私は急に孤独な世界に突き落とされたような気がしました。今まで、平凡と言えば平凡、順調と言えば順調な生活をしていたのが、急に調子が狂ってしまった。今で思えば、全く無用な恐怖だったと思うんですけれども、そのときは、まさに死の恐怖というようなものに直面してしまった。
今まで自分が信頼していたものはなんだったんだろう。何気なく安心していた安心というものは何だったんだろう。私は平凡な生活から、懐疑のどん底に落ち込んでしまいました。どうしても今、その解決をしなければならないというような、絶体絶命の感情に追い込まれてしまったんです。
病院はどうにか退院できたものの、いったん落ち込んだ苦悶の世界からは抜けられない。いわゆる生と死とかいうことに対して、徹底的な懊悩が始まったわけです。
それでもう、眠れない。仕事が手につかない。精神分裂症(現在は統合失調症)の一歩手前というような、悶々たる状態が続き、どうにもならないこの胸の燃えたぎるような悩みを、夜空の星の下で癒そうとして、山の上や港を、幾晩さまよったことでしょうか。(略)
私は港が明けていくのを、うつらうつらと見るともなく見ていました。崖の下から吹き上げてくる朝風で、さっと朝靄が晴れてきました。そのとき、ちょうどゴイサギが飛んできて、一声鋭く鳴きながら飛び去ったんです。バタバタっと羽音を立てて。
その瞬間、自分の中でモヤモヤしていた、あらゆる混迷の霧というようなものが、吹っ飛んでしまったような気がしたんです。私が待ち続けた思いとか、考えとかが、一瞬のうちに消え失せてしまったんです。私の確信していた一切の拠り所といいますか、平常の頼みとしていたすべてのもんがいっぺんに吹っ飛んでしまった。
そしてそのときただ一つのことがわかったような気がしました。
そのときに、思わず自分の口から出た言葉は、「この世には何もないじゃないか」ということだったんです。”ない”ということが、わかったような気がしたんです。
今まである、あると思って、一生懸命に握りしめていたものが、一瞬のうちになくなってしまって、実はなにもないんだ、自分は架空の観念を握りしめていたにすぎなかったのだ、ということがわかったような気がしたんです。(略)
私はまさに狂喜乱舞というか、非常に晴れ晴れとした気持ちになって、その瞬間から生き返ったような感じがしました。
とたんに、森で鳴いている小鳥の声が聞こえるし、朝露が、昇った太陽にキラキラ光っている。木々の緑がきらめきながらふるえている。森羅万象に歓喜の生命が宿るというか、ここが地上の天国だったということを感じたんです。
自分の今までの一切のものが虚像であり、幻であったのだ。そしてそれを捨て去ってみれば、そこにはもう実体というものが厳然としてあった、ということだったんです。
その時から、自分の一生というものが、ある意味で云えば、それ以前と全く変わったものになってしまった、といえるような気がします。
「わら一本の革命」福岡 正信より抜粋
今まで自分が信頼していたものはなんだったんだろう。何気なく安心していた安心というものは何だったんだろう。私は平凡な生活から、懐疑のどん底に落ち込んでしまいました。どうしても今、その解決をしなければならないというような、絶体絶命の感情に追い込まれてしまったんです。
病院はどうにか退院できたものの、いったん落ち込んだ苦悶の世界からは抜けられない。いわゆる生と死とかいうことに対して、徹底的な懊悩が始まったわけです。
それでもう、眠れない。仕事が手につかない。精神分裂症(現在は統合失調症)の一歩手前というような、悶々たる状態が続き、どうにもならないこの胸の燃えたぎるような悩みを、夜空の星の下で癒そうとして、山の上や港を、幾晩さまよったことでしょうか。(略)
私は港が明けていくのを、うつらうつらと見るともなく見ていました。崖の下から吹き上げてくる朝風で、さっと朝靄が晴れてきました。そのとき、ちょうどゴイサギが飛んできて、一声鋭く鳴きながら飛び去ったんです。バタバタっと羽音を立てて。
その瞬間、自分の中でモヤモヤしていた、あらゆる混迷の霧というようなものが、吹っ飛んでしまったような気がしたんです。私が待ち続けた思いとか、考えとかが、一瞬のうちに消え失せてしまったんです。私の確信していた一切の拠り所といいますか、平常の頼みとしていたすべてのもんがいっぺんに吹っ飛んでしまった。
そしてそのときただ一つのことがわかったような気がしました。
そのときに、思わず自分の口から出た言葉は、「この世には何もないじゃないか」ということだったんです。”ない”ということが、わかったような気がしたんです。
今まである、あると思って、一生懸命に握りしめていたものが、一瞬のうちになくなってしまって、実はなにもないんだ、自分は架空の観念を握りしめていたにすぎなかったのだ、ということがわかったような気がしたんです。(略)
私はまさに狂喜乱舞というか、非常に晴れ晴れとした気持ちになって、その瞬間から生き返ったような感じがしました。
とたんに、森で鳴いている小鳥の声が聞こえるし、朝露が、昇った太陽にキラキラ光っている。木々の緑がきらめきながらふるえている。森羅万象に歓喜の生命が宿るというか、ここが地上の天国だったということを感じたんです。
自分の今までの一切のものが虚像であり、幻であったのだ。そしてそれを捨て去ってみれば、そこにはもう実体というものが厳然としてあった、ということだったんです。
その時から、自分の一生というものが、ある意味で云えば、それ以前と全く変わったものになってしまった、といえるような気がします。
「わら一本の革命」福岡 正信より抜粋