トシコロのありのままの暮らし


  世田谷カフェとの交信の必要性で、登録しました。それ以外の皆さんもよろしくお願いします。

差別みたいなものは状況が作り出すのではないか

2015-04-30 15:43:13 | 日記
  「産業社会を無意識に模したと思われる身障会」を書いた後に思った事です。

  その身障者たち、特に指名介護人制度で生活した身障者たちはより重い障碍者を結果的に差別しました。それは大きな問題ですが、それだけでしょうか。まだ問題はあるはずです。

   いくら身障者に介護が必要とは言え、世間に出て自分の介護人獲得の行動ばかりする。その場合、健全者=単なる介護労働力みたいになってきます。果たして、それで良いのか、改めて考えてもおかしいと今の僕は思います。介護の面ばかりにこだわっても、身障者から見て健全者は単なる介護ロボットみたいになってしまうはずです。つまり、「健全者差別」とでも言うべきものにもなってくる。一般に差別は強者が弱者をいじめる構図とされていますが、それだけでなく、弱者が強者を差別する場面もあると僕は思っています。

  世田谷の場合は地域社会が70年代は消失し、それを知らない身障者も多かったので、他人と心を通わしたり、人格を尊重し合う事もなく、結果的に身障者たちも弱者切り捨てとか、健全者に対して介護にこだわり、健全者差別にもなっていった。恐ろしかったですが、そうした身障者たちも地域社会やふれ合いを「知らない」からそうしてしまった。そのような状況が作り出したとも言えるわけで、非常に悲しく思います。

  介護はちゃんとした介護専門の労働者が適正な賃金の下、行なわなければなりません。指名介護人制度は学生など、暇があり、介護資格はない人たちがかなり担っていた。介護資格のない人たちに高額の介護報酬を行政は払うべきではありません。労働問題の面からも、その制度はいけないものだったと思います。

  20世紀の世界の歴史を見ると、やはり、国土が戦場になり、地域社会がごっそり消失した第一次世界大戦後のドイツからはナチスが、70年代のカンボジアからはポル・ポトが生まれ、今もイラクあたりでイスラム・ファシズムが台頭してきている。地域社会の崩壊は恐ろしいと思います。
  
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差別みたいなものは状況が作り出すのではないか

2015-04-30 15:43:13 | 日記
  「産業社会を無意識に模したと思われる身障会」を書いた後に思った事です。

  その身障者たち、特に指名介護人制度で生活した身障者たちはより重い障碍者を結果的に差別しました。それは大きな問題ですが、それだけでしょうか。まだ問題はあるはずです。

   いくら身障者に介護が必要とは言え、世間に出て自分の介護人獲得の行動ばかりする。その場合、健全者=単なる介護労働力みたいになってきます。果たして、それで良いのか、改めて考えてもおかしいと今の僕は思います。介護の面ばかりにこだわっても、身障者から見て健全者は単なる介護ロボットみたいになってしまうはずです。つまり、「健全者差別」とでも言うべきものにもなってくる。一般に差別は強者が弱者をいじめる構図とされていますが、それだけでなく、弱者が強者を差別する場面もあると僕は思っています。

  世田谷の場合は地域社会が70年代は消失し、それを知らない身障者も多かったので、他人と心を通わしたり、人格を尊重し合う事もなく、結果的に身障者たちも弱者切り捨てとか、健全者に対して介護にこだわり、健全者差別にもなっていった。恐ろしかったですが、そうした身障者たちも地域社会やふれ合いを「知らない」からそうしてしまった。そのような状況が作り出したとも言えるわけで、非常に悲しく思います。

  介護はちゃんとした介護専門の労働者が適正な賃金の下、行なわなければなりません。指名介護人制度は学生など、暇があり、介護資格はない人たちがかなり担っていた。介護資格のない人たちに高額の介護報酬を行政は払うべきではありません。労働問題の面からも、その制度はいけないものだったと思います。

  20世紀の世界の歴史を見ると、やはり、国土が戦場になり、地域社会がごっそり消失した第一次世界大戦後のドイツからはナチスが、70年代のカンボジアからはポル・ポトが生まれ、今もイラクあたりでイスラム・ファシズムが台頭してきている。地域社会の崩壊は恐ろしいと思います。
  
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産業社会を無意識に模したと思われる身障団体

2015-04-29 10:15:52 | 日記



  「低投票化と地域崩壊」を書いた後、気が付いた事である。40年くらい前にあった世田谷の身障団体。当時の言葉て「障害者が町で自立して生きる」を掲げていた。そのための話し合いを徹底して行なったが、次第に以下のようなものになっていった。

  「障害者は介護なしでは生きられない」。本当にそうだが、その対策が今思えば、問題だった。

  「だから、障害者は健全者を介護者にしなければならない。各自が努力して、介護者を作らなければならない。そして、その介護者をこの会にも連れて来て、この運動の手伝いをさせなければならない。そうしない(障害者は)死ぬしかない」。

  特に僕は「死ぬしかない」が鮮明に記憶に残っている。僕自身も言語に重い障碍があり、それはできないわけだし、その他、その会には体が非常に弱い人も多かった。言語障碍の重い人、体が弱い人は端から会を抜けていき、言語障碍がなく、体力のある身障者だけが会に残り、自立生活や旅行をして、しまいには、彼らにしか使えない「指名介護人制度」を区政に働きかけて、作ってしまい、それが使えない多くの身障者は非常に困り、親が倒れた後、かなりがコロニー入所を余儀なくされたのである。

  当時の僕は経済関係に疎く、よく判らなかったが、今思うと、介護者獲得を金銭利潤に置き換えただけで、その身障会は利潤追求型の会社に似ていた。今の日本ではかなりが「企業の社会責任」を唱えているが、40年前の日本の会社は利潤追求一辺倒の所が多かった。

  つまり、構成員たちは身障会は作ったものの、地域社会なるものを知らず、当時の会社しか社会の事は知らなかったため、無意識的にその組織を真似、価値観を取り入れたようだ。本来ならば、障碍を持つ人たちこそは「利潤追求の産業社会にノー」を突き付けなければならないのに。勿体ない事でもあると思う。更に、もっと大事で恐ろしい事として、「それができない障害者は死ぬしかない」。大きく言えば、ナチスの障碍者殺しと同じ発想である。それを一部の身障者が持った。結果的に多くの身障者をコロニーに追いやった。魔の構造と言うしかない。こんなに恐ろしい事は今までかつてなかった。身障者も人間には違いないから、自らの心の中に「障碍者殺し」の発想も秘めていると思われるので、僕もそのような気持ちが起きないように常に自戒していきたい。

  同時期の様子を記した鎌倉市に住んでいた方のホームページを読むと、そこでは身障者や知的障碍者が遊びに行きながら、バリアフリーを検証し、世間に働きかけていった様子が描かれている。歩けず、体も非常に弱い方が江の島海岸に皆で行き、非常に感動した様子が生き生きと描かれていた。「より障害が重く、体も弱い」人に合わせるのが本当の福祉であり、障碍者団体、障碍者運動であろう。鎌倉のその会の人がうらやましいと、そのホームページを見て思った。
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産業社会を無意識に模したと思われる身障団体

2015-04-29 10:15:52 | 日記



  「低投票化と地域崩壊」を書いた後、気が付いた事である。40年くらい前にあった世田谷の身障団体。当時の言葉て「障害者が町で自立して生きる」を掲げていた。そのための話し合いを徹底して行なったが、次第に以下のようなものになっていった。

  「障害者は介護なしでは生きられない」。本当にそうだが、その対策が今思えば、問題だった。

  「だから、障害者は健全者を介護者にしなければならない。各自が努力して、介護者を作らなければならない。そして、その介護者をこの会にも連れて来て、この運動の手伝いをさせなければならない。そうしない(障害者は)死ぬしかない」。

  特に僕は「死ぬしかない」が鮮明に記憶に残っている。僕自身も言語に重い障碍があり、それはできないわけだし、その他、その会には体が非常に弱い人も多かった。言語障碍の重い人、体が弱い人は端から会を抜けていき、言語障碍がなく、体力のある身障者だけが会に残り、自立生活や旅行をして、しまいには、彼らにしか使えない「指名介護人制度」を区政に働きかけて、作ってしまい、それが使えない多くの身障者は非常に困り、親が倒れた後、かなりがコロニー入所を余儀なくされたのである。

  当時の僕は経済関係に疎く、よく判らなかったが、今思うと、介護者獲得を金銭利潤に置き換えただけで、その身障会は利潤追求型の会社に似ていた。今の日本ではかなりが「企業の社会責任」を唱えているが、40年前の日本の会社は利潤追求一辺倒の所が多かった。

  つまり、構成員たちは身障会は作ったものの、地域社会なるものを知らず、当時の会社しか社会の事は知らなかったため、無意識的にその組織を真似、価値観を取り入れたようだ。本来ならば、障碍を持つ人たちこそは「利潤追求の産業社会にノー」を突き付けなければならないのに。勿体ない事でもあると思う。更に、もっと大事で恐ろしい事として、「それができない障害者は死ぬしかない」。大きく言えば、ナチスの障碍者殺しと同じ発想である。それを一部の身障者が持った。結果的に多くの身障者をコロニーに追いやった。魔の構造と言うしかない。こんなに恐ろしい事は今までかつてなかった。身障者も人間には違いないから、自らの心の中に「障碍者殺し」の発想も秘めていると思われるので、僕もそのような気持ちが起きないように常に自戒していきたい。

  同時期の様子を記した鎌倉市に住んでいた方のホームページを読むと、そこでは身障者や知的障碍者が遊びに行きながら、バリアフリーを検証し、世間に働きかけていった様子が描かれている。歩けず、体も非常に弱い方が江の島海岸に皆で行き、非常に感動した様子が生き生きと描かれていた。「より障害が重く、体も弱い」人に合わせるのが本当の福祉であり、障碍者団体、障碍者運動であろう。鎌倉のその会の人がうらやましいと、そのホームページを見て思った。
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日本の低投票化と地域崩壊

2015-04-28 13:21:14 | 日記



  今回の選挙では更に低投票率だったし、国民の政治無関心化も目立ったようだ。明治時代前半は「自由民権運動」も起きたのに。その運動家たちは天国で今の日本の選挙をどのように見ているだろうか。そのような人たちに我々は恥ずかしい想いをしているわけである。

  ところで、選挙は(衆議院・参議院の比例区を除き)住んでいる地域単位で区分けされ、地域に密着した候補者が当落を競う。僕は思ったのだが、大都市圏は勿論、地方都市でも今の日本は地域の絆が消えてしまい、地域社会の観念すら多くの人は持てないようになっている。特に、会社勤めをされている方は、日常生活は大体会社で過ごし、自宅は夜に寝る所でしかない例も男女共非常に多い。そのような人たちの身になって考えると、地域出身の政治家たちの名前も知らないし、地域の政治の事にも関心をどうしても持てなくなはずである。社会的な関心は会社関係に限られてくる。会社の地域の選挙権なんてないから、誰に投票して良いかも判らず、棄権してしまう。そのような例が多い気がする。僕も、例えば、福岡市の政治家の事は知らないが、そのようなものかもしれない。これも特に戦後の産業社会偏重の結果かもしれない。もちろん、低投票の理由は他にもあると思うが。

  また、地域の政治家への無関心が強まっている以上、このままでは、全ての政党の基盤も崩れて、政党崩壊という現象にもなるし、すでに民主党衰退という形で現れていると思う。それが自民党などにも及ぶのも時間の問題だと思われる。

  とにかく、低投票や政治無関心の関係のお説教を流しても始まらない。根は深いと。それでも、介護関係や要介護高齢者・障碍者は地域に密着した生活をしているから、そのような人たちは政治意識も高いし、将来の地域再生の芽になるのかもしれない。(「障碍者」には知的障碍者や精神障碍者も含まれます。ダウン症を持つ人たちが政治や選挙に強い関心を持つ事は時々僕も目にします)
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