トシコロのありのままの暮らし


  世田谷カフェとの交信の必要性で、登録しました。それ以外の皆さんもよろしくお願いします。

小中学生のみなさんへ.2016年4月

2016-04-30 09:53:48 | 日記
 小中学生のみなさんへ.

 長い冬も終わり、そちらでも花が咲く春になりましたね。リンゴやナシなど、果物の花もたくさん咲いている事でしょう。白く、きれいな花ですね。ぼくもよく知っていますよ。
 花と言えば、ぼくはその大事な思い出があります。テレビで「ハンセン氏病りょうようじょ」という所が時々出てきます。病院みたいな所ですが、全国各地にありますが、東京にも東村山市という所にそれがあります。多磨全生園(たまぜんしょうえん)という名前です。昔そこにぼくも行き、伊藤(いとう)まつさんというおばあさんと知り合い、気も合ったので、楽しく付き合いました。おばあさんは病気で両手の先がなかったですが、絵を描く事が大好きで、又、お花も大好きで、うでにバンドで固定して、絵ふでで一生けんめいに絵を描いていました。ぼくにもその絵をくれました。大切にかざってあります。やさしくもあり、若かったぼくも本当のまごみたいに思ってくれました。今は天国にいますが、大変なつかしいです。そのおばあさんはハンセン氏病の後遺症(こういしょう)のために体も大変弱く、カゼも引きやすかったですが、それでもすばらしい絵を描き、若い人たちにも心を込めてやさしくしました。「真心をこめて、人につくすこと」をぼくにも教えてくれたわけです。ぼくもそうしたいと思っていますが、なかなかできませんね。やはり、伊藤まつさんはぼくの先生です。
 ぼくも伊藤まつさんと知り合って、良かったと思います。伊藤まつさんと、多磨全生園の広いにわでお花見をした楽しい思い出もあります。
 今日はお花のすばらしい思い出をお話ししました。みなさんもお花の思い出ができれば、良いですね。

 (後遺症・こういしょう=病気が治ったのあとの体にできるじょうたい。伊藤まつさんはゆびがなかった。あの乙武氏のように、「五体不まんぞく」だった)  
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地震と我々

2016-04-29 10:50:06 | 日記
 地震と我々

 皆さん、地震はこわいですね。ぼくも地震は大きらいです。台風とはちがい、急に来て、下からゆれるからこわいわけですね。日本でも「地震、かみなり、火事・おやじ」と言われてきたなど、一ばんこわいものとされてきました。
 地震の原因はずっとわからず、世界中で「神さまのいかりが現れた」とか、日本では「地下に住む大きなナマズが動くから」とされました。やがて、地球に関する科学が発達(はったつ)して、地下の岩が動き出すから、それで地震が起きることがわかってきましたが、くわしいことはまだわかっていないし、天気予報のような予想もまだできません。ぼくもくわいことは知りません。それでも、最近の九州のようにいつやってくるかもわかりませんね。5年前の3月の大地震の時はこわかったですね。東京でも大きくよこにゆれて、ぼくもこわかった。みなさんももっとこわかった。
 今は地震を止める科学はありません。起きたら、どうしようもないわけです。それゆえ、まず、ふだんからよけいな火は付けないようにすることです。
 強い地震の後は家がこわれる、水が出なくなるから給水をじゅんばんを守ってするなど、「助け合い」がひつようになりますね。皆で気持ちを聞きあって、話し合って。耳が聞こえない人たちには話すことを紙に書いて。話せない人にはしてほしい事を紙に書いてもらって。目が見えない人たちには手を引いて、安全な所に連れていって上げて。地震の後はだれもが助け合い、生かし合わないと生きていけません。5年前もそうでしたね。本当はふだんからそうなのですが、特に地震の後はその大切さを知らしてくれます。
 ところで、地震の前には犬がしきりにほえたり、猫が落ち着かなくなる事が多いようです。ナマズなどの魚があばれる事もある。人間や機械(きかい)が感じない小さなゆれを感じるとか、何かあるのでしょうね。特に、ナマズは感じやすいとか。だとすると、昔から言われてきた「地下のナマズが動く」もこのような事から出た話だったのかもしれませんね。昔からの言い伝えはバカにしたらいけないと思います。科学的に考えないと。
 地震の科学はまだ始まったばかりです。皆さんの中にも東日本大震災(しんさい)がこわかった思い出から、地震の予報をする地震の科学者になりたいと思っている人もいるでしょう。科学は「まだわからないことをわかるようにしていくこと」であり、だからおもしろいわけです。地震のことをもっと勉強して下さい。
 ぼくの話を聞いてくれて、ありがとうございました。
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 世間向けに説明を加えますと、終わり近くに「おもしろい」と書きました。「地震の何が面白いか」と変に思われる人もいるかもしれませんが、地震自体ではなく、その地質学的な解明が面白いという意味です。科学研究はやる人は科学の面白さが判らなければ、できないものです。例えば、原子記号の丸暗記からは科学の面白みは出てきません。暗記みたいに日本の理科教育がなっているのならば、本当に問題だし、科学嫌いな子供がそこから出てもおかしくないわけです。
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S園の補足と、今後のブログなどの予定

2016-04-29 09:35:23 | 日記



  S園では病棟レベルでは女性職員、つまり、女性たちの力が強く、偏っていた。園児・園生の自立が阻害された要因の一つにもなっていたと。それは一昔前の日本で問題になった、教育ママの問題にも通じるかもしれませんが、教育関係には詳しくない僕が語れる問題ではないので、指摘に留めます。

  S園の件は掘り起こせばまだ問題が出てくるかもしれませんが、それには時間がかかりましょう。

   今日と明日は新たに書いた子供向け文を公開。その後はブログとフェイスブック活動は少し休む予定です。時々休む必要もあるから。もちろん、精神的にですが。

   日本の皆様は楽しい連休をお過ごし下さい。
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S園を訪問した時や高島平子供会に参加した時の気持ちと、あるアンケート

2016-04-28 09:53:49 | 日記



   基本的には「行く事に意義がある」。また、当時の日本の首都圏では「身障者としての行動」が福祉関係では流行語みたいになっていたので、「身障者として」が前置きに入ったわけですが、それは付け足しに過ぎませんね。「オリンピックは参加する事に意義がある」という言葉とほとんど同じでしょう。

   今振り返ってもそれで良かったと思います。結果的には両方共、後年の社会活動につながりましたが、それはあくまでも「結果」。当時の僕も未来が見えたわけではないし、そこまで目的を持つ事はできなかったわけです。当然でした。

   でも、また当時の事ですが、S園などに同行していた福祉会の役員みたいな人たちがアンケートを配りました。そこには、例えば、「S園訪問を通して、何をしているか。その意義は何か?」と書いてあり、僕も返答に困ったものです。大まかに「自分の為」とか書いた所、「これでは答えにならない」とクレームが付きました。同様に答えられず、非常に困った人たちもかなりいました。今の僕ならば、「質問が悪い」と答えるか、白紙回答する所ですが。

  また、不思議な事にすらすら回答を書けたのは女性たち。男性たちは一様に書きにくかった。何だろうと、当時も変に思ったわけです。脳の構造。つまり、女性は左右の脳をつなぐパイプみたいなものが太いと聞いていますから、それで脳の左右の情報のやり取りも活発に行われて、訪問の意義みたいな事も考えられるのかもしれません。事実、彼女たちはそれも計算できて、考えられたのでしょう。でも、男たちは「行動任せ・成り行き任せ」だったわけです。

  因みに、僕も何かの社会活動に「その活動を通して何をするか」考えた事があります。でも、それは自分でもやりたくない活動で、それを止めたり、他人から求められて断る時の方便作りに利用していたわけです。また、例えば、今している子供向け文について「それを通して何をするか」を自分に問い詰めると、答えは出ず、自ら止めていくようになると思います。

  とにかく、「行く事に意義」があったと結んでおきます。
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「乙武氏関係のコメント」を下さった方への質問から

2016-04-26 10:06:57 | 日記


  女の人は自己投影などを何故するのか?などと聞いてみました。

  「(答える事は難しいが)強いて言うならば、(女性特有の)自己防衛的な気持ちがそうさせる。自己投影や自己陶酔しても別に楽しくはない。(自然にそうしちゃう?)。そうした後、良い事をしたという、自己満足に浸る事はあるが」。

  以上しか書きません。男の僕が書き写すこと自体も極めて難しい事ですから。でも、「自己防衛」の気持ちは僕も色々聞いて知っていますし、多くの男性の心理学者や社会学者たちが分析していますね。思ったのですが、いくら頭が良い学者さんでも、女性の気持ちを男性が分析できるのかと。少なくとも、僕はできないし、したら女性たちの尊厳を傷つける気がします。

  でも、そこからS園関係の謎がまた解けた感があります。さっそく書きます。
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