鐔鑑賞記 by Zenzai

鍔や小柄など刀装小道具の作風・デザインを鑑賞記録

山水図鍔 運齋壽一 Toshikazu Tsuba

2010-12-17 | 
山水図鍔 運齋壽一


山水図鐔 銘 文久二運齋壽一(花押)

近江八景図の一部を見るような、古典的な題材に取材した作。耳を額縁のように高く仕立て、その中に収められている絵画のように表現している。遠く眺める急峻な山とそれを包んでいる雲の様子、松樹など植物の描法に東龍斎派の個性が窺いとれる。特に雲間から覗き見るような構成に注意されたい。副士繁雄先生のまとめられた資料を拝見すると、壽一(としかず)は清壽の門人。地鉄鍛えは埋忠政秀の手になるもので合作。「宗義図應好」と添え銘がある。

明け烏図鐔 藤原清壽

2010-12-14 | 
明け烏図鐔 藤原清壽


明け烏図鐔 銘 藤原清壽(花押)

朝日に浮かび上がる雲を背景に烏の飛翔する図。清儔としては比較的初期の作。いまだ、特異な風景図に挑んではいない頃。このような精巧で精密、構図も的確な作を遺しており、基礎のしっかりとした作家であったことが分かる。朧銀地高彫金赤銅色絵。

山水図鐔 Toryusai-Kiyotoshi Tsuba

2010-12-13 | 
 東龍斎清壽(とうりゅさい きよとし)の作意は奇抜という評価に尽きよう。自らの銘に「流自」あるいは「一家式」の文字を添えた点も、独創を突き詰めて、他の金工にはない、他工とは異なることを強く認識してのもの。題材は古典的な事物、歴史上の人物や伝説、龍などの霊獣、風景など様々ではあるが、果たして、松樹にしても梅花にしても龍にしても、類例なき風合いが作品上に漂っている。
 筆者は、それらの中でも風景図に興味を抱いている。ここのところ、文様化された風景図、心象表現されている風景図、琳派の美観を漂わせる風景図などを紹介してきたが、装剣金工の歴史を通し、それら心象表現された作品を大きく眺める意味で東龍斎派の作品群を紹介する。
 すなわち筆者は、この東龍斎派こそ、装剣金工の世界でも広く流行していた琳派の美意識を超えようとしていた工であると考えている。装剣金工の分野では、戦国時代末期の桃山頃に大きな変革期があり、埋忠明壽や金家がそれまでにない創造性を追及した。江戸時代中期には土屋安親が様々な要素を画題に採り、芸術性を大衆的な視野で広げ、江戸好みになる文様表現をより鮮明にした。そして次の段階が幕末の東龍斎派である。あまりにも特異な描写であることから好き嫌いが大きく分かれるところではあるが、その空間の創造性は頗る興味深い。


山水図鐔 銘 一家式 竜法眼壽(花押)

 まず鐔の造り込み、造形の奇抜さに驚く。お多福形だが、このような形はなかった。表の海原は遠く夕日の沈む様子、懸崖と白波、帆掛け舟で表現している。鐔の中央は大海である。一方裏面は、逆に海から陸地、遠く山並みの霞む様子を、やはり俯瞰の視線で描いている。絵画的には見えるも、各部を仔細に観察すると、松樹は独特の草体、人影も同様、寄せる白波はまさに文様風。なにより、鳥の視線であろうか、空間を見下ろしているような構成が優れている。

秋草に鹿図鍔 平安城 Heianjo Tsuba

2010-12-12 | 
秋草に鹿図鐔 平安城


秋草に鹿図鐔 平安城

 琳派以前から幕末まで、文様化された風景図、心象表現された風景図、琳派の美観を再現した図などを中心に紹介してきた。もう一度、本阿弥光悦と俵屋宗達以前に遡る時代の作例を見直してみたい。秋野に鹿図鐔は平安城透かしと呼ばれる京の鐔、芦雁図目貫は古美濃、秋野に兎図目貫も古美濃、秋野に鹿図小柄は古金工。
 わずか七センチ以下という限られた空間、しかも、ほぼ形が定められている空間を装飾しなければならないが故に、デザイン性が突き詰められることになった。一見して走り描きのような意匠、稚拙とも思える意匠だが、その背後には、計算された構図があることは間違いない。琳派に至るまでの美術を改めて見直すことを薦める。


芦雁図目貫 古美濃


秋野に兎図目貫 古美濃


秋野に鹿図小柄 古金工

春蘭図鐔 長州友信 Tomonobu Tsuba

2010-12-10 | 
春蘭図鐔 長州友信


春蘭図鐔 銘 長州住人友信作

 美しい赤銅地の肉彫地透の手法で彫り描いた春蘭図鐔。鐔の造形をその優しく延びる様子で円形に構成しており、赤銅以外の色金は全く用いていない。一色であることから墨絵を想わせるが、清楚な色彩をも想わせる優れた感性が背後にある。なだらかな磨地の表面処理、その要所に毛彫が加えられており、光を受けて鮮やかに姿態が浮かび上がる。長州鐔工は多くが鉄地を専らとしているが、優れた赤銅製の鐔も遺している。

朧月夜に桜図鐔 Tsuba

2010-12-09 | 
朧月夜に桜図鐔


朧月夜に桜図鐔 無銘

以前紹介した事のある鐔だが、まさに琳派の美観を展開した作品。たなびく春霞を金の真砂象嵌で、月は銀の色絵、川面を鋤彫、桜花は高彫に金と赤銅の色絵。朧に霞んだ様子を見事に表現しているのだが、その描法は文様化の極み。

梅樹図鐔 橋本一至 Hashimoto-Ishi Tsuba

2010-12-08 | 
梅樹図鐔 橋本一至


梅樹図鐔 銘 橋本一至(花押)

 表は梅樹。背景に爽やかに流れるのは雪雲か。真冬に鮮やかに花開く梅の様子は、歳寒二雅、歳寒三友などの雅称で採られているように、古典的な画題でもあるが、ここでは色紙に描かれた風景図、そして裏面は華やかに装飾された色紙の裏。鐔には表裏があることを前提とした構成である。琳派の美観は、江戸時代中期を過ぎると、急速に金工の分野でも採り入れられるようになった。殊にこの表現は幕末に流行している。橋本一至(いっし)は、後藤一乗の門人で、師風に独創を加味し、鉄地に雅趣ある作品を製作している。

龍田川図鐔 富随 Fuzui Tsuba

2010-12-07 | 
龍田川図鐔 富随


龍田川図鐔 銘 薩産月人子斉藤富随江戸芝三田住

 これも和歌が背景にある図。流れ落ちる谷川に色鮮やかな紅葉。色彩のコントラストが際立つこの場面は、古くから文様化され、着物などにも採られている。簡潔な片切彫からなる描法で流れを描き、金あるいは素銅で紅葉を描いている。縁頭は水の流れを葉の上に加えて水の透明感のある様子を表現している。線描の美しさはそのまま谷川の流れの美しさである。同図になる三作を比較してほしいが、素材の違いからなる風合いに微妙な差異があり魅力的である。これらのように、流水を雅趣漂う線描で表現するのは金工の特質であり、以前にも紹介したように、室町時代に始まっているのである。


龍田川図鍔 銘 三原住正保作


龍田川図縁頭

浜千鳥図鍔 一次 Kazutugu Tsuba

2010-12-05 | 
浜千鳥図鐔 一次


浜千鳥図鐔 銘 高一次造之

 東龍斎派の金工、高橋一次の、同派らしい造り込みと表現になる作。特異な耳の造り込みとして窓から眺めるような視覚的驚きを体感させるのがこの派の特徴。波の寄せ来る浜辺に貝の散らばる様子。落ちてゆく夕日を背景に群れ千鳥の舞う様子を金銀赤銅の色金を交えて描写、美しい真砂象嵌を加えて赤く染まった西の空を再現している。磯の風に馴れて屈曲した松樹も美しい。この組み合わせからなる空間こそが東龍斎派の魅力。この特異な構成も琳派の美観とは本質が異なるものの、同様に風景の文様化の中から突如として生まれたように感じられる。まさに江戸好みの文様化された美空間である。

舞鶴図鍔 大森 Omori Tsuba

2010-12-03 | 
舞鶴図鐔 大森派


舞鶴図鐔 無銘大森派

 雲の上を飛翔する鶴。この鐔は、写実的な高彫になる鶴は常に見られる描法だが、下に湧き上がるような雲は金の平象嵌になる線描、朝日に滲む雲は金の真砂象嵌の手法。線描写といえば毛彫や片切彫が一般的だが、華やかな平象嵌を簡潔に用いている。平象嵌は、この手法を特異とした加賀金工とは趣を異にしている。江戸時代後期の江戸金工は様々に描法を創案し、独創的な作風を求めた。奇抜にして鮮やかな一例である。

舞鶴図鍔 柳川直光 Naomitsu Tsuba

2010-12-02 | 
舞鶴図鐔 柳川直光


舞鶴図鐔 銘 柳川直光(花押)

 舞鶴図は頗る多い。我が国の風土に良く合った題材であり、かつては現代では考えられないほど多く見られた鳥であったという自然環境の違いもあろう。川の流れを簡潔な線で表わし、水草を添景とし、飛翔する鶴を鮮やかに描いている。美しい構成の鐔である。

舞鶴図鍔 光興・秀興 Mitsuoki・Hideoki

2010-12-01 | 
舞鶴図鐔 光興・秀興


舞鶴図鐔 銘 鶴 川宝斎(花押)鐫之 光興

 江戸後期の京都金工を代表する大月光興(みつおき)とその弟子川原林秀興(ひでおき)の合作。流れる雲間を飛翔する鶴。表裏に描き分けてはいるが、互いに呼び合うような構成。鶴の姿は写実的で、色金も銀と赤銅、要所に金と素銅を加えて的確な色使いになる描写。流れる雲を朧銀地の背景に片切彫で描いている。この線描になる雲の存在こそ、ぼかしという描法が出来ない金工独自のもの。

帰雁図鍔 安親 Yasuchika Tsuba

2010-11-28 | 
帰雁図鐔 安親


帰雁図鐔 銘 安親

 淡彩になる墨絵を想わせる帰雁図鐔。江戸時代中期、古典的な作風から同時代の風俗まであらゆる画題に挑み、独創的な視点で彫刻表現した、以降の金工すべてに影響を与えたであろうと思われる土屋安親の作品である。
 安親は奈良派に学んで写実的な表現を基礎としたが、古典美を同時代の嗜好に適合した文様風に再現したことで興味深い存在である。重要文化財に指定されている干網千鳥透図鐔はまさに琳派の美観を基礎にした文様表現であり、似た作例が複数遺されている浜松千鳥図も古典的景観を近世風の洒落た表現としたもの。水辺に鳥の舞う様子は和歌にも採られて極めて日本的な景観を印象付ける図であり、ごくごく自然にこのような風景を好み、眺めて安心感を得るのは、日本という風土に密接にかかわるものであろう。安親は見事に独創的視野で作品化しているのである。
 鉄地を大小の石目地に仕上げ、薄肉と高肉を巧みに組み合わせて彫り出す手法。筆を走らせたような線で浮かび上がらせているのは流れる水、風に揺れる芦に小舟で、草の表現ながら高彫の手法で大空に舞う雁の群を彫りだして印象付けている。このような彫刻手法も独創的ながら、鑑賞していただきたいのは、琳派のそれとは異なる感覚で文様化された風景、空間構成である。□

八橋図鐔 加賀象嵌 Kaga Tsuba

2010-11-26 | 
八橋図鐔 加賀象嵌


八橋図鐔 無銘加賀象嵌

八橋の図は『東下り』の一場面に取材したものであり、和歌を題材に文様化が色々と為されている。肥後金工の作例と比較しても面白い。加賀金工の得意とした平象嵌を主体に、高彫を加えた作である。
江戸時代には各地に八橋写しの庭園が造られたそのような一つに取材したのかもしれない。あるいは金工個々のイメージが働いたのかもしれない。そもそも、実在の風景に見立てた庭園そのものが本来の写しであるわけだから、特に文学に登場する風景を現実の庭園に仕立てることこそ創造の産物。そこには心象的文様構成の世界観がある。

笹文図鐔 阿波正阿弥 Awa-Shoami Tsuba

2010-11-25 | 
笹文図鐔 無銘阿波正阿弥


①笹文図鐔 無銘阿波正阿弥

 ①は鉄地に笹の葉を文様風に散らした図で、阿波正阿弥派らしい出来。幅の広い熊笹であろうか、その生い茂る様子を写実ではなく文様として美しく表現している。興味深いのは、蕨手を構成し巴に透かされたもう一つの隠された図柄である。何となく跳躍している兎に見えるのだが、いかがだろうか。笹と兎の採り合せは、過去に紹介したことのある②の庄内金工の鐔にもあるように、妙味ある画題である。この二つの鐔は、構成やそれによて生まれる風合いは全く異なる世界を求めているのだが、いずれも趣深い作である。


②笹に兎図鍔 無銘庄内