トシコロのありのままの暮らし


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イエスの生命観

2023-07-27 13:10:07 | 日記
 「命」の大切さを述べるのは、比較して仏教系統が多い。確かに、シャカは確固たる生命観を説いた。では、イエスはどうだっただろうか。殺人は戒めたが、聖書ではそれ以上はわからない。聖書にあるのは、イエスの発言の一部だし。紛失や消去で歴史に埋もれている。でも、複数の本で、イエスは魚は食べたが、肉は食べなかったと目にした。そのことは肉を食べるヨーロッパで消されたが、中世までそこでは金曜日は肉は食べない習慣があり、痕跡は残っていた。屠さつに罪感じていたと。その金曜日にポルトガルで食べていた魚の揚げ料理のテンペロが日本に来て、てんぷらになったわけである。

 戦国時代、日本に来た宣教師は「動物は人が食べるために神が与えた」と説いたが、当時の教会は十字軍戦争後、免罪符や植民地支配で相当人間中心になっていたから、これがイエスの教えとも言えない。教会も常に変わる。中世は鳥は天国からの使いとされ、食べなかったし、聖フランシスコみたいな動物愛護の方も出ている。

 イエスの生命観が明確に掘り起こされれば、戦争やエコ、屠さつのことにも大きな影響与えるが、それは古文書の発掘次第。ただし、近年知られ、僕も読んだユダ福音書によると、笑うイエスの姿が多く描かれており、これまでなかったものが出た。科学の発達で古文書発掘も進むから、それに期待したい。

ヴィーガン経済

2023-07-26 10:51:38 | 日記
経済成長の目的の一つは、より高価でうまいものを食べること。ヴィーガン世界になっても、資本主義形態のままにしろ、「ゆるやかな資本主義」になり、搾取と競争も減るだろう。
 心にも余裕でき、福祉や動植物共生も充実。

穀物危機とヴィーガン化・共生社会

2023-07-24 11:15:44 | 日記
 ウクライナの大量穀物が輸出停止。世界は飢えるなど、プーチンの罪は大きいが、家畜の飼料がより減り、極めて高くなる。世界的に畜産放棄と、高性能の植物性蛋白質作りが始まっている。戦争が終わり、穀物貿易が戻っても、その流れは止まらないだろう。畜産農家も転職し、面倒なそれには戻らないだろうし、屠殺解体の人たちはもっと戻らない。後者だが、肉食のため、一部の人に押し付け、隠ぺいまで。プーチンと大きさは同じ罪ではないか。こんなことしていたのでは、思いやりも出ず、世界的に低福祉や差別蔓延にも。

 さらに、肉にしかないビタミンB1も分子式は判っている以上、化学合成もやる気さえ出せば可能だと思う。今後はその動きも出ると。

 確かに、学校や幼稚園で、動物愛護を教えながら、牛や豚を陰で殺して食べていることは、中途半端でおかしい。これでは教育でも思いやりは育たない。社会全体がそうで、しかも、屠さつを一部に押し付けるならば、思いやりに欠ける社会になり、精神障碍者やハンセン氏病元患者を差別したり、身障者もより障碍の重い者たちを切りすてるようになると。世間の冷たさゆえ、狭いマイホーム求めるが、思いやりに欠けているに違いない以上、幸福にならず、果ては離婚や親子不和にもなるわけだ。これが今までの社会。

 やがては安く、栄養豊富、おいしい植物性食品が大量に売られるから、国内外の貧富も問題にならなくなるし、富を求める戦争も

起きにくくなりそう。暖かく、楽しい社会になれば、人々も外向きの心になり、マイホーム主義、大家族、カルトからも抜け出せる。このようになるかもしれない。

お金の流れから見た今後の補足

2023-07-23 10:27:15 | 日記
 まず、マルクスは経済分析は優れていたが、国家の分析が欠けていた。ナポレオン政治や戦争の通り、すでに国家の問題はあったのに。後年、資本主義は超えたが、ソ連という超民族の化け物みたいな国家ができたわけですね。スターリンという独裁者も。

  しかし、若い時に行った某教会で、教会組織こだわりや仲間関係重視に違和感持ち、十字軍戦争への疑問もあり、キリスト教史を独学した果て、近未来の社会も見通せるまでに。学びも裏切らないとつくづく思います。

お金の流れから見た今後

2023-07-22 16:33:58 | 日記
 歴史から。ヨーロッパ中世では教会が生死や結婚、各家庭を支配管理し、献金を集め、莫大な富と権力を得たが、十字軍戦争で金がなくなり、免罪符発行し、プロテスタント台頭・宗教戦争になり、さらに富と権力は落ち、次第に人民支配は国家に移行し、役人が威張るように。マルクスの指摘した資本家ではなく、役人。資本家は金はあっても、生死や結婚は管理できないわけだ。

 その各国国家は様々な理由で金がなくなり、人民支配も難しくなっている。ならば、神父がかつて次第に人民を支配できなくなったように、役人も同様になるのではないか。ただし、国家が消えると、人々の暮らしも成り立たなくなるから、それはあり得ないが。逆に、人民が役人を支配するかもしれない。

  この世は金次第と冗談も言いたくなる。

  一人一人が大切にされる社会を望む。