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いつでも君のこと好きだったよ

第144回神楽岡歌会

2018-01-13 23:44:00 | 日記

 きのうは神楽岡歌会でした。

 

 今年に入って初めての歌会。初めて歌人に会った日でした。

 12月を欠席していたので、なんだか懐かしい感じがしました。参加者は16名、17首。

 

 ・病院の帰りのバスを待つ人の背中に触れるうすむらさきは

 

 私の歌には2票。結句でうきあがる感じが気持ちがいい、最後の「は」は含みをもたせようとしている、うすむらさきが「夕暮れ」「薄暮」ならば、よく詠われてきた情景である。などのコメントをいただきました。なるほど。これは連作のうちの1首でしたが、「うすむらさき」は確かに薄暮ともとれるな。

 

 ひとつひとつの歌のちいさなひっかかりや、違和感などに触れられていって、やっぱり歌会は楽しいなぁと思いました。 きのうは特に笑う場面が多かったです。評判の良かった歌にあえて私が感じ取ったことを言葉にしたとき、次の人が同じように感じていたというコメントをされた場面が何度かあって、ああ、言葉にしてよかったなぁと思いました。

 

 ほかの印象的なコメント。いい感じの情報量、屈託を消している、機知がめだつ、文体のうねりが対象と合っている、山茶花から逆算した風、垣根の面を押している風、風呂敷をひろげすぎて回収できない、萠えポイント、発見で歌を作ることが不謹慎に思う、作ってもいいとは思うけれど採りたくない、など。

 

 二次会は寺子屋で10名ほど。なぜか「塩狩峠」の話になり、結構みんな読んだことがある小説らしく、「車掌が暴走する列車を身を挺して止めた」という話だということを知って、ふうむ、それは「ごろはちだいみょうじん」のような話ですねと言ったら、誰も知らなくて。「そっちは汽車を止めるのがタヌキですけど」というと、

 

 「タヌキ? なんでタヌキが汽車を止めるの?」「タヌキは一匹なの? きゅうに大きくなって止めたの?」などという質問が飛び交い、「いや、童話ですから、ふつうのタヌキが止めたんですよ、なんで止めたかは子供のころに読んだから忘れましたけど」というあやふやな答えをしたのでした。あとで調べたら、初めて汽車がやってきたときに村人がタヌキのごろはちのいたずらだと思って線路にわあわあとびでていったので、村人を守ろうとごろはちが命を犠牲にして飛び出していって止めた、という話でした。

 

 同じじゃん。 

 

 童話に対してのリアルな反応がおもしろかったのと、読書体験がわたしだけずれていることを感じた夜でした。

 

 

 

コメント
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