トシコロのありのままの暮らし


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旧優生保護法

2018-01-31 11:07:10 | 日記
  それへの一女性の日本国への提訴が始まった。それは1948年に施行され、1996年に廃止されたものである。検索してみると、「遺伝性疾患、ハンセン氏病、知的障害、精神病を持つ女性の出産を禁止する」法律だった。その法律で、強制的に不妊手術をさせられた女性も多かったわけである。明らかに「基本的人権」や「法の下の平等」に反しており、憲法違反の法律である。その法律の通りならば、以上の各種障碍や病気を持つ人たちには基本的人権などは及ばないという事にもなりかねないから。更には、そのような障碍や病気を持つ子は生れてきてはならないという、根本的な差別思想も見えるわけである。あってはならない法律であった。(ポリオ後遺症、脳性まひ、交通事故関係などは含まれていなかったようである。これも障碍者分断になりかねず、その面でも問題だったと僕は思うが)。


   ところで、戦後の早い時期から女性国会議員が生まれた。1977年には、車いすに乗った身障の男性国会議員も誕生している。この法律は多くの障碍者運動家たちから「差別法だ」という声も出ていたし、そのような手紙も多数寄せられていたのに、長い間、撤廃どころか、違法審議も国会でなされなかった。それもおかしかったと思う。議員さんたちは知らなかったはずはないのに。女性として、身障者として、以上の議員さんたちは何を思っていたのか。本来ならば、女性議員や車いす議員が率先して、早くに撤廃されなければならなかったのに。おかしいものにノーの声を上げない事は、黙認する事だし。

   以降はそのような法律が作られない事を願う。また、国会議員さんたちも法律を勉強して欲しいと思う。
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雪のお話・子供向け文

2018-01-26 15:46:43 | 日記
 雪のお話・2018年1月書
                       

 この作文は会津と佐久に送りますが、どちらも今は雪がたくさん降っていることでしょう。それゆえ、今日は雪のお話をしたいと思います。
 雪は雲の中の水蒸気が凍ってできるものですね。小さなほこりに水分が集まって、少しずつ大きくなり、六角形の形になって。雨が凍ったものではありません。みなさんも知っていると思います。
 東京に降る雪はすぐとけてしまいますが、さむい所に降る雪はとけにくいから、それを顕微鏡(けんびきょう)で見ると、さまざまな美しい形に見えるわけです。ぼくも子供の時から本やテレビでよく見ています。
 東京にも時々雪は降りますが、ぼくも小学の時に学校で友だちと雪投げ遊びをした思い出もあります。手ぶくろをはめてしました。投げて、友だちに当たったこともありました。ぼくも雪がつもった地面をひざ立ち歩きしました。土ではないので、ひざ立ちで歩いても、ズボンは汚れないわけです。又、先生も喜んじゃって、かまくらを作り、後で「秋田の子供はかまくらの中で遊ぶ」ことを教えてくれました。なつかしいです。
 雪が降ると自動車が動きにくいので、暮らしにじゃまになる面もありますが、冬に山に多くの雪がつもり、春から夏にかけて少しずつとけて、川の水となり、稲や野菜、果物を育てたり、ダムにたまり、水道の水になったり、発電にも使われます。つまり、雪も本当は生活に役に立っているわけですね。自然のことを知り、自然の恵みには感謝したいものです。
 今日の雪のお話はこれで終わりです。さいごに、雪あそびをする時はたくさん着物をきて、途中で休んで部屋の中でストーブに当たって体を暖めながらしてください。体が冷えると、病気になりますから。
 
 以上です。
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マルクスの対宗教の謎二つ

2018-01-25 12:58:30 | 日記
  一つは先も取り上げた「宗教は心のアヘンなり」という有名な言葉である。ところが「資本論」には至る所で当時のヨーロッパ大陸のカトリック教会を好意的に書いたり、「大司祭」と尊敬を込めた言葉もあるし、「天国に行った」という表現も繰り返し出てくる。本当に宗教自体を否定した人ならば、そのような書き方はあり得ないわけで、近年の僕は資本論を読み始めて、謎に感じている。おかしい。30年くらい前に名古屋に住む、社会運動をされているクリスチャンの一人から「マルクスがアヘンと呼んだのは当時の英国国教会。資本家たちは聖書や国教会の教義を労働者をこき使う事に利用した」と聞いた覚えがある。だが、残念な事に当時の僕はその人に説の根拠を聞くのを忘れた。従って、僕はそうだとも断定できないわけである。後年、プロテスタンティズムがカルヴァン派の影響を強く受けている事を僕は知ると、歴史の流れから、「アヘン」はカルヴァン派を指していた可能性も考えられた。でも、マルクスがカルヴァン派の事を知っていたか?という問題も出てくるので、何とも言えない。当時のイギリスは、宗教寛容令でプロテスタント系の教派がたくさん入り乱れていたから、かなりの資本家が労働者搾取の為に多くの教派と聖書を利用していた事を指しているのかもしれない。例えば、聖書には「従順」という徳目が繰り返し出てくるが、本来は神への従順という意味なのに、資本家への従順という言葉にすり替えてしまうとか、そのような事が多くあったことは十分推察できる。


   もう一つは、「未来の共産社会においては宗教は消滅する」。これも謎だろう。放送大学の社会学の辻村明教授は「人は死ぬものだから、宗教は消滅しない」と語っていた。僕が推察するに、当時のヨーロッパでは「医学が発達すれば、病気も老化も消滅し、人は不死になる」と知識人の間で考えられていたから、マルクスはそれを下敷きにそのように述べた事は十分考えれる。確かに、不死が実現すれば、葬式も、天国・地獄を考える事もなくなるだろうから。

  対宗教に関しても、マルクスの表現は要領を得ず、説明も非常に不足しているから、後継者たちは反宗教の考え方になり、宗教勢力は共産圏では弾圧され、神父・牧師、お坊さんと虐殺された例が多い。マルクスは仏教の事は全く知らず、後世にお坊さんまで殺される事には気が付かなかったわけである。

   優れた経済学者には違いなかったが、マルクスは文章表現は苦手だったようである。宗教の事に限らず、説明を非常に欠く事が目立つ。高校生の宿題の論文よりも判りにくい。高校の試験でも失格になるような書き方ばかりしている。歴史に仮定はおかしいが、マルクスに専属の秘書ライターがいたら、歴史は変わったものになっただろうに。残念に思う。そう言えば、労働者革命後の社会の事の記述もほとんどされておらず、それ故、ソヴェト・ロシアなどでは、次第に役人の支配する社会になっていったわけである。以上から文章表現の大切さも判るし、それが苦手な人は大事な文を書く時は、得意な人に頼んだ方が良いわけでもある。
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資本主義の2回の終末

2018-01-23 13:07:47 | 日記
  19世紀ヨーロッパ。マルクスが特に伝えたように、当時の経済は周期的な恐慌に見舞われていた。恐慌とは、各工場で製品をたくさん作り過ぎて、売れなくなる事である。その結果、労働者が大量に解雇され、当時のヨーロッパの社会問題になっていた。それを見て、マルクスは資本主義の終末を予見し、解雇された大量の労働者が資本家に代わって支配する社会を脳裏に浮かべたようである。


  そして、1929年には恐慌の最大のものが世界的な規模で本当に起き、資本主義は行き詰まった。一種の終末と言える。但し、解雇された労働者は革命を起こせなかった。それだけの力量や見識もなかったし、労働者同士の連帯も弱かった。確かに、そのような連帯は否定できないが、社会を変えるだけの強さはなかったようである。ソ連や、当時は植民地支配を受けていたアフリカやインドなどを別にすれば、世界はその後は大きく二分された。

  ケインズの修正資本主義を受け入れたアメリカやイギリスなどと、ファシズムの道を歩んだドイツや日本、イタリアである。後者は戦争の道を歩んだが、敗戦し、結果的には修正資本主義を受け入れた。修正資本主義は戦後はソ連と張り合ったが、ソ連は官僚支配の弊害などで次第に自滅していった。

  修正資本主義は経済を発展させたが、国債で行き詰まり、湾岸戦争などの出費で更に拍車が掛かった。今はかなりの国が0金利状態。マイナス金利の国も出ている。国債返還は非常に難しく、0金利はずっと続くわけである。ならば、今は資本主義の第二の終末期かもしれない。但し、1929年は世界的にハードな形で終末になったので、失業者を大量に出し、政治不信も招き、その結果、ナチスなどを出したが、今回は0金利の継続というゆるやかな形になっているようである。1929年の歴史の教訓を各国共、学んで、政策に反映もしているわけである。歴史は似た状況を作り出すが、人類には英知があるから、同じ事は繰り返さないわけである。又、ナチスや軍国主義などの歴史は繰り返してはならないわけだし。

  修正資本主義に代わる社会の姿はこれから現れるし、又、注意深く今の社会を見れば、すでに現れ始めているのかもしれない。ケインズ出現で人類の社会は進歩したが、次の社会はより進歩して、人権やエコも非常に尊重される世の中になる事を願いたい。
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日本の資本主義と、戦後の日本人の金利感覚

2018-01-22 14:42:51 | 日記

  19世紀半ばに開国した当時の日本は欧米諸国に比べて、産業の発展が遅れていたので、明治時代は政府が企業を育成せざるを得なかった。スタートから日本は独特の資本主義であった。明治期の紡績産業発展には、農家から出稼ぎに来ていた若い女性たちの物凄い苦労と企業搾取があった事は忘れてはならない。彼女たちは端から過労から結核などにかかり、倒れていった。又、戦前は封建制度の名残である、地主制度があり、地主と小作人の身分関係は上下がはっきりしていて、平等ではなかった。学校での子供間の関係にも影響し、小作人の子供は地主の子供に頭が上がらなかった。今でも古典落語には伝えられている。それと、度重なる戦争で軍需産業が肥大化し、その企業は次第に政治に深く関係していった。


  1945年の戦争後も、政府が企業を後押しする構図は変わらなかった。企業組織に社員が忠誠を誓い、資本家たちも企業組織の維持・発展にこだわるなど、独特の資本主義になり、日本経済が発展していくに連れ、アメリカと経済摩擦を起こすようになった。日本経済は1980年代に絶頂を迎えたが、その後はバブルから、その崩壊が起き、世界的にグローバル化も進み、世界競争に次第に負けていき、家族的だった企業も変わり、リストラをするようになり、貧しい労働者も増えていった。「企業組織にこだわる」事が裏目に出て、不祥事や赤字を隠ぺいする事も出て、隠ぺいがばれて、雪印や三菱、東芝などが事実上の倒産になった。

  さて、高度経済成長の時は金利が日本では非常に高く、例えば、銀行に100万円預けると、1年後には107万円くらいになった。長く続いたから、国民の大部分はそれが当たり前だと思うようになった。でも、1990年のバブル経済崩壊後は金利は非常に安くなり、銀行にいくらお金を預けても利子はほとんど付かなくなった。それゆえ、巷では、政府の金融政策が悪いとか、アメリカの陰謀説まで飛び出したようだ。しかし、利子が安くなったのは国債の関係である。又、歴史的に見ても、高度経済成長の時のような高金利時代はほんのわずかの間でしかないだろう。大体、高度経済成長の時代自体がそうではないのか。日本の江戸時代、ヨーロッパの中世と、経済が低成長だった時の方が多いわけである。歴史的にはほんのわずかである高度経済成長の時代で、日本人の金利感覚はそれまでとは違ったものになったかもしれない。金利感覚だけでもない。高度経済成長の果てである80年代後半には、グルメが非常に流行り、テレビでは、うどんや寿司の上に金箔を付けて食べるものまで放送された。日本史上、かつてないぜいたくをする人たちが増えたわけである。その時の方がむしろおかしかったと僕は思うが。金箔を付けても、味は変わらないのに。当時の僕も変に思った。「日本もやがては貧しくなる」と予感もしたものだ。本当にそうなった。もし、バブル期を頭に描いて、今は政治が悪いから、80年代みたいにはならないと思っている人がいたら、それはおかしいし、少なくとも、それで政治批判はできないわけである。

  それと、例えば、金箔寿司を食べる事が人間にとって幸福だろうか。そのような問題も問われているわけである。バブル時代は、現代の錬金術の産んだ幻みたいなものだろうが。その時代、公害汚染は広まり、又、原子力発電所もたくさんできていったのである。その結果の一つが、大震災の時の福島原発大事故である。それも忘れてはならない。
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