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荻窪の道

2017-11-04 08:26:55 | 日記
行先表示のところに立教女学院と書いてあるバスが走っている通りがあった。その途中を直角に曲がると、母の家に向かう道があった。歩いて5,6分の距離である。私はその、5分間の道が好きだった。もちろん行きには、これから母や妹たちと会う喜びがあるし、帰りには母のところでご馳走になったおいしいものや、楽しく過ごした数時間によって満ち足りた気分になっている。だが、それとは別に、その道そのものが私は好きだった。昔の話である。私が20歳頃だった時のことである。

母の家は東京杉並の荻窪にあった。山の手の住宅地の典型と言えるところだった。豪邸街ではない。アパートはない。道の両側に並ぶ家々の背丈が揃っている。長い塀で囲われた横幅の広い家もない。私が遊びに行くのは、たいていが午後3時頃だったが、道に出て遊ぶ子供がいない。静寂である。しっとり感がある。どこかからピアノを弾く音でも聞こえてきそうな雰囲気なのだけれど、それも無い。一軒の家の屋根の下から、T字型のパイプが突き出ている。浴室の換気用なのだろうか。それが妙に洒落て見えた。

人は誰でも、自分だけが好きな道というのを持っているのではないだろうか。自分だけだから、誰かにそのことを話したりはしない。話しても、説明しても自分以外にはわからないだろうと思うからだ。観光地とは違うのだ。私における、私だけの道は、あの荻窪のものだけである。そこには今、妹夫婦が住んでいて、15年前の母の葬儀の日にそこを訪れた。その道を通るときに、運転する次女に、ゆっくり走ってくれと頼んだ。懐かしかった。注意深く探したつもりだったが、T字型のパイプは発見できなかった。

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