豪腕土橋正幸投手は、昭和37年東映フライヤーズ優勝の年の頃から、球威の衰えを見せ始めたかと思います。それでも17勝を挙げ、日本シリーズでは大活躍を見せています。その翌年には20勝を挙げ、更に次の年も20勝を達成していますが、明らかに球速は衰え、その結果として奪三振、奪三振率共に著しく落ちてきています。多分昭和38年のシーズンだったと思いますが、当時台頭して来て、後に189勝を挙げる阪急ブレーブスの石井茂雄投手との投げ合いをしっかりと見ましたが、決して速球派投手とは言えない石井茂雄投手の球の方が、より威力を感じたものでした。当然たった1試合のみの感覚だけでは論じられないものでしょうが、矢張り土橋正幸の投手としての衰えを感じざるを得ないものでした。昭和40年土橋正幸投手は4勝に終わり、翌41年も6勝と復活出来ず、42年を最後に引退となりました。彼の急激な衰えは矢張り、上体の力だけに頼ったフォームに依るものと、ストライクを取れる制球には優れていましたが、小山正明投手の様な精密なコントロールではない為、球威のはっきり落ちた晩年には、そのストライクを投じられる力が逆作用した気がしないでもありません。しかし昭和30年代の東映フライヤーズのエースは紛れもなく土橋正幸である事は間違いないでしょう。
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