夢発電所

21世紀の新型燃料では、夢や想像力、開発・企画力、抱腹絶倒力、人間関係力などは新たなエネルギー資源として無尽蔵です。

冠雪の岩木山

2012-10-29 13:25:10 | つれづれなるままに
 岩木山の標高は1,625m。八甲田山の最高峰は八甲田大岳1,584mである。昨日「東北の日本百名山」の番組を見ていて、安達太良山は1,700mだった。

 わたしはずっと八甲田山の白きたおやかな峰々を見ながら、岩木山よりも八甲田山の方が標高が高いと思い続けていた。しかし岩木山が県内最高峰だと知ったのは、先日の八甲田山へ出かけた時だった。自分の思い込みの間違いは、こうしてみれば結構あるものだとふと思う。

 2000m以下の山々は、高さだけが魅力ではない。低山には澄み切った渓流や滝の美しさがある。岩魚や山女魚などが生息している。渓谷や巨木の森に踏み入れば森林浴も楽しめるし、バードウォッチングで心も和む。湿原では高山植物やルリイトトンボなどの昆虫もたくさん生息している。春や秋には山菜も楽しめるし、何より四季それぞれの楽しみ方があるのだ。
 お金をそんなにかけなくても健康のそばにある、低山トレッキングは初老期の私向きかなと思うこの頃である。

 錦色に身をまとった岩木山が、これから徐々に白い衣装を着替え始める。私達の生活も、それに合わせて冬ならではの暮らしに身を慣らしていくのだ。

 
 

八甲田~谷地温泉~山のおもしぇ学校

2012-10-28 09:35:47 | 旅たび食べある記
10月27日(土)

 朝から快晴の秋空。お日様も温かく、絶好の観光日和。
 家内と二人今日は谷地温泉と蔦沼を歩きたいと話して、八甲田山を目指した。何時もよりは早くAM9:00にはスタートしたのですが、道路は同じ思いの人達でいっぱいでした。
 途中「睡蓮沼」に立ち寄り、写真を取りました。
 
 城ヶ倉大橋も酸ヶ湯も人、人、人で、車を停めるスペースもありませんでした。目的地の蔦温泉に向かいましたが、やはり駐車場は満車状態でした。
 蔦沼のハイキングコースが我々夫婦には調度良い1時間ほどの運動コースなのでしたが、いつになるのかわからない混雑ぶりで諦めて谷地温泉へと向かいました。

 谷地温泉は青森に来たばかりの頃ですから30数年前に東京の先輩を乗せて来たことがあります。

 谷地温泉は比較的お客は少なく、とりあえずこの周辺の山を歩くことにしました。遊歩道はあるのですがほとんど人の手が入っておらず、ブッシュや枯葉で歩きづらい状態でした。
 温泉旅館の建物の中を通り抜けると、裏手の山には「谷地温泉神社が祀られていました。八甲田山から流れ出る沢水が流れ落ち、触るととても冷たく澄んでいました。


 温泉旅館には「無料休憩所」があり、そこでまずはお昼の腹ごしらえをすることにしました。岩魚の塩焼きを注文して、いただきました。

 板前さんが一番おっきいサイズだと言うだけあって、とても美味しかったです。

 お腹が落ち着いたところで、きょうは谷地温泉に入ってみようということになりました。日本の三代秘湯の一つと書かれていました。第一が南方の喜界島、第二が新潟と福島の県境にあるという「湯の平温泉」そして、この谷地温泉です。谷地温泉は開湯400年ということで、年代を感じさせる温泉でした。
 
 湯壷が二つあって、一つが38℃、もう一つが42℃ということでした。白濁した湯で、硫黄の匂いがしていました。
 30分程浸からないと、汗も出ない感じでした。結局体を温めるだけの30分でしたが、その後も身体がずっとポカポカしていて湯冷めもしない感じでした。入湯料500円也。
 脱衣所のおじさんと少しお話をしましたが、毎週訪れているということでした。

 地獄沼で写真撮影をして、人ごみが続く城ヶ倉大橋から岩木山を眺めながら、一路黒石市大川原温泉にある「山のおもしぇ学校」に立ち寄りました。

 入館料は100円です。昭和の次代の様々な生活用具や農機具などが展示されている部屋や、ひょうたんを使ったランプなどの展示もされていて、目を引きました。


 この建物は旧大川原小学校で、建物の中には職員室が喫茶・食堂になっていて、そば打ち教室も毎週水曜日にやっているようです。
 

 今度はお蕎麦を目当てに訪ねてみたいと思いながら、この学校を後にしました。

みんなのちから

2012-10-26 07:10:29 | つれづれなるままに
10月25日(木)

 きょうは改修工事の終わった「ささえの家ノーム」の現場説明会があった。業者の方から、機械操作などの確認をする作業である。
 これでようやく「ささえの家ノーム」と、短期入所用の宿泊棟が連結し一体化した。浴室の改修工事が一番大きなもので、従来のスペースでは介護者が入って入浴介護を行うには狭すぎた。今回はリフトでの入浴も可能とした。更衣室も介護台を置いて、車椅子の方も着替えが楽にできるようにした。
 台所も一番奥の狭い場所から、ディルームのある中央に移した。
 廊下を増設しお隣の宿泊棟と連結が完了した。これはいずれも補助金の関係上単独で建築しなければならなかったために、どうしても玄関が二つなければならなかった。

 この建物には可能な限り生活に関連する備品設備を配して、児童を始め短期入所利用者に自律的なプログラムを体験してもらいたいと思っている。つまり極端に鍵の管理をしない空間を考えている。冷蔵庫も、台所も、グリルも、ガス台も、レンジやオーブンも、洗濯機も、それぞれの能力を考慮しながら、自分の力でいつか駆使できるようになってもらいたいというのが願いである。

 それを支えるスタッフたちの工夫が、少しずつだが進められている。今月で間借りしていた旧児童館を返還して、この「ささえの家」が児童の日中活動のステージになるのだ。


賢治の学校

2012-10-23 16:22:46 | つれづれなるままに
10月22日(月)

 久しぶりの家族旅行でした。
 初日はのんびりと朝10時に出発し、「小岩井農場」を目指しました。天気はこの上ない上天気で、紅葉も今が最高潮のようです。

 約3時間かかって午後1時ごろ小岩井農場に到着し、遅い昼食をとりました。
 岩手山もとても稜線がくっきりと青空に映えて、気分も最高です。
 娘を伴っての家族旅行は、本当に久しぶりです。この日の宿泊は花巻温泉の直ぐ側にある「台温泉」。温泉がとってもまろやかで、お部屋からは紅葉の山々が美しく見えました。

 翌日は冒頭写真の賢治童話村にある「賢治の学校」を見学しました。あいにく朝からの雨でしたが、私達が移動する時間だけはなんとか雨も小康状態に・・・。
 映画「グスコーブドリの伝記」のアニメの原画が展示されていました。


 賢治記念館は開館30周年だそうで、私達家族は30年前に来たんだなあと感慨深いものがありました。二人の娘はあの時は6歳と4歳だったのが、今は30歳を超えています。

 バリアフリーの旅を望みながらも、なかなか状態にあった宿泊先はありません。でも結局は宿の関係者の皆さんが温かく迎え、また送ってくれること、それが一番ありがたいと今回も思いました。
 またいつか来たいと思うのも、そういうことかもしれません。

 錦繍の台温泉は静まりて湯船の中に疲れ浸せり

 錦繍のイーハトーブをたどる旅賢治の青は銀河にあるか
 

 
 
 
 

読書の秋

2012-10-20 09:25:53 | 私の本棚
 藤沢周平著「義民が駆ける」を明け方に読了した。
 昔の日本は幕府の意向で、突如殿様が国替えを命じられる。川越藩主が庄内藩に、庄内藩主が長岡藩に、長岡藩主が川越藩主である。この本は「三方国替え」の話である。
 この藩主の国替えから守ろうと、庄内藩の百姓衆が次々と越訴のために江戸を目指す。

 最近はテレビ番組がつまらない。夕食を終えると、寒さも手伝い寝室で布団に入ってラジオを聞くか、本を読んでいる。
 次は久しぶりに浅田次郎著「赤猫異聞」である。

 その次に控えているのが藤沢周平著「海坂藩大全 上・下」がある。

 NHK「ラジオ深夜便」を聞きながら、眠くなれば眠り目が覚めればまた読書。最近は枕元にノートを置いて、気づきのことなどを書くことにしている。

 

収穫の日々~原ケ平ファーム

2012-10-20 07:13:07 | 原ヶ平農場
10月19日(金)

 きょうで4日目の原ケ平ファーム。原ケ平には第1ファーム・第2ファームがあって、第一ファームには野菜類のアスパラガス、ミョウガ、浅葱などが毎年収穫できるし、今は食用菊、トマト、ナス、里芋、大根などが収穫を待っている。果物はラ・フランスなどの梨やブドウが二種類、そして今が旬の栗の木が二本ある。
 
 第2ファームは第1ファームから歩いて5分の場所にあって、クルミの木が二本、カリンの木も二本、そして収穫を終えたがジャガイモもこの畑では成績がいい。」
 9月上旬にパンに使用する小麦(ライ麦とユキチカラ)が20センチほど成長して緑色に畑を覆っている。来年の夏まで冬の間雪の下で眠ることになる。
 
 

 

 昨年あまりまじめに足を運ばなかったために、クルミの収穫量が不足してしまった。今年はそれを反省して、家内と毎日足を運んでいる。一日1時間程度でも、手かご2つは収穫できるのだ。栗も同じ程度の収穫量があり、そしてここの栗の実は山栗のように味も濃厚で甘くて美味しい。


 第二ファームにはカリンの木が2本あるが、このカリンは冬場の風邪症状ののどにとても良い。しかし果実は硬くて実は渋いのだ。
 11月に入れば実が黄色くなって、甘い香りがしてくれば収穫できる。蜂蜜漬すれば、健康にとっても良い飲み物になる。


 ここのクルミの木は道路端にあるために、結局通行の車に轢き潰されたり、カラスや通行人に拾われてしまうのだから、なんとももったいない話である。
 昨日収穫の栗は結局10キロ分が、きょうの販売に回すことができた。スーパーでは埼玉産の乾燥し軽くなった栗が1キロで490円もするのだ。わが法人の栗は1キロ300円では安すぎる気もしている。
 障がいのある人たちの就労を支援する役に立てるのだから、なんとか畑に足を運び続けたいと思っている。
 今年は運良く県の基盤整備事業を受けることができ、これからあうんの建物に併設される作業棟が来年3月までに竣工予定である。自閉症などの青年たちが、この作業棟で新たな生産活動に励めるようにしたいと思っている。
 来年度はそのほかにも、新たな事業が2つスタートする。
 一つは子供たちの「放課後等ディサービス」であり、もうひとつは「就労移行支援事業」と言って障がいの人たちの社会復帰支援事業である。この道があることで施設利用者の入所や退所の循環の筋道ができるのだ。

 今は膠着状態となっている「生活介護・あうん」が定員いっぱいとなっていて、来年度卒業生が利用を希望しても入所できないのである。

 あらゆる人々が社会から排除されることなく地域で暮らし続けられるように、我々の法人がきめ細かにサポートしていくことが本来の目標であることをこれからも忘れてはならない。

 
 

 
 

畑にて

2012-10-13 22:18:43 | つれづれなるままに
10月13日(土)

 杞憂のない休日初日。
 家内と二人、あうんの畑に出かけた。昨年はカラスや近隣の人々に拾われて、クルミの収穫が殆ど無かった。だから今年こそという思いで出かけて、5キロぐらいのクルミを収穫した。その畑にはクルミの木が2本と、カリンの木が2本、そして写真の小麦を9月に蒔いている。来年まで小麦たちはこの冬、雪のお布団で冬眠するのだ。ユキチカラという名前をつけた方の思いが伝わってくる。
 その畑から200メートル離れた場所に、果実と野菜畑がある。残念ながらお隣の敷地は弘前自衛隊駐屯地で、朝からヘリコプターの発着訓練が騒々しく続いていた。この畑からは縄文時代の土器片が出てくるのだから、おそらくは昔からかなり豊かな土地だったのだろう。
 この畑には済州島出身のおばあさんと弘前出身の夫の老夫婦(夫はなくなっている)が丹精込めて育てた野菜畑と果実がその面影を忍ばせている。
 昔この老夫婦が豚を買っていてその肥やしをかなり入れたらしい。そのせいか、ミミズ、オケラ、そしてミミズが好物のもぐら、ネズミが生息している。最近はアライグマなのかたぬきなのか、作物を荒らすようになった。トウモロコシはやむなく会うんの畑に栽培している。
 アスパラやウド、ミョウガ、長芋、浅葱、タラノメなどは、未だに健在である。
 おじいさんが育てた果実とは、ラ・フランス、二十世紀梨、ブドウが2種類、そして写真の栗の木が2本ある。栗はほとんど虫がついていないし、甘さもあって今が旬である。これで5キロくらいの収量か・・・。
 明日は栗ご飯を楽しめそう。
 私達がこの畑をこの老夫婦から引き継いで、植えたのがアスパラガス100本。トマト、カボチャ、里芋、これから収穫の食用菊、大根、万願寺とうがらし、カブ、じゃがいも、毛豆、トウモロコシ、ナス、ハーブなどなんでもそこそこの収穫が期待できる畑なのである。無農薬で栽培してはいるが、周辺の畑は林檎畑で、薬かけを行なっているから、低農薬という表現が正しいのかもしれない。
 ミョウガは今年どういうわけか豊作だった。そしてブドウも雨が少なく、日照りが続いたためか、とても甘い。喉が渇けば、ブドウを摘むと乾きを癒してくれるのだ。
 今年も豊穣の収穫があった一年である。