トシコロのありのままの暮らし


  世田谷カフェとの交信の必要性で、登録しました。それ以外の皆さんもよろしくお願いします。

S園初代園長のある発言から

2017-12-30 11:26:12 | 日記
 「女子園生には子宮は必要ないから、切除すれば良い」。


  僕がS園から去った後の発言らしいです。1980年前後でしょうか。まず、某身障団体の機関誌で取り上げられ、その団体の人たちは「ナチスみたいだ」と怒ったとか。その記事を80年代前半に僕が購読していた身障ミニコミ誌が転載して、僕も知ったわけです。

  僕は論評はあえて書きません。お読み下さる皆様の想いに任せます。因みに、その発言者は医学博士で、クリスチャンでもありました。ならば、その人の信ずる「神」は何でしょうね。又、「神」御自身はどのように思われていたのでしょうか。

  今の日本では、知的障碍者を「バカ」と呼んだ事件もニュースで流れました。でも、今になり悪くなったわけでもないと思います。昔から色々ありましたが、情報が流れず、ニュースにもならず、陰に隠されていただけです。むしろ、世間に伝わり、福祉に目を向けて下さる人も増えているだけ、昔よりも日本社会も進歩していると思います。

  この一年間も僕の文を読んで下さり、ありがとうございました。2018年は世界的に平和な年になる事を願います。

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琉球の自然と歴史

2017-12-19 11:37:14 | 日記
 琉球(りゅうきゅう)の自然と歴史(2017年12月書)

 今は12月。さむいですね。皆さんはさむい時は雪あそびはできますが、カゼをひきやすくなるから、好きではない人もいるでしょう。ぼくも好きではありません。でも、日本でも、沖縄(おきなわ)県は冬でも暖かいから、その話をして心も暖まりましょう。
 皆さんも学校で習っていますから、沖縄県のことはよく知っていますね。暖かくて、パイナップルやサトウキビ、マンゴーも取れる。ぼくもマンゴーは大好きです。写真の通り、南国の花や動物もたくさんいますね。もっと多くの花や動物がいるわけです。
 地図を見ればわかる通り、琉球は本当に多くの島で作られていますね。人々も大昔から住んでいました。海がまわりにありますから、魚はたくさんとれます。でも、6月から10月までは台風が多く、11月から3月までは北風が強く吹くため、魚を取ることが難しい日も多いです。さらには、夏は雨がふらない年もありますから、水が少なくなることもあります。海の水は塩が多く、飲むことや料理には使えません。雨がふらなければ、お米もできません。そのような中、人々は助け合って生きてきたわけです。この作文は会津と佐久に送りますが、寒い東北や信州の人たちが昔から助け合って生きてきたように。温度や食べ物はちがっても、人々の暮らしは変わらないことが判ります。
 とは言え、言葉はちがいます。中国から伝わった漢字と、日本から伝わった平がなを組み合わせて、どくとくの琉球語を話してきました。例えば、涙は「なだ」、愛は「かな」と読みます。また、島によっても言葉もちがいます。インターネットで調べれば、たくさん出ていますから、調べてみるのも面白いですね。夏川りみさんが「涙(なだ)そうそう」という歌をうたったことも皆さんもよく知っていると思います。良い歌です
 また、昔の琉球には王様もいて、写真の通り、のお城(しろ)もあった。一つの国でした。着る物も、食べ物も日本とも、中国や朝鮮ともちがうどくとくのものです。ぼくもゴーヤチャンプルや、ビーナッツ豆腐を食べた事があります。どちらもえいようがあり、おいしいです。いろんなことがあり、明治になり、日本の一部になったわけですね。でも、琉球の人たちの「助け合い」の気持ちと伝統(でんとう)は今も生きているわけです。琉球の人たちにとっては悲しい思い出ですが、1945年にそこで日本軍とアメリカ軍の戦いがあり、殺し合いました。両方の兵たいはもちろん、普通のひとたちも。それでも、人々は助け合って生きてきました。戦争はいけないし、外国人をバカにすることもしてはいけません。
 なお、「沖縄の昔話(小浜晋・中村啓子、ゴマブックス)」という絵本には琉球の昔話がいくつかのっており、琉球の言葉も書かれてあるので、きょうみがある人は読んで下さい。
 皆さんも琉球の人たちのように助け合って、心暖め合いましょう。完.
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小中学生向け随筆

2017-12-16 13:17:46 | 日記
 小中学生のみなさんへ.(2017年12月書)

 今年もみなさんが大好きなクリスマスとお正月の季節(きせつ)がやってきましたね。12月1日に放送された「ドラエモン」では、おかしの家にのび太くんたちが入るなど、早くもクリスマス・ムードのマンガでした。ぼくも見ていましたよ。色んな機械(きかい)が出てきて、そのマンガはおもしろいですね。
 小学の時、ぼくは光明(こうめい)ようご学校にかよっていましたが、クリスマスが近付くとクラスでクリスマス会をしたものです。みなのきぼうするおかしも先生が買ってきて。クリスマス・ツリーもかざって。小学5、6年の時のそのようすはおぼえていますが、先生ふくめ、一人一人がクイズを出したり、歌の好きな子は歌をうたうなどして。僕もクイズを出したわけです。ふだんはむずかしいことをおしえている先生も、この時は一しょに楽しみました。先生が一ばん楽しそうだったかもしれません。
 中学になったら、それはしませんでしたが、中学2年の時、やはり、クリスマス近い時に介助員やボランティアの人たちと新宿に遊びに行った思い出があります。当時はまだ駅にはエレベーターはなかったですから、歩けない子は介助員やボランティアの人たちに背負われて。当時の新宿は非常(ひじょう)に高いビルはなかったですが、それでも、都会の町のようすをみな興味深く見たものです。当日の天気はくもりで、新宿についた後、弱い雨や氷がふり、少したって、雪にかわったのをおぼえています。その年の東京の初雪ですね。さむくなったから、きっさ店に入り、体を暖めました。ぼくはロシア紅茶を飲んだのをおぼえています。ジャムの入った紅茶ですね。
 クリスマスにちなんだ楽しい思い出を2つ書きましたが、こうして思い出を書くのも楽しいことですね。みなさんも思い出を作って下さい。
 このへんで終わります。

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改めて「文化」について考える

2017-12-12 13:58:59 | 日記
  「戦争と異文化差別」を書いた後、マルクスの分析した社会構造である「上部構造=文化全般、下部構造=経済全般」を改めて思い出した。以前も述べたが、マルクスはその二つは「互いに影響し合う」と述べたのであり、下部構造が上部構造を支配とは述べていないわけである。でも、19世紀から20世紀にかけての世界的な物質主義の傾向に資本論を読んだ人たちも影響されて、次第に「経済が文化を支配」に解釈されるようになり、果ては各共産国の政策にもなったわけである。明治以降の日本では北海道の先住民のアイヌなどの文化を禁止し、又、アメリカ合衆国では同様に先住民の文化を禁止したが、それと同じ事を多くの共産党政府の人たちがするようにもなった。また、環境政策も共産国でも行われない状態が続いた。その果てに、旧ソ連南部では、イスラム系とキリスト教系の人たちが戦争にもなり、当局も打つ手がない状態になった。文化問題を甘く見た結果である。環境汚染も深刻になった。無論、資本主義国でも同様な問題が起きたわけだが。


  以上からも、経済は大切だが、同時に文化も大切であるし、又、その2つ以上に「自然環境」が大切である事も示している。日本も東日本大震災で、福島では原発事故が起きたわけだし。マルクスが生きていた時代は自然環境科学がまだ作られていなかったから、仕方なかったかもしれない。マルクスの後継者たちも時流に流され、資本論を物質主義的に解釈していき、果ては資本主義と変わりがないものになっていったわけである。でも、今は21世紀だし、物質主義の限界もかなりの人たちが知り尽くしているわけだから、自然環境や異文化共存を重んじる社会にしていっても良いと思うが。
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戦争と異文化差別

2017-12-11 13:23:40 | 日記
  トランプ大統領がイスラエルにあるアメリカ大使館をエルサレムに移す決定をした。トランプ大統領にしろ、今のアメリカ政権のメンバーにしろ、朝鮮半島と中東の問題の違いを知っているのか、非常に疑問である。対北朝鮮と同じ要領で中東政策は立てられないのに。


  誰もが知っているように、韓国と北朝鮮は同じ民族・文化の国である。第二次世界大戦後、超大国の都合で分割されたわけで、元々内戦があったわけではない。将来は何かのきっかけで統一もできるわけである。

  ところが、エルサレム問題は、中世はヨーロッパのキリスト教勢力と、サラセン帝国のイスラム勢力が帰属を巡り、激しく戦争してきたわけだし、その後も、ユダヤ・キリスト・イスラムの各宗教・文化圏の人たちが同様の主張を繰り広げた。第二次世界大戦後は国連で「国際都市」という取り決めがなされたのに、イスラエルが自国のものと主張し、首都に定めている。歴史的に見ても、三宗教共通の都であり、国連の管轄下、国際都市にするしか解決策はないわけだが。かつてはヨーロッパやロシアで異文化人間と徹底的に差別され、特にナチスに迫害・虐殺された歴史を持つユダヤ教徒たちだが、戦後の彼らのしている事はそのナチスと同じである。そのような指摘も世界中の人々からされているのに、どうしてあのような排他的な事ばかりするのか。高校時代から僕も判らず、首をかしげているわけである。

  ところで、世界の歴史を見ると、どの民族も自分と異なる文化を持つ人たちを排斥、迫害してきた事が目立つ。個人レベルでも、異文化の人たちを見下す・バカにするとか。日本人は古くからアイヌに対してそのようにしてきたし、明治維新後は琉球の人たちを辺境人みたいに考え、日米戦争末期も軍部はそこを捨て石みたいにした。在日韓国人への差別の事もよく聞く。中国でも、チベット人への差別は根強いらしいし。革命後のソ連でも、南部ではキリスト教系とイスラム系の紛争が続き、特に1988年は戦闘が激しくなったと聞いている。教育で無神論者も増えたが、それでも、双方共、祖先からの文化を引き継ぎ、互いに相手の文化を否定し合ったわけである。

  キリスト教圏も東西が次第に分裂・対立して、別の文化圏みたいになっていった。西方キリスト教もカトリックとプロテスタントに分かれ、更に、両派も文化が複雑に分かれ、ケンカも多発している。今もスペインのカタル―ニア問題が起きているし。北アイルランドのカトリックとプロテスタント紛争も再燃したらしいし。又、スンニとシーアの対立は勿論、イスラム圏も複雑な文化対立がある。

   確かに、19世紀に起きたアヘン戦争の根は経済だったらしく、マルクスは戦争の根を経済と断定した。また、20世紀後半は、資本主義と社会主義の対立の戦争の構図が目立った。経済も、思想や領土も戦争の原因にしろ、その他に文化差別もあり、昔から存在してきたと言わざるを得ない。

  更には、結婚の時も異文化の人を結婚対象としなかったり、又、異文化の人同士が結婚すると、当人の家族や親族が猛反対するという差別も今も世界中で跡を絶たない。全く中世的である。

  自分の属する文化を尊重する事は良いし、祖先から引き継いできたものを継承するのは当然だが、その他に、「他の多くの文化も学び、優れた面は尊重し、共通する面も探り、違う面は認める」姿勢が今の世界に求められているように思われる。日本人の場合は、日本文化と共に、まず、アイヌや琉球文化も尊重し、次いで、韓国や中国、フィリピン、ロシアなどの隣国の文化に対してもそうして、世界中の文化に対して尊敬の気持ちも持たなければならない。そうしないと、平和国家にはなれない。

世界中が他の文化を尊重するようになれば、戦争の可能性がまず低くなるわけだから、軍拡も終わるし、経済も飢えと病気解消、福祉増進目的のものに次第に変わっていき、例えば、地下資源を大量に消費したり、地球環境を破壊してまでの各国の経済成長も止め、経済構造も変わっていく訳である。そのような世界になって欲しいし、又、このままの状態が続けば、世界は環境破壊で破綻もしていくわけである。

  
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