夢発電所

21世紀の新型燃料では、夢や想像力、開発・企画力、抱腹絶倒力、人間関係力などは新たなエネルギー資源として無尽蔵です。

研修会出席で考えたこと

2007-09-01 08:09:21 | つれづれなるままに
 千葉県幕張で施設長研修会議が開催され、久しぶりに上京した。時間の都合でどうしても開催時間に間に合わず、前日(28日)の夜行バスで出かけた。時間の節約はできても、この夜行バスは正味9時間もかかることと、なかなか熟睡は難しい。リクライニングとはいえ、足も下げて寝るので血液循環が悪くて足が腫れてしまうほどだ。ただし料金は新幹線料金の半額であることや、早朝からの活動が開始できるというメリットがある。
 浜松町駅で下車し、早速トイレに駆け込んで、用を足す。前にきた時と違って、洗浄機能付きのトイレであることが、何より救いでもあった。東京の盛夏も過ぎたようで、猛暑のイメージではなく、やや湿気があるものの、なんとか耐えられそうな暑さであった。
 東京から幕張までは京葉線で行くのだが、京葉線がまた東京駅から乗り換えにかなりの距離を移動しなければならない。1キロ以上歩くのではないだろうか。時間もたっぷりあるので、各駅停車に乗ってゆったりと景色を眺めながらの旅程だった。新木場の運河やや大きな水族館もあるという葛西臨海公園駅、ディズニーランドの舞浜などの駅を通って海浜幕張駅に到着だが、この路線の終点は蘇我駅である。
 研修会場は東口だが、西口のレストランや映画館の入っているビルに時間つぶしで入って、2時間ほど喫茶店で読書し、朝食のサンドイッチを空腹の腹に詰めた。
 午後からの研修会なので、映画を見ることにした。「ラッシュアワーⅢ」という映画で、ジャッキーチェン、クリスタッカーが出演している娯楽ものだった。真田ヒロユキともうひとり日本の女優で名前を忘れたが、井沢八郎の娘が悪役で出演していた。ジャッキーチェンはあまり好きではないのだが、疲れた頭にはこうした娯楽映画がちょうど良いのかもしれない。
 午後研修会場に行くと、青森県からは5人くらいしか出席がなく、近しくしていただいているR苑のAさんと一緒になった。
 研修は厚生労働省の障害福祉課専門官の講演で始まり、障害者自立支援法のスタートによる事業移行をした事業所の状況や移行後のその中身がテーマであった。事業移行の猶予期間は5年間であり、移行すると報酬費用がダウンすることはわかっているために、全国でも事業移行をした事業所は全体の2,3割しかないのかもしれない。我が施設はその2,3割の中の一つでもある。今回の研修の関心の一つでもあった広島県の因島にある施設長がシンポジュームメンバーで、我が施設と偶然にも同じ「であいの家」という。残念ながら施設長ではなくて、副施設長に急遽変わっていたことは残念なことではあったが、その分実態が現場の声として聞くことができた。因島の課題は島であることのデメリットで、尾道市と市町村合併で尾道市になった人口27000人程度の島である。デメリットとは障害者福祉の面でのデメリットで、障害のある人ばかりでなく住民が尾道市に仕事に行くとしても、橋を渡らなければならず、その橋の通行料金が片道900円もかかるというのである。これではいくら社会的就労を望んでも、毎日通ったとしても4万円弱も通行料金で収入が圧迫されるので、因島の中だけに活動範囲が限られてしまうことになるのだという。規模的にはかなり大規模法人の部類であろうが、環境要因の課題が全面に浮き彫りにされていた。
 今回の私の研修目標は、事業移行後の内容をどのように高めるのかという意味での、他事業所の先駆的な取り組み内容を知ることでもあったが、もう一つはグループホーム・ケアホームの動向でもあった。結論を言えば、最終日の知的障害者福祉協会の政策委員長の言によれば、ケアホームはまったく重度障害者の生活の場としては経営的に難しい。重度障害者が地域で暮らすということは、人件費がかかりすぎるので、やっぱり施設入所の道しかないという言い方であった。これに不満たらたらないい方で発言していたのが、宮城のつどいの家施設長のKさんだった。彼女も私と同じく重度障害の娘さんがいて、そのことを契機に通所施設を整備し、グループホームや重症児のためのレスパイトハウスを整備してきた人である。旧国立療養所の重症児施策には大いに批判的で、重症児を守る会も仙台市の守る会と宮城県守る会と分裂している。それは重症児者の福祉の極限的な価値観の違いとも言えるのではないだろうか。重度障害児者の幸せは施設入所なのか、地域生活なのかという究極の問いは、まだ的確な回答が出ていない。
 いずれにしても今回の研修では、障害者自立支援法の2つの側面でもある課題が明示された。その一つはスケールメリットとしての議論で「経営と運営の違い」という側面であり、スケールメリット(施設規模の大小による価値観)に走れば、一方の障害者個々の福祉的な側面でもある「個別支援」という最も重要な課題が消えていくということだろう。違う言い方をすれば「拠点方の支援」なのか「個人型支援」なのかという福祉観である。本人を中心とした個別支援計画といういわゆる「ケアマネジメント」が中核の福祉支援を忘れては、なんのための福祉なのかということになる。