自然とデザイン

自然と人との関係なくして生命なく、人と人との関係なくして幸福もない。この自然と人為の関係をデザインとして考えたい。

牛の放牧によるイノベーションとソーシャルビジネスの提案

2014-12-12 20:37:16 | 自然と人為
2009.6.17-2013.8.1更新

1.牛の放牧によるイノベーション

1)イノベーションとは

 イノベーション(innovation)とは新しい事(物)を採り入れることであり、刷新、一新、革新、新方式、新制度等の意味があり、日本で使われる技術革新(technical innovation)はイノベーションの一つの要素にすぎません。シュンペーターは「経済発展の理論(1912)」において、「生産をするということは、われわれの利用しうるいろいろな物や力を結合することである」とし、その生産的諸力の新結合(イノベーション,中国語では創新)、すなわち労働や土地のように物質的なものと技術や社会組織のように非物質的なものの新結合の遂行によって経済は発展するとしました。ここで言う「発展」とは経済が時間の矢の方向に流れるその方向を示したのではなく、これまでの日常的な経済の循環が「駅馬車から汽車への変化」のように非連続的に飛躍(発展)して、新しいシステムに移行する機構を示したにすぎません。トーマス・クーンは「科学革命の構造(1962)」で、通常科学の思考の枠組みを転換(パラダイム転換)するような非連続的な発展を革命としています。イノベーションも革命も非連続的な発展であるとする点において思考の構造は良く類似していますが、「発展」がもたらす方向が望ましいかどうかの価値は、市民が判断すべきことです。

2)イノベーションで大切なこと

 現在は経済成長を理想としがちですが、それは幻想にすぎません。経済とは「経世済民」、世を経(おさ)め、民を済(すく)うという政治・統治・行政全般を意味する言葉でしたが、貨幣経済が浸透した江戸時代後期には利殖を意味して使用されるようになり、「今世間に貨殖興利を以(もっ)て経済と云ふは誤りなり」と批判も出ています。「貨幣はいつまでも使用される」という民の信用によって流通していますが、貨幣経済はその民の信用に報いることなく、「済民」を切り捨てて「棄民」とし、「経済」ではなく「経棄」と変なことになってしまったようです。

イノベーションで大切なことは、経済と社会を一体のものとして「経世済民」のための「発展」をめざすものであり、資源の枯渇から1972年に「成長の限界」が警告されたにもかかわらず「経済成長」を追い求め続ける幻想から覚醒し、地域資源を活用した「持続的発展」へのパラダイム転換をしていくことです。

3)なぜ牛の放牧によるイノベーションなのか

  参考資料 - 牛は資源を循環し、人をつなぐ -

 牛の放牧は、生産者が牛乳や牛肉の生産のために国内資源を活用して自給率を高め、コストダウンをして経営の安定化を図るという側面では新しい考え方でも方法でもありません。ここであえて「牛の放牧によるイノベーション」としたのは、企業家によるイノベーション(新結合)という経済的側面ではなく、牛の放牧で自然と人、人と人をつなぐ新たな社会を構築するという社会的側面への希望を込めています。

 私たち一人一人は経済を含めて社会というシステムを作っている当事者ですが、システムを作るという意識が乏しく、傍観者であることが多く、システムを壁と感じ、結果としてシステムに支配されることが多いと思います。

 しかし自然と人、地域の人と人、農村と都市の人と人を牛の放牧でつないで、自然と他者を尊重する「君あり、故に我あり」と発想を逆転することによって、それぞれが協力してシステムを創っていく、「システムを共創する」という意識が目覚めるのではないでしょうか。これまでの世間の習慣から考えるのではなく、憲法で約束された社会を考えることで、「我あり、故に君あり。されど我、君を認めず」と意見の違いで他者の存在を否定することなく、それぞれの違いを尊重して対等に生きていくことで、活力と信頼が生まれると思います。それこそが今求められているイノベーションであり、人間と人類の進歩の方向であり、経済や社会の閉塞感を打破していく道ではないでしょうか。

 中国語ではイノベーションを創新としていますが、創るには新しく作る意味が含まれていますので、ここでは市民と共に創る共創という意味をイノベーションに与えたいと思います。すなわち企業家による「経棄」的な革新ではなく、市民による社会的革新をイノベーションの真の意味としたいと思います。牛の放牧によるイノベーションとは、牛の放牧による新しいシステム(社会、経済)の共創のことであり、科学革命になぞらえば少し大げさになるかも知れませんが、新しい社会、経済を共創する意識革命、市民革命の一つの試みとも言えましょう。

* ちょっと一服!

 なにも難しいことを考えているのではありません。「お天道さんに見られている」と幼少のころ教えられたように、「君あり、故に我あり」と呪文のように幼少から教えれば良いだけです。もっとも大人が本気でそう思わないと教えることなどできませんよね。幼児から中学校までは「自他同一」の感性を育てることが大切だと思います。子供の世界を壊して、「勉強、勉強!勉強しなくては勝組みになれませんよ!」と「我あり、故に君あり」の教育をしていると、人と人、国と国を対立させる人材を育てることになるのではないでしょうか?

 それから政治家や学者を含む公務員は、国民の税金で仕事をし生活もさせていただいているのですから、公務員の憲法違反は免職等厳罰に処すべきでしょう。ことに憲法を解釈で変更しようとする政治家などは、立憲主義の法治国家の政治家としての資格が全く欠如しています。2世、3世議員になると、政治家は憲法を守る義務のある公僕なのに、世間の支配者になったと任務を錯覚してしまうのでしょうか。
 政治が世間から脱皮し、公務員が尊敬されるようにならないと「日本は価値ある国」にはなれません。

2.牧場と市民がつながる「農牧林の楽しい生活」

 牛の放牧は、人が全てを管理するのではなく、牛や草が一生懸命生きていくことを人が手伝う仕事です。これまでの農業や畜産は「人が自然をいかに管理するか」という人間中心的な考え方が主流でしたが、放牧はその流れから脱皮できる仕事である点を重視したいと思います。里山に樹木を残して牛を放牧することで、健康な牛が育ち、草と残された木が土を覆うことで土壌の崩壊やエロージョンを防止し、景観を創造し、食の安全も守ることができます。また、牛の放牧を市民(消費者)が支援することにより、牛が生まれ、成長し、乳を搾り、肉になるまでの命の営みを知ることができるだけでなく、生産から流通、そして消費までの過程をガラス張りにすることもできます。

 牧場と市民(消費者)の接点は牛乳や牛肉だけではありません。牛の放牧でつくり出される里山の景観の美しさを知ることは、人々が牛と自然の関係を放牧を通して理解する第一歩です。放牧で維持されている里山を楽しみながら、牛が成長し子牛を産む一方で、里山がシバ草地で覆われていく過程を見ていくことによって、自然と牛と人のつながりを実感できるでしょう。

      
     民の公的牧場をめざして、それは混牧林経営で
         ふるさと牧場 山本喜行(山口県防府市)

 山口県防府市で、山本喜行さんは林業と棚田に和牛繁殖を組み合わせた「ふるさと牧場」を経営し、民の公的牧場をめざしています。この牧場には市民が集う支援組織「こぶしの里牧場交遊会」があり、牧場と市民がつながる「農牧林の楽しい生活」を実現しています。ここでは牛の放牧が農業と林業をつなぐだけでなく、農林業と人をつなぐ役割も果たしています。また、この支援組織では大学や県の関係者が主要メンバーとして活動されていますが、ある大学関係者は、この牧場の棚田に数年放牧した後に稲作復活が可能なことを実地研究で実証されています。このように支援組織は大学や県関係者と個人的な関係でつながり、支援活動は研究活動にもつながっています。研究は研究機関や研究者だけの専売特許ではありません。現場の問題は現場の方が一番良く知っていて、人はある意味ですべて研究者でもあります。

3.牛の放牧によるソーシャルビジネスの提案

 そこで、経済・社会のイノベーションを推進する牧場の支援組織として、「こぶしの里牧場交遊会」を全国的に展開するために、まずは牛と里山を放牧でつなぐ「里山と牛研究所(仮称)」を地域に設置することを提案したいと思います。この支援組織は放牧から林業支援、さらにはエネルギー等の地域自給へと仕事を広げていく最初の核として考えています。

    
    自然と人をつなぐデザイン

 一方、牧場と市民をつなぐ支援組織として、地域や都市に任意に「えんの会」を作って、その「えんの会」と「里山と牛研究所」をつなぐ方法を一つの案として考えてみたいと思います。「えんの会」は生活者の組織として生協もその一つに考えられるでしょう。いずれにしてもシステムを共創するのですから、「えん」の会は、いろいろな縁で結ばれるという「縁」、結ばれる円を大きくしていきたいという「円」、そして十牛図の一円相の「円」、さらには経済の「円」を含ませています。尋牛に始まる十牛図の牛は仏の道であり悟りの道ですが、ある人にとってはお金を求める道かも知れません。これらの「えん」全てを含めて、ある目的に特化したさまざまな支援活動の幅をもう少し拡げて、自然と人、人と人とがつながり、地域や地球を考える会として重層的に活動を拡げていただき、その活動の一つとして牧場とつながっていただければと思います。

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 「ふるさと牧場」の山本喜行さんと支援組織の活動は、農牧林で民の公的牧場をめざしているソーシャルビジネスと考えることができます。この事例を参考にして、全国の放牧をしている牧場に「里山と牛研究所」を付設し、これに「えんの会」がつながり、さらに放牧する牛の生産、肥育、牛肉の流通を担当する「畜産システム研究所」をつなぐことで、牛の放牧によるソーシャルビジネスとイノベーションの展開が可能ではないかと夢見ています。なぜ、「F1雌牛による放牧」なのかは、また別の機会に説明させていただきます。


2014.12.12 ブログ移転一部修正