。
たいして我々大阪組は、14時過ぎの出発便でした。
それまでは実行委員会のご厚意で、島の各地を観光。
我々3人も、有り難くご一緒させてもらいました。
根元から7本に分岐する数百年の大杉。
島の最北端。遥か160キロメートルに「竹島」。
この日は、生憎見えません。
古い様式である隠岐づくり「水若酢神社」本殿。
島には、荘厳で大きな「玉若酢神社」など、古刹が多い。
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空からの風景。
西郷湾は大きな入江。
その昔、北前舟が立ち寄った風待ち港。
隠岐空港と大阪は、定員74人の小型機一日1便のプロペラ機。
帰り便の大阪・堺上空、一番大きいのが仁徳天皇稜。
大阪市上空で、脚。
と言うことで、無事帰着。
7月15日(金)、くもり。
棋聖戦は、羽生さんが勝ってイーブンに。
昨日夕方、初めての隠岐から帰ってきました。
現地、隠岐の島町では、初めてのタイトル戦とあって町を上げての大歓迎。
町長をはじめ、実行委員会の皆さんの歓迎ぶりは大変なもの。
対局者のみならず、私たちもその恩恵に預かりました。
前夜祭は、西郷港に面した隠岐プラザホテル。
パーテイは84人。自席で、ゆっくり落ち着いた宴。
翌日の対局場は、ここから15キロばかり離れている「羽衣荘」。
私たち3人の宿泊は、その途中、3キロほど手前にある「アイランドパークホテル」。
移動が大変。
対局当日、宿泊ホテルで聞くと、対局場へは徒歩なら30分程度とのこと。
微妙な距離です。
折から小雨が降ったりやんだり。
タクシーを呼ぶと、タクシーがここに来るまでに20分掛かると言う。
乗るのは5分。
小雨が降ったりやんだり。
ちょとお悩みましたが、歩くことにしました。
途中、雨と風。
でも、慌てるわけにはゆきませんし、引返すことはできません。
結局、1時間10分かけて到着。
まあ、これも旅の良い思い出。
この続きは、また。
棋聖戦は、羽生さんが勝ってイーブンに。
昨日夕方、初めての隠岐から帰ってきました。
現地、隠岐の島町では、初めてのタイトル戦とあって町を上げての大歓迎。
町長をはじめ、実行委員会の皆さんの歓迎ぶりは大変なもの。
対局者のみならず、私たちもその恩恵に預かりました。
前夜祭は、西郷港に面した隠岐プラザホテル。
パーテイは84人。自席で、ゆっくり落ち着いた宴。
翌日の対局場は、ここから15キロばかり離れている「羽衣荘」。
私たち3人の宿泊は、その途中、3キロほど手前にある「アイランドパークホテル」。
移動が大変。
対局当日、宿泊ホテルで聞くと、対局場へは徒歩なら30分程度とのこと。
微妙な距離です。
折から小雨が降ったりやんだり。
タクシーを呼ぶと、タクシーがここに来るまでに20分掛かると言う。
乗るのは5分。
小雨が降ったりやんだり。
ちょとお悩みましたが、歩くことにしました。
途中、雨と風。
でも、慌てるわけにはゆきませんし、引返すことはできません。
結局、1時間10分かけて到着。
まあ、これも旅の良い思い出。
この続きは、また。
7月13日(水)、曇り。
隠岐の感慨深い朝です。
あいにくの曇り。
ーーーー
その昔、隠岐は後鳥羽天皇、後醍醐天皇両帝流刑の地。
いわゆる、承久の変。
後鳥羽天皇には、水無瀬家がつき従って18年。
水無瀬家は兼成のご先祖です。
後醍醐天皇は、元弘の変。
1年余りで島を脱出。
隠岐のゆかりの地には、2つの説があるようです。
今日は棋聖戦。
昨日の前夜祭。
出席者は、100人ほど。
無理をかなえていただいた実行委員会の方に、先ずは御礼。
ーーーー
水無瀬神宮のある島本町から、イベント資料が届きましたのでアップしておきます。
隠岐の感慨深い朝です。
あいにくの曇り。
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その昔、隠岐は後鳥羽天皇、後醍醐天皇両帝流刑の地。
いわゆる、承久の変。
後鳥羽天皇には、水無瀬家がつき従って18年。
水無瀬家は兼成のご先祖です。
後醍醐天皇は、元弘の変。
1年余りで島を脱出。
隠岐のゆかりの地には、2つの説があるようです。
今日は棋聖戦。
昨日の前夜祭。
出席者は、100人ほど。
無理をかなえていただいた実行委員会の方に、先ずは御礼。
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水無瀬神宮のある島本町から、イベント資料が届きましたのでアップしておきます。
7月11日(火)、くもり。
やっぱり、梅雨明けはまだのよう。
蒸し暑い日が続きます。
ーーーー
今日は、隠岐行き。
9時半に工房にOさんを出迎えて、JRで奈良に。
奈良からはリムジンバス。
伊丹には12時。
出立まで1時間あまり。
ここではSさんと落ち合うのですが、一日1便だけなので大阪組のほかの皆さんと同乗することになりますね。
ーーーー
「極小雛駒」。
少し、工程が進みました。
「小将棋」のほか「中将棋駒」。
文字がつぶれたのが1枚ありますね。
乾いたあとにやり直しです。
やっぱり、梅雨明けはまだのよう。
蒸し暑い日が続きます。
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今日は、隠岐行き。
9時半に工房にOさんを出迎えて、JRで奈良に。
奈良からはリムジンバス。
伊丹には12時。
出立まで1時間あまり。
ここではSさんと落ち合うのですが、一日1便だけなので大阪組のほかの皆さんと同乗することになりますね。
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「極小雛駒」。
少し、工程が進みました。
「小将棋」のほか「中将棋駒」。
文字がつぶれたのが1枚ありますね。
乾いたあとにやり直しです。
7月11日(月)、薄くもり。
参院選。
テレビは、悲喜こもごもの結果。
コメントは微妙かと。
ーーーー
蒔絵筆。
極小雛駒用に昨日、2分割してみました。
脱落した一本の映像。
猫毛。玉毛とも言います。
一本一本の先は透明な水毛。
これが肝心なんですね。
試しに書いてみました。
5~6年ぶり。
「玉将」のほか、簡単な「と金」も。
まずまずでしょうか。
今日は、気合を入れて書くことにします。
ーーーー
タイのマックルックの本。映像のアップを忘れていました。
参院選。
テレビは、悲喜こもごもの結果。
コメントは微妙かと。
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蒔絵筆。
極小雛駒用に昨日、2分割してみました。
脱落した一本の映像。
猫毛。玉毛とも言います。
一本一本の先は透明な水毛。
これが肝心なんですね。
試しに書いてみました。
5~6年ぶり。
「玉将」のほか、簡単な「と金」も。
まずまずでしょうか。
今日は、気合を入れて書くことにします。
ーーーー
タイのマックルックの本。映像のアップを忘れていました。
7月10日(日)、曇り。
今日は参院選。
注目です。
独裁的偏重は、国民にとって不幸。
私の一票を含め、みんなの一票は重い。
塵も積もれば山となる。
有効に行使しなければと思います。
ーーーー
「卷菱湖」の盛り上げは、昨日で一旦終了。
銘も入れ終わりました。
漆がしっかり固まれば、あとは最後のチェックと研磨。
ーーーー
残りの時間は「極小の雛駒」。
前回、およその大きさに。
昨日はその続きです。
100枚ほどの中から、大きさの違い毎に分類。
一番小さいものは「歩兵用」。
微妙な幅をもう一度調整して表面を平滑に。
面取りも欠かせません。
ホールドは、右手の親指と人差指の爪先。
磨っていると、爪も削れます。
前回は途中で止めて、あれから10日ほど経ち爪が伸びました。
昨日も、段々爪が磨減。
見ただけでは分かりませんが、右が面取り前、左が面取り後。
触れば分かります。
ソレニシテモ、「筆」は穂先が大切。
新しいものに替えて無駄毛を取り除きます。
いよいよ文字書き。
小さい文字は5年ぶりくらい。
上手く書けるかどうか、やってみなければ分かりません。
今日は参院選。
注目です。
独裁的偏重は、国民にとって不幸。
私の一票を含め、みんなの一票は重い。
塵も積もれば山となる。
有効に行使しなければと思います。
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「卷菱湖」の盛り上げは、昨日で一旦終了。
銘も入れ終わりました。
漆がしっかり固まれば、あとは最後のチェックと研磨。
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残りの時間は「極小の雛駒」。
前回、およその大きさに。
昨日はその続きです。
100枚ほどの中から、大きさの違い毎に分類。
一番小さいものは「歩兵用」。
微妙な幅をもう一度調整して表面を平滑に。
面取りも欠かせません。
ホールドは、右手の親指と人差指の爪先。
磨っていると、爪も削れます。
前回は途中で止めて、あれから10日ほど経ち爪が伸びました。
昨日も、段々爪が磨減。
見ただけでは分かりませんが、右が面取り前、左が面取り後。
触れば分かります。
ソレニシテモ、「筆」は穂先が大切。
新しいものに替えて無駄毛を取り除きます。
いよいよ文字書き。
小さい文字は5年ぶりくらい。
上手く書けるかどうか、やってみなければ分かりません。
駒の写真集
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