トシコロのありのままの暮らし


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「人格・人権の観念が未発達の時に」の追伸

2017-09-30 11:22:38 | 日記
  そのような時に経済が発達したから、お金第一主義の世界になったわけである。1970年ごろの日本は世界から「エコノミック・アニマル」と言われて叩かれたが、何も当時の日本に限った事ではなかった。「資本論」の通り、19世紀のイギリス人も「エコノミック・アニマル」だった。どちらも、人格・人権の未発達の時に経済が急速に成長したから、エコノミック・アニマルぶりが目立った点はあったと思うが。


  勿論、資本主義発達以前にもそのような問題はあった。端的な例は女性の性労働である。悲惨極まりなかった。特に、女性の人格・人権が歴史的に見て認められていなかったから、このような事も起きたわけである。他にも経済矛盾はあったが、近代ヨーロッパになり、労働者搾取という形でそのような問題が表面化したようである。

  未来社会はどうなるであろうか。このまま人格・人権の観念が発達すれば、資本主義の矛盾も次第に少なくなるはずだが、何かの理由で人格・人権の観念が後退するような事があれば、各国が経済利害から激突し、核兵器や気象兵器が使われ、人類は絶滅する事も考えられる。どうせ未来を作るなら、人格・人権の観念が発達した社会が良いと思うが。戦争の未来だけは御免である。
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人格・人権の観念が未発達の時に

2017-09-30 11:05:08 | 日記
  ヨーロッパでは、科学技術と経済が近代期に急発達したから、アンバランスが生じ、「資本論」に書かれているような悲惨な労働者搾取にもなったわけだと、今から見れば、解釈できる。19世紀のヨーロッパではまだ教育水準も低かった事もあり、資本家の多くも人格や人権を認める人は少なかったが。(中には、そのような資本家もいて、労働者に十分な栄養は勿論、教育まで与えた例もあり、その会社は発展した)。


  ひどい状況を目にしたマルクスは、特にイギリスにおいて「労働者革命が起きる」と予言したが、労働者の教育水準の事は脳裏になかったせいか、その予言は現実味もなく、急激な革命は起きなかった。又、当時の労働者たちの人格・人権の観念もどうだったのだろうか。マルクスも人間であり、当時のまだ低かった人格・人権の観念の制約を受けていたはずである。

  因みに、まだマルクスの歴史評価はできないと思われる。それ以前のフランス革命の歴史評価も定まっていないわけだし。千年前の十字軍戦争の評価も、2000年前後に時のローマ教皇ヨハネ・パウロ二世によって、カトリック側の反省という形で始まったばかりなのに。それで19世紀のマルクスの評価ができようか。歴史を通して見える事の一つは、「人格・人権の観念はゆっくりながらも確実に前進している」という事である。歴史を通して、明るいものを見たいものである。
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中世ヨーロッパや江戸時代で、キリスト教や仏教が栄えたのに地上天国にならなかった理由

2017-09-28 17:00:12 | 日記



まだ教育も普及しておらず、宗教家含めて、人格や人権に対する認識が非常に少なかった事だろう。


  新約聖書にはイエスが娼婦やハンセン氏病患者みたいな人たちにも人格を認めて付き合い、救った事が書かれているし、シャカも出会った一人一人の人格を認めて対応されている様子が仏典に書かれている。中学・高校時代の僕はそのような視点からはキリスト教や仏教を考察しなかったが、30歳くらいから少しずつ疑問に感じるようになり、その考察の結果が以上である。

  イエスやシャカの後継者たちも人格や人権を鋭く説いた例はあった。聖フランシスコや、日本の親鸞上人は典型例だと思う。でも、まだ人々の教育水準が低く、人権や人格という考え方が、ヨーロッパは王侯貴族、日本では将軍や殿様みたいな人たち含めて、行き渡っていなかった状態では、聖フランシスコや親鸞上人の考え方もどれだけ人々に理解されたか、疑わしい。読者の皆様もよく知っている通り、ヨーロッパの中世や日本の江戸時代以前の社会は非常な身分社会で、最下層の人たちは強い差別を受けていた。地上天国の条件の一つには、全ての人たちの人格や人権を認める事が挙げられるわけである。また、封建社会から1917年にいきなり共産主義社会に変わった旧ソ連・ロシアにも言えるかもしれない。

   大体、1970年ごろからだろうか、北欧諸国から、どんなに重い障碍を持つ人たちの人格・人権を認めて尊重する福祉社会化が始まり、ヨーロッパに広がり、やや遅れて我が日本にも広まりつつある。それにわずかの期待を掛けたいものである。人格・人権が非常に認められる社会では、徴兵制は勿論、軍隊や武器も存在しないわけだから...。
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人格・人権認めが日本ではまだ遅れていますね

2017-09-25 11:07:08 | 日記
  何も福祉や学校関係に限らず、日本ではまだそれが遅れていると思います。自分の人格を認めないから、自分の意見も持てず、選挙の時はいつも棄権するとか、他人にただついて行くとか。他人の人格や人権を認めないから、他人を傷つける例も非常に多いようです。心が傷つけられた人たちは精神病やウツになったり、逆に相手や社会に恨みを持ち、人を今度は傷つける立場になるとか。元々脳に病変のある器質性障碍は少なく、いわゆる社会的要因の精神病が増えているようですし。


  人格・人権の問題は今後も断続的に書きたいと思います。

  ヨーロッパでも、日本でも封建制の時は人格・人権は一部の王侯貴族や将軍、殿様くらいしか認められていませんでした。ヨーロッパでは数百年掛けて徐々に封建制が崩れ、人格・人権が認められる社会になり、福祉社会にもなりましたが、日本では江戸幕府が崩れたのが1868年。その後も1945年まで封建色を色濃く残した憲法と社会がありました。それゆえに、日本ではまだまだ人格・人権の認識が薄い人たちも多いのかもしれません。でも、過去はともかく、これからは全国民も人格・人権を認識し、尊重する社会を作らなければならないと思います。

  NHKのTV番組の「亜由未が教えてくれた」の中で、その兄が「今までは亜由未の障碍にばかり目が行っていたが、亜由未に向かい合う事に気が付いた」と言っていましたが、まさに亜由未さんの人格ですね。
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褒め合う事の少ない社会

2017-09-22 11:06:09 | 日記
  これが日本社会の持つ根本的な欠陥かもしれませんね。相手との付き合いを誇りに思わず、その長所にも気が付かず。逆に欠点を叩く。僕の見てきた小社会でも目立ったし、20世紀の歴史を見るともっとすごい事も判ります。


  1930年前後の日本では、国会議員同士も他の議員を褒める事はなく、叩き合いに明け暮れていた。軍部も同様で、陸軍と海軍は叩き合っていた。陸軍大臣と海軍大臣は常に険悪でした。昭和天皇が「まあ、仲良くやってくれ」と述べ、破局だけは免れていたようですが。時は移り、憲法も変わった戦後でも、国会議員の体質は余り変わっていないようです。同じ政党の中の政治家同士でも以上と同じです。更に、戦後は急成長したマスコミですが、それも変わらない。叩く事ばかりしている。マスコミ同士の叩き合いもありますね。学校内ではどうなのでしょうね。僕は判りませんが、例えば、先生同士が褒め合う事はあるのでしょうか。


  友人、夫婦間も褒め合うとか、「この人と結婚して誇りに思う」という言葉は余り聞かないでしょ。ネット関係でケンカが多発しているとよく聞くし、離婚や夫婦不和も当たり前みたいになったわけですが、確かにこれでは、ケンカや離婚にもなりますよね。

  昨日話した元患者の伊藤まつさんが付き合いやすかったのも、付き合う人たち全員の事を非常に褒めたからです。それゆえ、それに連られて、僕も伊藤まつさんの事を褒めるようになりました。伊藤まつさんは若い時にアメリカ人の宣教師に聖書の事を教えられましたが、その時に宣教師から相手の事を褒める事を教えられ、そのまま実行し続けていたそうです。貴重な人と出会ったものだと思います。

  最後に、若い時の僕は「福祉の基礎は人間関係。政治ではない」とよく発言しました。後年になり、撤回したわけですが、それも理由があったと再認識しています。政治家も、福祉関係も、ある意味では、政治や福祉士以前。まともに付き合えない人が多いですからね。若い時の僕は政治の事はよく知らなかったし、当時としてはまともな発想だったかもしれません。伊藤まつさんが人間関係の作り方の答えを用意はしてくれていても、当時の僕は気が付かなかったわけですね。

  とにかく、相手の事を互いに誇り合える日本社会になってほしいものです。
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