昨夜は岩木夏祭りでした。朝方までぐずついた雨も、午前中には暑い日差しが照り回復しました。毎年合併前から7月30日、31日の2日間開催されます。合併した後は、8月1日から始まる弘前市のねぷた祭り(7日まで)の前夜祭さながらになっています。
私たちの法人の事業所がこの祭りのスタート地点にあり、午後から模擬店を開く準備を保護者の皆さんが担当しています。我々職員は会場のテーブルや椅子を並べ、そして沿道の観客にサービスするために無料の椅子を提供します。保護者会では焼きそばと、こんにゃくおでん、フランクフルトソーセージ、飲み物などを販売しました。今回は保護者会で販売を目的としたエコバッグを作成し、店頭に並べて販売しています。
写真のねぷたは明日からの弘前ねぷたに出陣するものです。札幌のソーラン踊りにも参加して優秀な成績を上げている「花嵐桜組」のよさこいソーラン踊りが最高に素的でした。歌舞伎の早変わりを見るようなかっこよさがあります。
我が施設のメンバーさんも一緒に楽しみました。
来年はあうんの十周年記念事業で、ねぷたを作成して出陣の予定です。
私たちの法人の事業所がこの祭りのスタート地点にあり、午後から模擬店を開く準備を保護者の皆さんが担当しています。我々職員は会場のテーブルや椅子を並べ、そして沿道の観客にサービスするために無料の椅子を提供します。保護者会では焼きそばと、こんにゃくおでん、フランクフルトソーセージ、飲み物などを販売しました。今回は保護者会で販売を目的としたエコバッグを作成し、店頭に並べて販売しています。
写真のねぷたは明日からの弘前ねぷたに出陣するものです。札幌のソーラン踊りにも参加して優秀な成績を上げている「花嵐桜組」のよさこいソーラン踊りが最高に素的でした。歌舞伎の早変わりを見るようなかっこよさがあります。
我が施設のメンバーさんも一緒に楽しみました。
来年はあうんの十周年記念事業で、ねぷたを作成して出陣の予定です。
昨夜は職員会議の中での園内研修会。「自閉症・発達障害」についての2回目。
講師は今春から仲間入りしたその道の達人H氏。よく勉強されているだけあって、まとめのスライドも見やすい。
この中で印象深かったのは、職員や保護者が往々にして犯しやすい過ちである。それは準備のしすぎであったり、指示が多すぎるということだろう。結局本人の潜在的な能力や「今やろうと思っているのに・・・」と言う声が聞こえてきそうだ。
昨夜短期入所をしたFさんの、短期入所中の行動変化について付き添ったスタッフが報告をした。「彼女は自分から戸を閉めに行ったり、ちゃわんをかたづけたりしました」という報告である。「待ちながら観察する」と言うことの如何に大切なことかがよくわかる事例である。
講師は今春から仲間入りしたその道の達人H氏。よく勉強されているだけあって、まとめのスライドも見やすい。
この中で印象深かったのは、職員や保護者が往々にして犯しやすい過ちである。それは準備のしすぎであったり、指示が多すぎるということだろう。結局本人の潜在的な能力や「今やろうと思っているのに・・・」と言う声が聞こえてきそうだ。
昨夜短期入所をしたFさんの、短期入所中の行動変化について付き添ったスタッフが報告をした。「彼女は自分から戸を閉めに行ったり、ちゃわんをかたづけたりしました」という報告である。「待ちながら観察する」と言うことの如何に大切なことかがよくわかる事例である。
昨夜は来月3日、4日の1泊2日の「サマーキャンプ」打ち合わせ会だった。今回のサマーキャンプは、パン工房・ゆいまあるのメンバー11名(希望者)の余暇支援と、生活自立が目的である。しっかりとしたアウトドア体験を計画している。
社会資源としてNPO法人「岩木山自然学校」の高田理事長、H学院大学の学生2名、押し花のインストラクターIさん、公務員のNさんである。法人のスタッフは10名で、利用者を加えて総勢26名になった。
行き先は本州北端の十三湖中ノ島キャンプ場。活動内容はテントでのキャンプと、十三湖湖畔でのカヌー・カヤック遊び、シジミ採り、炊事、自然クラフトである。
岩木山自然学校の高田さんは夏場とても忙しく、日々環境省関係のキャンプなどが繰り返されているようだ。白神山地をフイールドに、子どもたちを伴ったマタギの生活体験など、私からすればよだれの出そうなプログラムが披露された。高田さんの今回の話の中で特に印象に残ったのは、子どもたちに寄り添うことの大切さである。何でも指導すればよいのではなく、自分たちで感じたり考えたりしながら、実感を身につけること。危険と隣り合わせの体験の中から、安全に過ごすにはどうしたらよいのかを学ぶこと。キャンプリーダーは、参加対象者と同じ条件で生活すべきであること。これは特に我々大人はアウトドア・トレッキングなどというとゴアテックの雨具や、登山靴など本格的になってしまいがち。参加する子どもたちは普通の格好であり、どの程度足が痛いのかとか、寒さはどの程度なのかなど一緒に体感しながらその支援をすべきという。これは福祉のフイールドでも通用する視点ではないかと思った。
今回のキャンプは昨年の岩木川のボート・カヤック・カヌー体験の後の2回目の活動である。高田さんから環境保護のための視点も学んでいる。
「持ち込まない・持ち出さない」というのも環境保護の視点。だから山に入ったら排泄物もごみもすべて持ち帰るのだという。食器や箸も使い捨てをやめ、洗って再利用できるものを準備した。食後は食器の油分を新聞紙などで拭き、その後で天然ヤシ油を使って軽く洗い、川ではなく木の周りに流す。そうすると自然環境がろ過してくれるのだそうだ。白神の川は清浄で、「白神は水入らず」ということわざもあるという。水がきれいでどこで飲んでも、安全である。だから川には米のとぎ汁も、流さない。もちろんおしっこなども川に近いところでは絶対にしない、などが鉄則だという。
今回のキャンプでメンバーさんたちが、自然の中で楽しみを見出し、少しでも生活力がアップすることを期待している。
社会資源としてNPO法人「岩木山自然学校」の高田理事長、H学院大学の学生2名、押し花のインストラクターIさん、公務員のNさんである。法人のスタッフは10名で、利用者を加えて総勢26名になった。
行き先は本州北端の十三湖中ノ島キャンプ場。活動内容はテントでのキャンプと、十三湖湖畔でのカヌー・カヤック遊び、シジミ採り、炊事、自然クラフトである。
岩木山自然学校の高田さんは夏場とても忙しく、日々環境省関係のキャンプなどが繰り返されているようだ。白神山地をフイールドに、子どもたちを伴ったマタギの生活体験など、私からすればよだれの出そうなプログラムが披露された。高田さんの今回の話の中で特に印象に残ったのは、子どもたちに寄り添うことの大切さである。何でも指導すればよいのではなく、自分たちで感じたり考えたりしながら、実感を身につけること。危険と隣り合わせの体験の中から、安全に過ごすにはどうしたらよいのかを学ぶこと。キャンプリーダーは、参加対象者と同じ条件で生活すべきであること。これは特に我々大人はアウトドア・トレッキングなどというとゴアテックの雨具や、登山靴など本格的になってしまいがち。参加する子どもたちは普通の格好であり、どの程度足が痛いのかとか、寒さはどの程度なのかなど一緒に体感しながらその支援をすべきという。これは福祉のフイールドでも通用する視点ではないかと思った。
今回のキャンプは昨年の岩木川のボート・カヤック・カヌー体験の後の2回目の活動である。高田さんから環境保護のための視点も学んでいる。
「持ち込まない・持ち出さない」というのも環境保護の視点。だから山に入ったら排泄物もごみもすべて持ち帰るのだという。食器や箸も使い捨てをやめ、洗って再利用できるものを準備した。食後は食器の油分を新聞紙などで拭き、その後で天然ヤシ油を使って軽く洗い、川ではなく木の周りに流す。そうすると自然環境がろ過してくれるのだそうだ。白神の川は清浄で、「白神は水入らず」ということわざもあるという。水がきれいでどこで飲んでも、安全である。だから川には米のとぎ汁も、流さない。もちろんおしっこなども川に近いところでは絶対にしない、などが鉄則だという。
今回のキャンプでメンバーさんたちが、自然の中で楽しみを見出し、少しでも生活力がアップすることを期待している。
こころ
鳥が鳴いています
虹がかかっています
ぼくはうたいます
ヘレンケラー
障害を三つも持って生きた
見えない
聞こえない
話せない
あるとき
ヘレンケラーに
あなたの障害の中で一つを
回復させるとしたら
どの障害を回復させたいですか?
すると彼女は
耳が聞こえたら
きっと寂しさを感じないでしょうと
そう云ったとか
ぼくたちは
見る
聞く
話す
この三つを保障してもらっていながら
幸せを感じないというのは
どういうことなのだろうか
見えているのに
見ていない
聞こえているのに
聞いていない
話せるのに
話さない
ああ
なんというさびしい
不幸な
にんげん
朝
また朝が来てぼくは生きていた
夜の間の夢をすっかり忘れてぼくは見た
柿の木の裸の枝が風にゆれ
首輪のない犬が陽だまりに寝そべっているのを
百年前ぼくはここにいなかった
百年後ぼくはここにいないだろう
あたり前な所のようでいて
地上はきっと思いがけない場所なんだ
いつだったか子宮の中で
ぼくは小さな小さな卵だった
それから小さな小さな魚になって
それから小さな小さな鳥になって
それからやっとぼくは人間になった
十ヶ月を何千億年もかかって生きて
そんなこともぼくらは復習しなきゃ
今まで予習ばっかりしすぎたから
今朝一滴の水のすきとおった冷たさが
ぼくに人間とは何かを教える
魚たちと鳥たちとそして
ぼくを殺すかもしれぬけものとすら
その水をわかちあいたい
「空に小鳥がいなくなった日」サンリオ 1990年
谷川 俊太郎詩
さようなら
ぼくもういかなきゃなんない
すぐいかなきゃなんない
どこへいくのかわからないけど
さくらなみきのしたをとおって
おおどおりをしんごうでわたって
いつもながめてるやまをめじるしに
ひとりでいかなきゃなんない
どうしてなのかしらないけど
おかあさんごめんなさい
おとうさんにやさしくしてあげて
ぼくすききらいいわずになんでもたべる
ほんもいまよりたくさんよむとおもう
よるになったらほしをみる
ひるはいろんなひととはなしをする
そしてきっといちばんすきなものをみつける
みつけたらたいせつにしてしぬまでいきる
だからとおくにいてもさびしくないよ
ぼくもういかなきゃなんない
「はだか」筑摩書房 1988年 谷川俊太郎詩
「いいよ、死」 徳永 進
「誰もが死に出会う。死に出会わずにすますことはできない。どうして?この世に生まれ、この世に生を受けたから。誰が?死に向かっている生命の持ち主が。それにもう一人、死を見る自分自身も生を受けたから。自分自身がこの世に存在しなかったら、死に出会うこともないだろうに。
死に出会うのは辛いし悲しい。だから自分は存在しないほうがいいと決心したとする。するとそこに自分の死がおこり、誰かがその死に出会わねばならなくなる。自分の死に出会う人の悲しみを思うと、自分は死なず生きて、他者の死を見続け悲しみ、見送り悲しむというのを選ぶ。それが生きる時の一つの根拠となるかもしれない。(略)」
現代日本は
少子化と
高齢社会
だという
どうして
こういうことに
なったのだろうか
フイリッピンの
セブ島からきた
若き青年教師は
日本は
高齢者ばかりで
驚いたという
たしかに
ふと気づくと
日本のあちこちの
村という村
僻地という僻地
田舎に
行けば
行くほど
年寄りの姿しか
見えない
女性の社会進出
男女共同参画
晩婚化は
この少子化の
キーワード
それにしても
出産費用も
高いこと高いこと
教育費だって
べらぼうな
値段だ
長男長女社会だ
老々介護
一人の長女が
両家の
両老親を
みなけりゃならんとさ
一人で4人
こりゃ大変だ
結婚なんか
したくなくなるのも
無理からぬ話かも
70才過ぎの
老いた父親が言うことにゃあ
娘よ
結婚なんか
せんで良いから
せめて子を造れ
一人だけの
人生なんて
どんなに味気のない
気の抜けた
サイダーのような
ビールのような
そこで
わたしは
ふっと
くだらぬアイデアを
思いついたというわけ
それは
国策として
毎月5のつく夜7時以降
全国の
送電をストップする日に
法律を改める
すると
それだけで
温暖化の要因である
CO2の削減にもなるし
なんと不思議なことに
あっちこっちで
赤ちゃんの誕生だ
少子化問題が
一挙に
解決するという構造
どうだろう
やってみる必要が
あるのではないだろうか
青森県の
台風19号で
りんごがたくさん
落っこちたとき
電気が一週間もストップした
そして子どもがなんだか
増えたといううわさもある
忙しい世の中に
今必要なことは
ゆっくりする
ことなのだろう
電気が消えれば
みんなが
お話をするしかなくなる
そして恋人たちだって
お互い
愛し合うしかなくなるだろう
日本は
電化文明を
切り替えなければ
環境問題や
温暖化の問題は
解消しない
さあ
だれかこの
提案に賛同者は居ないだろうか
ねえ自民党さん
きょうは県庁へでかけ、三村県知事に対し青森県重症心身障害児(者)を守る会役員5名で陳情を行った。
青森県知事
三村 申吾 殿
要 望 書
重症心身障害児(者)が安心して暮らせる環境整備について
○要旨
重症心身障害児(者)が安心して暮らせる環境の整備のため、地域医療再生計画の実現に向けて全力で取り組むよう要望致します。
○理由
青森県におかれましては、日頃より重症心身障害児(者)の施策に真摯に取り組んでいただきまして、心より感謝申しあげます。
私たちの子どもは、知的・身体ともに重い障害を持ち、食事・入浴・着脱等日常生活全般において、介助を必要としております。
私たち親は、重い障害を抱えて生まれてきた子どもを受け入れることができるまでに少し時間はかかりましたが、言葉も発することができない子がにっこり笑うのを見て、たくさんのエネルギーをもらい、多くのことを学んでおります。
さて、子どもたちは施設と在宅でそれぞれ暮らしていますが、いろいろな課題が山積しております。
その一つとして、 施設の入所者とその家族にとって医師不足は深刻な問題です。昨年はさわらび医療療育センター所長の、定年後の後任の医師が見つからないという事態になり、親たちはたいへん心配いたしました。そして今年はあすなろ医療療育センターの小児科医師の開業にともない、センターの医師が不足になります。ここでも親たちの間から不安の声がたくさん聞こえてきています。このようなことはどこの施設でも起こりえることです。入所者が将来も必要な医療とサービスを受けながら、安全・安心で、快適に生活できる環境の整備を要望するものであります。
在宅者の問題としては、家族が子どもの介護ができない状態になったときの唯一の頼みの綱の短期入所・日中一時支援が、必要な時に満杯等でなかなか利用することができないということです。在宅で介護を続けるためには、施設の存在が後方にあることが絶対に必要であり、心の拠り所でもあります。
また、近年は高度の医療のおかげで、NICUから退院し、気管切開・人工呼吸器をつけながら、在宅で生活をしている子どもたちも増えてきました。この子たちの親からも医療の確保という声が切にあがってきております。
そして、最終的には親が介護できなくなった時の、受け入れ先があるかという不安です。残念ながら安心できる道すじが示されていないのが現実です。
在宅者の親は、皆自分たちが元気なうちは我が子を手元で育てたいと願っています。しかし受け入れ先の保証がなければ安心して毎日の生活を送ることはできません。
「最も弱い者を一人ももれなく守る」という理念のもと、私たち親は活動しています。
どうぞこのような現状が一日でも早く解決されることを願いまして、重症心身障害児(者)を取りまく環境の整備を要望いたします。
平成21年7月 27 日
青森県重症心身障害児(者)を守る会
会長 谷川 幸子
県内の重症心身障害児者の実数は正確なところわからないが、以前把握していた数は450~500名程度と思われる。重症児者は障害の程度が重たいが、その分人数が少なく小規模の市町村ではどうしても存在感が薄い。結果、対策も遅れ気味となり、介護者たる母親も社会資源の恩恵に会うことができず、途方に暮れてしまう。私たちの親の会が、こういう場合にこそ親や本人に代わって運動を行うことの意義がそこにあると思う。
谷川会長の母親としての重症児者のわが子に導かれて現在の自分がある。社会の中心に重症時者を置いてほしいことを痛切に知事に訴えていた。
青森県知事
三村 申吾 殿
要 望 書
重症心身障害児(者)が安心して暮らせる環境整備について
○要旨
重症心身障害児(者)が安心して暮らせる環境の整備のため、地域医療再生計画の実現に向けて全力で取り組むよう要望致します。
○理由
青森県におかれましては、日頃より重症心身障害児(者)の施策に真摯に取り組んでいただきまして、心より感謝申しあげます。
私たちの子どもは、知的・身体ともに重い障害を持ち、食事・入浴・着脱等日常生活全般において、介助を必要としております。
私たち親は、重い障害を抱えて生まれてきた子どもを受け入れることができるまでに少し時間はかかりましたが、言葉も発することができない子がにっこり笑うのを見て、たくさんのエネルギーをもらい、多くのことを学んでおります。
さて、子どもたちは施設と在宅でそれぞれ暮らしていますが、いろいろな課題が山積しております。
その一つとして、 施設の入所者とその家族にとって医師不足は深刻な問題です。昨年はさわらび医療療育センター所長の、定年後の後任の医師が見つからないという事態になり、親たちはたいへん心配いたしました。そして今年はあすなろ医療療育センターの小児科医師の開業にともない、センターの医師が不足になります。ここでも親たちの間から不安の声がたくさん聞こえてきています。このようなことはどこの施設でも起こりえることです。入所者が将来も必要な医療とサービスを受けながら、安全・安心で、快適に生活できる環境の整備を要望するものであります。
在宅者の問題としては、家族が子どもの介護ができない状態になったときの唯一の頼みの綱の短期入所・日中一時支援が、必要な時に満杯等でなかなか利用することができないということです。在宅で介護を続けるためには、施設の存在が後方にあることが絶対に必要であり、心の拠り所でもあります。
また、近年は高度の医療のおかげで、NICUから退院し、気管切開・人工呼吸器をつけながら、在宅で生活をしている子どもたちも増えてきました。この子たちの親からも医療の確保という声が切にあがってきております。
そして、最終的には親が介護できなくなった時の、受け入れ先があるかという不安です。残念ながら安心できる道すじが示されていないのが現実です。
在宅者の親は、皆自分たちが元気なうちは我が子を手元で育てたいと願っています。しかし受け入れ先の保証がなければ安心して毎日の生活を送ることはできません。
「最も弱い者を一人ももれなく守る」という理念のもと、私たち親は活動しています。
どうぞこのような現状が一日でも早く解決されることを願いまして、重症心身障害児(者)を取りまく環境の整備を要望いたします。
平成21年7月 27 日
青森県重症心身障害児(者)を守る会
会長 谷川 幸子
県内の重症心身障害児者の実数は正確なところわからないが、以前把握していた数は450~500名程度と思われる。重症児者は障害の程度が重たいが、その分人数が少なく小規模の市町村ではどうしても存在感が薄い。結果、対策も遅れ気味となり、介護者たる母親も社会資源の恩恵に会うことができず、途方に暮れてしまう。私たちの親の会が、こういう場合にこそ親や本人に代わって運動を行うことの意義がそこにあると思う。
谷川会長の母親としての重症児者のわが子に導かれて現在の自分がある。社会の中心に重症時者を置いてほしいことを痛切に知事に訴えていた。
昨日シェラザード下巻を読みきった。R.コルサコフ作曲のシェラザードを聞きながら、雰囲気を楽しんでいる。
弥勒丸という豪華客船が、終戦間際の4月に予定航路をはずれ、アメリカ軍の潜水艦の魚雷数初を被弾し沈没する。そしてその船には軍の謀略情報に乗せられた民間人2千人が乗船していたのである。日本の捕虜となっているアメリカ人などへの食料を届ける目的で、緑十字を船体に刻んで、攻撃されないことを約束された船のはずであった。
そうした戦争という時代背景の中で、人々の愛のドラマが進行していく。引き上げ船の乗船を求める人々と、愛する人や無関係な子どもたちを危険のある船に乗せたくない恋人の葛藤劇も織り交ぜられる。何も知らない人々は、乗ることが安全と考えるのであるが、乗らないことの安全もそこにはあった。食料を乗せて予定の航路を進むはずの船が、金塊を途中で積み込んで航路を上海に取る。日本軍の情報は筒抜けで、潜水艦に取り囲まれ、敢え無く海の藻屑と消えてしまう。
かつての恋人同士軽部と律子。その二人に宋老人(生き残った一人)が言う最後の言葉が印象深い。
「偶然なんて、人生にそうそうあるものではありませんよ。偶然という言葉はね、事実の免罪符。わかりますか。人はみな、都合の悪いことが起こると、偶然のせいにする。そうではない。偶然などというものは、人生にいくつもない」
軽部はもう一度律子とやり直せると考えた。がしかし、律子は軽部と自分自身について思う。恋人軽部と別れた15年間。その間自分は軽部を愛し続けた。
忘却は苦悩から免れる早道に違いない。だがこの人は、その道を選んだために、アナログで軽薄で、エゴイストである上に自己喪失者に成り下がってしまったのだ。忘却をせずに悩み続けてきた自分は正しかった。
こう考えた彼女は、軽部との別離を決意し、タクシーに一人乗り込む。その別れの言葉が「さようなら」ではなく、「よーそろ」という船乗りの言葉であった。
弥勒丸という豪華客船が、終戦間際の4月に予定航路をはずれ、アメリカ軍の潜水艦の魚雷数初を被弾し沈没する。そしてその船には軍の謀略情報に乗せられた民間人2千人が乗船していたのである。日本の捕虜となっているアメリカ人などへの食料を届ける目的で、緑十字を船体に刻んで、攻撃されないことを約束された船のはずであった。
そうした戦争という時代背景の中で、人々の愛のドラマが進行していく。引き上げ船の乗船を求める人々と、愛する人や無関係な子どもたちを危険のある船に乗せたくない恋人の葛藤劇も織り交ぜられる。何も知らない人々は、乗ることが安全と考えるのであるが、乗らないことの安全もそこにはあった。食料を乗せて予定の航路を進むはずの船が、金塊を途中で積み込んで航路を上海に取る。日本軍の情報は筒抜けで、潜水艦に取り囲まれ、敢え無く海の藻屑と消えてしまう。
かつての恋人同士軽部と律子。その二人に宋老人(生き残った一人)が言う最後の言葉が印象深い。
「偶然なんて、人生にそうそうあるものではありませんよ。偶然という言葉はね、事実の免罪符。わかりますか。人はみな、都合の悪いことが起こると、偶然のせいにする。そうではない。偶然などというものは、人生にいくつもない」
軽部はもう一度律子とやり直せると考えた。がしかし、律子は軽部と自分自身について思う。恋人軽部と別れた15年間。その間自分は軽部を愛し続けた。
忘却は苦悩から免れる早道に違いない。だがこの人は、その道を選んだために、アナログで軽薄で、エゴイストである上に自己喪失者に成り下がってしまったのだ。忘却をせずに悩み続けてきた自分は正しかった。
こう考えた彼女は、軽部との別離を決意し、タクシーに一人乗り込む。その別れの言葉が「さようなら」ではなく、「よーそろ」という船乗りの言葉であった。