自然とデザイン

自然と人との関係なくして生命なく、人と人との関係なくして幸福もない。この自然と人為の関係をデザインとして考えたい。

「ワクチン接種したら、殺処分しかない」という非情な虚構

2013-02-11 13:10:23 | ワクチン

「ワクチン接種して殺処分」、なぜ?
誰もが思う素朴な疑問を、NHKのドラマ「命のあしあと」は次のように表現してくれました。

役場「ワクチンを打った牛は、肉牛としては出荷できんとですよ。」
修平「それはどういうことですか!ワクチン打つとでしょう!」
・・・
遥花「そんなのおかしいて!そしたら、これが人間やったらどうなるの?みんなにうつさないために、かかった人を殺すの?」

これはドラマですが、役場は農家に、このような説明をしていたのでしょう。
宮崎県知事の非常事態宣言(2010年5月18日)を報道したANN NEWSにおいても、「ワクチンはウイルスの拡散防止につながる反面、接種した牛や豚は、最終的に殺処分につながる」と説明しています。ウルグアイや台湾は予防ワクチンをしていますから、ワクチン接種が殺処分につながることはありません。なぜ、このような説明がなされたのでしょうか?
 ここでは口蹄疫の専門家(村上氏)が、NHKの報道番組「追跡!A to Z  口蹄疫“感染拡大”の衝撃」で、質問に答えている説明の内容を検討して見ましょう。なお、番組での発言はすでに忠実に書き起こしていますので、ここではできるだけ簡潔に、表現させていただきます。

1.感染が拡大した理由

司会「村上さん、10年前にも口蹄疫が発生しましたが、その時と比べて今回は被害が格段に大きい。これはどうしてなんでしょうか?」
村上「前回のウイルスもOタイプで同じですが、遺伝学的には少し違っている。広がりを見ると、感染力が強いというふうに思える節もある。」
司会「前より、感染力が強いのではないか、ということですね」
村上「はい、それから、口蹄疫に感染した牛は、少しのウイルスで感染して、症状をはっきり見えるということから、感知器と呼ばれています。豚は、少し量はいるけれど(牛より感染するウイルス量が多く必要だが)、いったん感染すると大量のウイルスを放出する(豚は増幅器の図)。しかも発病する前から出している。前回は、その豚に感染しなかった。」
司会「前回は、牛だけだったということですね。」
村上「はい、今回は豚に感染している。それから、前回に比べて今回は、畜産農家の多い地域に発生しているということが、あげられるかも知れませんですね。」
司会「その、多い地域だと、集中しているわけですから、これは広がりやすい。」
村上「はい、広がりやすい、ということになりますね。」
司会「まあ、そういう理由が考えられるということですか。」
村上「はい。」

まず、今回のウイルスが、「広がりを見ると、感染力が強い」という見解ですが、村上氏は表現を曖昧にしています。これは、畜産農家が集中している地域で感染が広がり、ウイルスが異常に増殖したことが原因で感染力が強くなったのであり、ウイルスの感染力が強いから感染が広がったことを、必ずしも意味していません。この畜産農家が多いことが感染拡大の明らかな原因ですが、これについては「(原因に)あげられるかも知れませんですね」と曖昧な表現をしています。牛より感染しにくい、感染には多くのウイルスが必要な豚に口蹄疫が発生したことからも、畜産農家が集中して、ウイルスが異常に増殖したことは明らかです。しかし、村上氏の曖昧な表現を、司会者が明確に伝えるために言い直して、「前より、感染力が強い」という印象を強く与える結果となっています。
 口蹄疫の感染に関する詳細な解説は、口蹄疫の伝染時期と防疫対策を参考にしていただくことにして、このような話法の問題点は他にも多くありますが、ここではワクチンの問題に焦点を合わせて説明することにします。

10kmの範囲内、全頭殺処分の理由

司会「それにしても、10kmの範囲内については、全頭処分という対策なんですが、これどうなんでしょう、この大規模な対策、農家の人の気持ちも分かるんですけど、これ、やっぱりやむを得ないということなんでしょうか?」
村上「はい、はい、どうしても。この病気は、ワクチンをとりましても完全に感染を防ぐことはできないであるとか、そして、生きた細胞で増殖するウイルスだものですから、動物が生きていれば、そこでどんどん増殖してウイルスの濃度が高まるということがありますので、清浄国で、この病気がない国で発生した場合には殺処分するというのが、一つの国際的なルールになっている。」
司会「国際的なルールということですか。」
村上「はい。」
司会「そうしますと今回のこの措置というのは、まあ言ってみれば、そういう国際的なルールに則って、ということですか。」
村上「はい、そうですねしかも最短コースで、早く元の口蹄疫がない国に復帰するということを目指していると思いますね。」

村上氏は、ワクチン接種をした家畜は、どうしても殺処分する必要があるとし、その理由として、1) ワクチンは完全に感染を防ぐことができない、2) 動物が生きているとウイルスが増殖して濃度が高まる、3) 清浄国で口蹄疫が発生した場合は殺処分が、一つの国際的なルールだと説明しています。その理由を司会者が確認するために、「今回の措置は、国際的なルールに則っているということですか。」と確認すると、「はい、そうです」と肯定し、しかも4) 最短コースで清浄国に復帰することを目指している」と追加しています。

村上氏の説明を解説すると、「ワクチン接種では感染した家畜が残り、それが感染を拡大するので、ワクチン接種した家畜は安全のために、全頭殺処分をする」ということなのでしょう。しかし、感染した家畜はNSP抗体検査で確認できますから、検査をして感染した家畜を殺処分すれば感染が広がることはありません。日本のようにワクチン接種した家畜を全頭殺処分した場合は、清浄国に3ヵ月で復帰できます。一方、NSP抗体検査によって感染した家畜を殺処分した場合は復帰に6ヵ月が必要です。最短コースで清浄国に復帰することを目指すというのは、ワクチンを使った場合に、全頭殺処分することを目指すということです。清浄国復帰を3ヵ月早めるために、健康な家畜を全頭殺処分するのは、やむを得ないことでしょうか。司会者は「10km圏内の全頭殺処分はやむを得ないのか」と確認しているのです。これに「はい、そうです」と答えるのは、ペテンではないですか!村上氏の話法は嘘に気づかせない非情な虚構と言えるでしょう。しかも、実際には清浄国復帰に6ヵ月必要でした。農家はお国のためと、理不尽な殺処分に従うしかありませんでした。これは農家を騙し、裏切った国の犯罪的な防疫措置ではないでしょうか。
 この「ワクチン接種したら、殺処分しかない」という非情な虚構を、理不尽だと思いつつ、ほとんどの関係者が信じたことこそが、口蹄疫を大惨事にした根本原因だと思います。
 

10~20km圏内早期出荷、なぜ進まない

司会「藤原さん、空白地帯、農家の人は緩衝地帯とも言っていますが、この方針は決まったけど、実際にはこの早期出荷は、うまくいっていないようですね。」
藤原「はい、まず、ここで早期出荷される牛や豚は、そもそも感染も、感染の疑いもないんです。けれども、この地域の家畜たちは、万が一にもウイルスを外へ広げないためにも、20kmより先に生きたまま持ち出すことはできません。牛の処理場がないという問題については、国は現在閉鎖されている10km圏内の処理場を、特例で再開して対応しようとしていますが、ここでも牛は1日に60頭程度しか加工できません。農林水産省では、このままでは全てを加工するのに、8ヵ月以上かかる可能性もあるとしています。
・・・・・
司会「村上さん、この対策ですね。これどのようにご覧になりますか?」
村上「食肉処理場が少ないということで、なかなか進まない、大変苦労をなさっていると思います。その背景には、統廃合だとかも、あるかもしれませんね。」
司会「処理場の統廃合とか?」
村上「はい、ただ、感染の拡大を防ぐ緩衝域を作るという意味は、大変良いことだと思う。あまり例のない方策ではあるが、うまく感染を防いで、むつかしいかもしれませんが、早く出荷が進むことを期待致します。」
・・・・・・
司会「村上さん、山田副大臣は感染拡大に対して、きわめて強い危機感を持っていますが、この点は、どのようにお考えですか?」
村上「はい、宮崎では、大変厳しい情勢が続いていると思います。ワクチンで感染拡大を防ぐという方策も打たれました。もうしばらくしないと、まだ効いてこないかもしれませんけども、まだまだ依然として厳しい情勢が続いてると、いうふうに思います。」
司会「やっぱり安心するわけには、決していかないということですね。もう一つ、20km圏内の早期出荷についてなんですけれども、豚については急ぐ、というふうに言っているんですけど、牛についてはですね、これなかなか追いつかないですね、難しいという認識だったんですが、これについては、どのようにお考えですか?」
村上「あのー、豚の方から早期に出荷するというのは、先ほど申し上げましたように、ウイルスを大変たくさん放出する動物ですので、大事なことだと思いますね。だが、牛については、なかなか、食肉処理場の不足であるとか、現実上、皆様方が大変苦労なさっていると思います。が、なんとか早く、緩衝地域を作って拡大防止をするという方策が、うまく機能することを祈っております。
司会「ですから、牛についても、対策はとっていかねばいけないということですね。」

10km圏内の全頭殺処分・埋却に加えて、10~20km圏内は早期出荷して肉用にと殺するという防疫措置は、ワクチンの使い方と現場を知らない「専門家」達によって作成されたのでしょう。食肉処理場が少ないのは計画の段階で分かっていたはずですし、食肉処理場の統廃合で少なくなったというレベルの話ではありません。物理的に実現不可能な防疫措置を、「大変良いことだ、早く出荷が進むことを期待する」と夢遊病者のような発言をし、その一方では、「ワクチンで感染拡大を防ぐという方策も打たれた」としています。それなら、どうして早期出荷ではなく、ワクチン接種をしなかったのでしょう。そもそも搬出制限区域の家畜を早期出荷すること自体に、今回の防疫方針に矛盾があることを示しています。このような地域は欧米では監視区域とされて、必要ならリングワクチンを接種して緩衝地帯とします。リングワクチンは日本のように殺処分しません。この程度の知識で防疫対策が決められ、農家の宝である家畜を安易に殺すシステムそのものの責任が問われます。犠牲は豚の一部に出たのかと思っていましたら、 牛も殺されたようです。本当に国は理不尽で惨いことを安易に実施するものです。

“感染拡大” どう防ぐ?

日本だけでなくて、アジアでも蔓延している口蹄疫をどう防いでいくのか、という司会者の質問に対して、村上氏は「結論から申し上げますと、危機意識を持つことが大事だ」と答えています。そして、「初期の対応の問題点があれば、もしあればそれを見直す」とも発言しています。
危機意識を持たねばならないのは、口蹄疫対策の権限を持つ「専門家」達です。しかも、初期の対応に問題があったことは自明なことです。司会者は「なぜ、今回、感染拡大を防ぐことができなかったのか。システムの問題も含めて検証することも、今後、求められているのです。」と、番組を閉じています。口蹄疫発生から1年、この口蹄疫の惨事の問題点を追及した「特報フロンティア なぜ”SOS”はとどかなかったのか」が放送されました。次回は、この報道番組を録画をもとに書き起こして、問題点を検証して見ましょう。

初稿 2013年2月11日