その番組では、60年代後半に経済中心の価値観に反発する若者たちが出てきた事を少し紹介したに留まった。しかし、それは後の日本社会を見る上で非常に重要なものを含んでいるので、掘り下げて述べたい。又、経済の本質についても。
当時のお金と物質万能の考え方に学生・若者の中から疑問を持つ人たちが出てきて、草の根的に結びつき、次第に人間の生き方や社会・政治のあり方を議論するようになった。その時代に青春時代を過ごした、僕のいとこで、思想家の川本兼氏は「夜遅くまで、社会や人生について議論した」そうである。そして、彼らは人権思想なるものを作り出していった。それが学生運動の核になったらしい。僕も近年になり、川本氏から教えられて知ったわけだが。でも、明治維新からまだ百年近くしか経ていなかった当時の日本には人権という発想は世間にはなく、その考え方は多くの人達から無視され、一部の者が焦りから暴力行為にも出て、無力感にも襲われ、その運動に関わった多くの人は沈黙するに至った。70年代になり、日本では慰め中心の歌が流行った事でも判るかもしれない。
しかし、近年の僕がインターネットで検索して思った事だが、その学生運動の「人権思想」は日本各地の障碍者運動に引き継がれ、各地で在宅介護生活や、健全者と身体障碍者の壁を越えた結婚、あるいは、福祉作業所での知的障碍を持つ人たちの工芸製品作りになり、更には、エコ運動にもなり、今の日本の福祉や環境運動にもつながっている。「挫折」ではなかったと僕は思う。良かったと。
でも、若い時の僕が出会った福祉関係や身障運動関係には、人権思想は見られなかった。例えば、「介護者が必要だから、世間に介護者を求めましょう」という方式のものとか。それが障害者運動だと当人たちは言っていたが、人権思想に基づかない障碍者運動はいかがなものかと。大体、人権思想に基づかない障碍者運動やボランティア活動は早くに挫折している。当たり前だ。根がない運動だから。
この僕も「人権」を意識するようになったのは、近年の川本謙氏の影響を受けてからである。若い時の僕は自分のすることが判らず、迷い続けたが、それも人権思想に出会わなかったからだと思う。中学・高校の社会科の教科書には人権の事も書いてあったが、誰が教科書から深く考えるものかと。学校の教科書から深く考える人は少ないと思う。大体は暗記して、卒業したら忘れるものである。僕もそうだったし。早くに人権思想を知っていたら、僕も早くに人生が発展したと。そのような旧友が僕の世代には多いわけだ。
さて、今の日本では介護が重要な労働産業になっている。又、このまま物質的繁栄を拡大させたら、大気中の二酸化炭素が増えて、気候は破壊されることが判ってきた。つまり、福祉も、エコも「経済」の中に含めなければならない。更には、人の心を豊かにする芸術も。大体、経済とは「人々の生活」。ならば、福祉も、エコも、芸術も含まれて当然ではないか。それが下村理論には欠落していたと思う。思うではなく、「事実」と述べるべきだろうが。
皆様も「人権」について想いを馳せてくれたら、幸せに思う。