光の風☆★

~画家すずきゆきおの世界~
 夢と希望に癒しの芸術を
生み出す画家の日々の、つぶやき

雑感151(変化を意識する)

2017-05-03 | 絵画
画家のパレットを見ると、
その作風の秘密が分かるともいわれる。
画風を支える色彩があるわけですから。

私の絵はカラフルだといわれる。
確かにそうかもしれないが、
それにしては使用する絵具の種類は、
たぶん作風から想像できないほどに種類は乏しい。

その乏しい中からカラフルに変貌させるのが、
テクニックといえば言えるが、
そんなに大げさなことでない。
自分には当たり前すぎることである。

すこしばかり恰好をつけて言えば、
例えば、なぜその色彩を使うのかは、
無意識の中にも私の哲学が表れてくるに違いない。

それを言葉で表現したら、
拍子抜けしてしまうほどかもしれないが、
だからこそ絵画をしているのだと思う。

最近、1年~2年前から、
以前よりも色彩の対比をすこし強くしている。
明るさが増すことを心がけている。

そして、さらに数ヶ月前から、
ほとんど使用しなかったブラックを用いている。
市販の絵の具のブラックではなく、
私のパレットから生まれたものです。

それを心の求めるままに使いだしているが、
今は何故にブラックなのか分からない。

無意識の命ずるままにブラックがパレットに、
そしてキャンバスに表われてきた。

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雑感150(作風が生まれた時)

2017-04-29 | 絵画
自分の作風が出来てから、
かれこれ29年になると思う。
それ以前は、
これが私の作風ですと言えないものだった。

作風が生まれるまで、
作画上、多くの試行錯誤を経てのことだったが、
その最も大きな切っ掛けは、
今、振り返ってみると最も大変な人生のどん底に、
突き当たった時に、突然に今の作風が計らずも生まれた。

すこし恰好をつけて言えば、
四方が真っ暗闇の中、天だけが小さく明かりが灯されていた。
その灯に気がついたという、

その反転から明るい作風が生まれた。

暗闇から反転したことの内容を具体的に書くと、
以上のことです。

29年前、不動産の買い替えで悪徳な業者の罠に嵌まった。
バブルの時ですから、
何と一時的に一億円の借金を背負ってしまった。

裁判で決着するまでの数か月間、
利息だけでも、とんでもない金額を払っていた。

この、にっちもさっちも行かない、
どん詰まりの危機の時、こういう時だからこそ、
だからこそ制作をしょうと思った。
すると今の明るい作風が、
計らずも自ずと生まれてきた。

あの時は、悪徳な業者と対立するのは止めて、
その人の持っている神性にたいして祈った。

悪徳な業者は、
仕事で仕方なくしているのだと、
その人の本来ある神性に祈った。

それと同時に、
自分の心の中に一点の曇りもないように努めた。
知らず知らず神に対する行(ぎょう)をしていたのだと思う。
命がけの心構えの数か月間を過ごした。

あんなに自分の心があれほどクリーンだったことはない。

そして家族を守れれば何もいらないという心境だった。
本当に命がけの行(ぎょう)だった。
それと命がけの制作だった。

裁判の結果は
相手側が折れてきて、和解となり問題は解決した。
元々、私のほうが悪いわけではないから、
当然の結果で解決したが、
それでも約一千万損したことになった。

このような大変な時に生まれた、
今の作風は神様からのご褒美として受け取っている。
有り難いものです。

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雑感149(三島事件)

2017-04-02 | 絵画
47年前の三島事件のことを
毎年11月25日になると、かならず思い出す。
それなのに何故、4月2日にこの話題なのかというと、
孤高の画家、戸嶋靖昌(1934年~2006年)が、
三島事件に衝撃を受けたことを知ったからです。

三島事件をきっかけに名声欲と現世の物質欲を、
離れて真の芸術を求めるだけの生き方を戸嶋靖昌は決意をする。

戸嶋靖昌の生涯にわたる生き方をもたらした三島事件だった。

その根底に三島由紀夫文学に対する尊崇の気持ちがなければ、
そうはならない。

三島事件は当時の多くの青年達に大きな自己変革を
もたらしたと思われる。

当時、24歳の私は戸嶋と同じように大きな驚愕を受けた。
やはり生き方を変えざるを得ないキッカケになった。

現代美術に興味を持っていたが急に興味が失せてしまった。

その頃、現代美術の中に、
パフォーマンスの表現が出始めていて流行っていたが、
三島事件を経てからは、現代美術の中のその表現が
子供騙しの幼稚なものに感じられた。
なぜならば死を賭した三島事件はパフォーマンス的にいえば、
その極地であり現代美術のそれは戯れ事に感じてしまった。

頭でっかちのゲームのような表現に過ぎないと思ってしまった。

私は三島事件後しばらく数年は芸術に関わることが虚しく感じていた。
気持ちの虚しさを埋め合わすように空手に没頭したりしていた。

私が出した生き方の結論は戸嶋靖昌ほど崇高なものではなく、
等身大の自分を知りたいということだった。
三島由紀夫のような天才でない自分が表現する世界が、
かならずあると信じたことです。

作品を発表して世に問いたいわけですから、
名声欲も現世の物質欲も捨てきれずに人並みにあった。
画壇と無関係だったわけではない。

画家の誰もが多かれ少なかれ名声欲、現世の物質欲もあり、
画壇のヒエラルキーに良い地位を占めたいと思う人は多い中、
私は、そのヒエラルキーは興味が無かったが、
それとは違った意味の欲は無いといえば嘘になる。

戸嶋靖昌の凄いのは、その生き方を見ると名声欲、物質欲を
捨て去って修道士のように生き切ったことです。

修道士のように生き切る画家が存在したことの驚愕です。
なかなか、そのように生き切れないから想像を絶するのです。

優れた絵を描いている。
尊敬に値する画家です。

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雑感148(思いやり)

2017-03-06 | 日常
引越しから約2ヶ月半経ち、
マンション住まいも慣れてきた。
ゴミ出しで、
ほんの少し外に出る時も鍵を持参する
煩わしさも習慣化してきた。
セキュリティが厳重で、
鍵を持ち歩いていないと、
マンション内に入れなくなってしまうので、
戸建に比べて不便である。

静かで暖かであるから制作する環境としては、
実に最適ではあるが、
隣近所との付き合いが希薄なのが寂しいともいえる。

以前の家は敷地内に夏ミカンの木があった。
引越し前に沢山ミカンが生っていて豊作のようすだった。

残念なことにマンション住まいには、
このミカンの木を持っていくことが出来ない。

仕方がないこととはいえ残念!
誰かこのミカンの木を欲しい人がいたら差し上げたいと思っていたが、
慌ただしく時が過ぎっていくのみ。

食べるにはまだ少し青くて早いが、
少しづつミカンを取っては食べだしていたが、
引越しまで全部、食べられるわけもない。

またミカンだけを食するのも飽きる。

近くに住む一回り年上の友人が、
すずきさんの所のミカンを少し頂きたいと言う。

そんな申し出の数日後、
ミカンをかなり持って友人宅を訪ねた。

玄関に入るのは初めてだった。
大きな玄関の中央に私の絵が飾ってあった。

他所で自分の絵を見ると何故か、
自らが描いたとは思えない。

絵はサインが入った時が完成ではなく、
持っている人のお宅で見られることによって、
その歳月で絵も進行形で歩むのだと思うことが多い。

引越しの準備で忙しく過ごして、
いたのでミカンをあげたのも忘れていた。

マンションに越してから、
友人から自家製マーマレードと手書きの紙を貼った、
ビンを手渡された。

すずきさんの家のミカンだよ、
僕がジャムにしたんだ。
少しは美味しいかもしれない。

友人は、ただミカンが食べたいがために、
ミカンが欲しいといったのではなかった。

女性がマーマレードを作ってきても驚かないが、
こういう細やかな心遣いをするとは想像もしなかったから、
心根の優しさに打たれました。

男の思いやりです。
男気を感じました。

仕事を引退している友人は、
現役の頃は大手の銀行の役員でした。

その後は、やはり大手の企業の役員という、
大変な方です。

そういう人だからこそ、
細やかな心遣いが出来るのかもしれない。

マーマレードを食することによって、
ミカンの木との決別の気持ちも整理できたのかもしれない。

有難いことです。

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雑感147(マロンと過ごした時間)

2017-02-16 | 
年末に引越したので
非常に慌ただしい日々だった。
以前に住んでいた場所から
歩いて10分ほどの所ですから、
地元感覚のままである。

しかし僅か10分移動しただけで地元は地元でも、
住む場所が変わることによって
当たり前だか景色が変わる。

まして戸建からマンションに変わったから、
なおさらである。
変化も含めて新しい環境になれつつある。

制作も正月の二日から開始した。

読書も復活してきた。

ただマロンがいない。

マロンが天国に旅立った。
午前と午後のマロンとの長い散歩がなくなった。

正確には散歩は半年前から無くなった。
散歩は無くなってもオムツ交換や、
食事を食べさせていたその
マロンと共有する時間が無くなった。

マロンが寝たきりで、
オムツをする介護状態になってから
つくづく思ったのは、

今にして思うとマロンとの
約17年半の散歩は貴重な時間だった。

マロンと一緒だから心おきなく道端の草花を、
立ち止まって見たり、
空を眺めたりしていても変に思われない。

いい大人が用事もなく道端の雑草や、
長い時間、空を眺めていたら、
それこそ変なオジサンです。

マロンと歩きながら、
絵のイメージが浮かんだり、
とりとめもなく色々な考えが浮かんだりは消えて、
時には考えが結実したりしていた。

マロンが若くて元気な時は、
もちろん私も今より若い。

一緒に走ったものです。
リードをつけてです。

マロンの速さに歯がたたない。

今にして思うと、
実に多くの制作のヒントをマロンの散歩で、
与えられたことになる。

具体的な何かを考えようとしないからこそ、
頭も心も囚われていない自由な状態で、
散歩しているからこそ生まれてくるものがある。

有用な時間だと思っていないからこそ、
豊饒な時が流れていた。

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