トシコロのありのままの暮らし


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  世界中が一番頭が硬かった時代

2021-07-31 11:05:48 | 日記
    柔道の日本選手にウルフ・アロンという人がいて、金メダルを取った。柔道をよく知らない僕は最初に見た時はその名から、アメリカ人かと思ったほどだ。例えば、1980年代の日本では、外国人が日本国籍を取る時も日本人風に改名しないと役所は受け付けなかったし、世間も冷たかったのに。それだけ多くの日本人の頭が柔らかくなったことがわかりますね。その他にも、昔は家族一辺倒だった介護がかなり社会化されたり、恋愛や結婚の形態もより自由なものになったり、同性愛や性同一障碍の人たちの人権が考慮され始めるなど、人々が柔軟に物事を考えられるようになってきたようです。まだまだ不十分とは言え、明るいことだと思います。

   歴史を更にさかのぼってみました。日本もそうだし、世界中の人たちが一番頭が硬かったのは、第二次世界大戦中でしたね。日本では敵の中国人、アメリカ人、イギリス人は鬼畜扱い。世間は戦争遂行一辺倒。そうではない一部の人たちは「裏切り・非国民」と呼ばれて差別された。ドイツはユダヤ人敵視と「ハイル・ヒットラー」。アメリカでは、日系人収容。

  戦争が人々の頭を硬くしたとも言えるし、人々の頭が硬いから大きな戦争になったとも言えます。視野も狭くなっていた。ただし、戦争でも、1904年の日露戦争の時は捕虜を優遇したりもしたし、中世・鎌倉時代の元寇の時は戦死したモンゴル兵も弔うなど、かなり柔軟な発想ができていたわけです。日本に限って言っても、第二次世界大戦中ほど、人々の頭が硬くなっていた時は他にはしりません。「隔離の文学(荒井裕樹著・書葎アルス)」によると、多くのハンセン氏病元患者や身障者も「敵国撲滅」の文学作品を書いています。その時代状況に感化されて、彼らも頭が硬くなっていたわけですね。

  人々の頭が硬い時代ほど、障碍者などのマイノリティが生きにくいわけですが。第二次世界大戦の歴史は何かを語り掛けているようですね。

簡単には友人になれないからこそ

2021-07-29 18:00:52 | 日記
  死を自覚し合い、弱さの連帯をしていけば、搾取もない共生社会も作れるわけである。また、死を自覚すれば、真剣に学んだり、芸術を作ったり、自然を見つめる事もでき、例え老年期になっても、小学生のように友人も作れるわけである。「寂しいから」みたいな理由で、ただ友人を求めてもムダだろう。

  因みに、芸術や文学は「肉体の死を越えても精神は存続させたい」という想いが根にあると思うし、また哲学や信仰、科学的探究も、死という未知のものを前にして、本当のものが出てくる。例えば、「化学式の丸暗記」みたいなものは科学探求でもないわけである。それは辞書で調べれば良い。人間は意味のない記号を覚えるような脳は持っていないわけだし。死という大きな事に人類が目を背けていると、科学含む文化は発展がやがて止まるのかもしれない。人類の大発展のためにも、多くの人たちが死を自覚してほしいものである。

「施設では友人ができない」報告結果から想う

2021-07-29 10:37:55 | 日記
  月曜夜10時25分からETVで「100分de名著」という番組がある。月ごとに読む本を変えて、じっくり有識者が解説する番組である。7月はフランスの社会学者だったボーヴォワールの「老いと性」を上野千鶴子女史が取り上げ、深く解説していた。何分、ボーヴォワールはアメリカとヨーロッパの在宅や施設の高齢者を非常に早い時代から幅広く実態調査していたわけである。

  僕が一番考えさせられたのは、最終回にボーヴォワールが少しだけ著書に記した「施設では友人ができない」という所である。上野千鶴子さんは「学校の子供たちとは違い、高齢者たちは様々な人生経験を経てきたから、それで出会っても友人になりにくいのかもしれない」と言っていたように覚えています。上野さん自身も考え込んでいたようでした。

  そのような証言を僕も色々と聞いています。例えば、島田療育園でも身障園生間は仲が悪い事を二人の園生から聞いていますし、ハンセン氏病療養所の多摩全生園でもそうです。各療養所もそうだと聞いている。また、板橋区にあった某身障施設の人も「(園生間は)ケンカばかり」という手紙を僕にくれた事もありました。

  「学校は友人になれるのに、施設はなれない」ですが、それも当然かもしれません。と言うのは、学校では「勉強」があり、それが共通の話題になるし、知らないことを知ることは面白く、皆で知ることはもっと面白いから、自然と友人になっていくものです。僕の小学時代を思い出してもそうでした。でも、施設は学校ではないですからね。「勉強」に相当するものがないですよね。ならば、友人になることは、相部屋だろうが、個室だろうが、できないのではないでしょうか。また、学校から「授業」を消して、自由雑談ばかりにした場合でも、子供間は友人にはなれないと思います。実際、ろくに勉強もさせてもらえなかった昔の地方の養護学校にいた人がそのような事を証言していました。

   以上は施設に限った事ではないですね。昔の福祉会や身障会も、「勉強」に相当するものがないから共通の話題も集まってもでず、友人にはなれず、端から潰れていました。親睦会もそうだし、教会関係もそうだとよく聞きます。「仕事」でかつては学校のように社員間が交友できていた日本の会社も、仕事がより複雑化して共通の話題にならなくなったせいもあり、1990年ごろからそうなったとよく聞きますね。つまり、施設や高齢者だけの問題ではないと僕は思います。

  島田療育園の小説も園生同士の会話を盛り込むことは不可能に近いです。そのような園生間のやり取りはなかったから。

  一方では、ムリして友人になろうとするとケンカにもなりますね。ケンカの理由はそれだけでもないから。在宅身障者間や主婦間でもケンカは多い。主婦で仲良しだった二人が、内一人が相手の子供を何故か殺した事件もありました。それはともかく、施設内で入居者同士がケンカしたら、施設側も非常に困ることが誰にも想像できるわけです。

  更には、夫婦のケンカや離婚、親子や兄弟間のケンカ、もっと大きく政治家同士や役人同士。国と国のケンカ=戦争というように、以上は大きな問題にもつながっている事でしょう。

世界の各国民のコロナ政策叩きの裏を読む

2021-07-27 14:11:13 | 日記
  最近の各報道によると、日本の菅政権の支持率は発足以来最低になった。理由はたくさんあるようだが、一つには「コロナ・ワクチン予防接種のペースがお役所仕事特有の遅さ」があると言うし、それは世界各国にも今ある政府批判である。確かに、その通りだし、僕もそれは予想していた。でも、今回の世界各国にあるコロナ対策の政権叩きは、例えば、汚職などの今までにあったものとは違うように思われる。ワクチンへの過度な期待が2つあるかもしれない。述べたい。

  一つは、ワクチン自体にどれだけの人たちが科学的な見方ができているのだろうか。接種してそのウィルスや病原菌に感染して病気になっても「症状が軽く済む」がワクチン効果である。感染する時は感染するし、かかる時はかかるわけである。その辺を理解せず、摂取すれば感染しないとか、かからないと思ったら間違いである。

  もう一つは、コロナ=死と短絡的に思い、コロナを非常に恐れている人たちも世界には多いかもしれない。だから、一刻も早く接種したいと。

   以上2つが重なれば、非常に大きな「過度な期待」になることが十分考えられる。

   今後だが、接種済みの人たちがコロナ感染・発症するニュースも世界中に報道されるようになると思う。タバコ疾患とも重なり、他界する例とかも。その時になれば、今は政府叩きになっている怒りがワクチンを作った医薬会社に向けられるかもしれない。不況も絡み、「ワクチンはインチキではないか。それで大儲けして。とんでもないことだ!」と。世界規模でそうなれば、大変な事になる。

   でも、人はコロナ以外でも病気になる時はなるし、死ぬ時は死ぬわけである。高齢化時代なのに、死を自覚できなければ愚かな事だと思うし、また、死を逃れるためにお金を他人から搾取や詐欺してまで求めるような事も愚かである。各国の政治も、高齢化社会に合うように共生福祉と、脱石油のためにクリーンエネルギー開発に重点を置く政策をしないといけないし、国民も選ばないといけない。

子供向け随筆

2021-07-26 13:26:27 | 日記
  佐久のみなさんへ.            ⛰
                       2021年7月

  夏休みですね。今年もコロナでどこにも行けない人が多いかもしれませんが、夏を楽しむことはどこでもできますね。もう一つの作文の通り、セミの声をきいたり、科学的に調べて自由研究するのもいいですし、音楽の好きな人はセミの鳴き声を音符に書いて、そのような音楽を作ってみるのも楽しいでしょう。ほかにも、花火とか星空かんさつとか。星や月はいつでも見られますが、夏は夜でもさむくないですから、ねむくなるまで見られますね。ぼくも小学や中学、高校の時、林間学校や合宿に行き、キャンプファイヤーなどで外に出た時、夜空を見上げ、星々や月を見た思い出があります。星のまばたきもはっきり見えた。見えるまでに何百年、何万年もかかることを知っていたので、宇宙の大きさをあらためて感じて、感動していたわけです。
 また、今は佐久でも太陽光パネルがありますが、これからのエネルギーに関心を持つ人はその研究をして、もっとたくさんの電力を作ることを考えるのも良いですね。そのほか、地熱発電も。日本は火山が多く、地熱発電も多くできそうですから、科学者になり、それをたくさん作るのもいいでしょう。
  図書館に行き、好きな小説や詩を読むのも良いですね。
  また、オリンピック、パラリンピックなので、テレビで試合を見るのもいいでしょう。
  夏は怪談(かいだん)もむかしからさかんですね。こわいものを聞くと涼しくなると言われていますが、そのせいでしょうか。お岩さんの話はテレビでもよくやりますね。お化けの話はおもしろく、ぼくも好きですが、ほとんどは何かの動物や草木の見まちがいだそうです。死んだら、こわい者にはだれでもなりたくないですね。でも、われわれもいつかは死にます。天国があってもそのようすはだれも知らないので、ただいま話した音楽作りや科学研究、本を読むことが、たとえば、来年はできるか、どうかわかりません。コロナには気をつけても、交通事故や大地しんがあり、いつ死ぬかもわれわれは判らないし。だから、なおさら、好きなことを一生けんめいにやりたいものです。ぼくも作文を書くことと、科学の勉強が大好きだから、そうしているわけです。また書きます。