トシコロのありのままの暮らし


  世田谷カフェとの交信の必要性で、登録しました。それ以外の皆さんもよろしくお願いします。

バリアフリー床屋

2015-02-28 11:28:40 | 日記


  僕は歩けない障碍を持っているため、今までは近所のベテランの床屋さんに訪問散髪をしてもらっていました。その床屋さんが引退したので、近所の「安心すこやかセンター」という福祉関係の情報サービスの所に床屋関係の事を聞いたところ、新しい床屋さんを紹介してくれました。母が電話で連絡したところ、店の主人は僕の身体状況を聞き、「送迎介助はしますから、ぜひ店に来て散髪して下さい。晴れた日に」と言い、僕もそうする事に決めました。

  昨日(2月27日)の東京は晴れて暖か。午後1時ごろ、床屋の息子(若者)が来て下さり、僕を車いすに乗せてくれて、そのまま押して歩き、その床屋の店に。着いたら、(身体を支えてくれたら、立つ・少し歩く事ができるので)僕の身体をうまく支えて、立たせて、歩かせ、床屋のイスに座らせ、散髪をしてくれました。散髪の前に、コートを脱がせてくれた。その店は主人夫婦と息子さんで経営しています。帰りは主人が僕の車いすを押してくれました。介助は手慣れた感じ。僕も質問はしませんでしたが、他の身障者たちも同様に介助して、客として迎えていると思いました。

  例えば、30年前の日本ではこのような床屋さんはありませんでした。当時の僕は元気だった父が僕を床屋に連れていったものです。日本の福祉水準が上がっている事を感じさせられた散髪の日でした。
コメント

「恐怖が生み出す惨劇」の補足

2015-02-26 17:32:04 | 日記


  1980、90年代の日本のオウム真理教が信徒たちの恐怖心を煽り、残忍な行動に走らせた事は有名である。日本人として、忘れてはならない事件である。
コメント

恐怖が生み出す惨劇

2015-02-26 16:22:42 | 日記
   「西洋医学の功績と陰の面」で、ナチスの事を少し紹介したが、恐怖心が惨劇を作り出した例は歴史には非常に多い。第二次大戦中の日本軍による中国民衆大量虐殺も一例である。それは決して許される行為ではなく、そのような侵略に至った過程をきちんと歴史的に説明しなければならないが、只、多くのそこでの元日本陸軍兵士たちが「中国人のゲリラに殺されるのが恐ろしくて、罪もない中国の一般人たちも殺してしまった」と証言している点は注目しなければならない。日本兵たちの恐怖感も虐殺の理由として存在するのである。ベトナム戦争下のアメリカ軍たちも同様にベトナム人民衆を大量虐殺した事件があった。1980年代のソ連軍もアフガニスタンで同様の事を行なっている。

  国家レベルでも同様の事がたくさんあった。第二次大戦後、アメリカとソ連は互いに相手勢力の自分の陣営への侵略を恐れた余り、多くの衛星国に武器を売り、戦争させては血を流させた。兵器産業育成の他、そのような恐怖心も絡んでいた。

  マルクスが分析、指摘したように特に19世紀ヨーロッパでの資本家の労働者への経済搾取はすさましかった。一つには資本家たちの、人をこき使っても贅沢したいというエゴだが、その他、そのようにしないと資本家たちも没落してしまう恐怖心もあるはずだ。

  以上だが、人は恐怖心に襲われると、他人の事を思いやれなくなる面があり、つい、殺したり、搾取もしてしまうようである。日本兵たちの例が典型的であるように、根には「死への恐怖」がある。死ねば、自分の意識も消えてしまう。死にたくないという。でも、よく考えれば、人は誰も死ぬわけである。戦場でどんなに相手兵を殺そうが、労働者たちを搾取して大儲けしようが。その事を意識すれば、多少は以上は防げると。更に、幼い時から「死を見つめる教育」を受けて、死の事を絶えず深く考えていると違った社会になっていくのかもしれない。「死を深く考える」と、まず、この人生には限りがあるから、その間にやりたい事をやっておこうと言う考えが芽生える。それから、人によっては、死後生や天国、輪廻転生に興味を持ち、その研究もする人も出てくると。現に、日本の坂本政道氏などは死後の問題の科学的研究をされており、僕もその著書を数冊読んでいる。哲学的にも、死の問題は大切だとされている。

  とにかく、「恐怖が生み出す惨劇」は人類はもう繰り返してはならないわけである。
コメント

西洋医学の功績と陰の面

2015-02-24 17:27:06 | 日記


  特に、19世紀のパスツールの細菌発見以来、ペスト、赤痢、コレラなど、細菌性の病気に対しては完璧に近いような威力を発揮し、治療はもちろん、病原菌の撲滅などをして全人類を健康と幸福に導いた。まずは、その功績を称えたい。今は細菌に比べて攻撃が難しいとされてきたインフルエンザなどのウィルスも撲滅する薬が色々と作られているわけだし。細菌やウィルスが原因の病気はかなり克服されている。

  とは言え、細菌やウィルスが原因ではない病気も多いわけである。例えば、痛風や肝機能衰弱などの。痛風に抗生物質を投与しても効果はないわけである。また、抗生物質を飲み、腸内の有益な細菌まで殺し、その患者の体調を崩させる事もかなりある。

確かに、ペスト菌のような有害な細菌やウィルスもあるが、反面、ビヒィズス菌のような人体に必要な酵素やビタミンを作る細菌やウィルスもたくさんあるわけである。大体、細菌やウィルスも「生命」には違いなく、生物は悪い働きをするものとは限らないわけだ。例えば、AIDSウィルスも元はアフリカのジャングルの奥のミドリサルの体内にしか住まないものだった。それが自然破壊と、ミドリサルのペット化で、ミドリサルが人間社会に出て、人間の体に入りこみ、ミドリサルとは違うから、暴れるようになり、あのような恐ろしい病気になったと。そのウィルス自体も元は恐ろしいものではなかったわけである。

  もし、人体が無菌・無ウィルス状態になれば、腸内の酵素のバランスも崩れ、体力が衰えると。確かに、病原菌は殺さなければならないが、細菌やウィルスを悪魔のように憎むのもどうかと思う。共存できる細菌やウィルスとは共存した方が健康の為にも良いわけである。

  ところで、1986年、放送大学で筑波常治(つくば・ひさはる)教授の「生命科学史」という名講義をラジオで聞いた。「西洋では大昔から病気の原因について、体内バランスを崩すためか、悪魔が体に入りこむためか、論争があった。現代においては、悪魔説は病原菌説に置き換えられている」と判りやすく説明されてあった。確かに、科学は悪魔の存在は否定したが、それに代わるものの一つに病原菌はなっている。その講義では述べられなかったが、西洋人のイメージする悪魔は絶対悪で撲滅しなければならないものとされてきた。又、非常な恐怖をもたらすものともされてきたのである。ならば、現代の西洋人たちには細菌に対して、悪魔のイメージが投影されていないだろうか。又、日本の医学も西洋の真似をしてきたわけだから、結果的に腸内の細菌を殺し、僕の体調も狂わせたのではないかと。抗生物質はそれが本当に必要な場合にのみ使うべきなのに。

  医学の話から離れるが、ヒットラーなど、ナチス幹部たちは本当にユダヤ人を「ドイツ人の経済を搾取する悪魔」と本当に恐れていたようである。「ユダヤ人が恐いから、殺せ」が本音だったと聞いた事がある。その次はロシア人に対しても同じ恐怖感を抱き、無謀なロシア侵攻をしていった。この事も以上の話から連想させられる。新約聖書によると、イエスは「悪魔を恐れるな」と語ったが、後のヨーロッパ人たちは悪魔を非常に恐れるようになった。確かに、ペストなどの伝染病とか、モンゴル系の人たちの侵略、嵐や飢饉など、中世ヨーロッパは厳しい状況があったから、あのように悪魔を恐れる文化になったのかもしれないが。今は中世ではないわけだから、恐れの気持ちは持たず、細菌とも共存する理性的な態度が必要なのかもしれないが...。
コメント

腸内細菌

2015-02-23 11:16:18 | 日記


  NHKスペシャル「腸内フローラ」を見た。人間に限らず、動物の腸には大量の細菌が住み着き、体調を整えたり、ガン細胞増殖を抑制しているそうだ。又、腸と脳は神経でつながっているため、腸を細菌で整える事は、ウツの治療にもつながるそうである。

  やっとそのような事が判ってきたようだ。今までの西洋医学は病原菌せん滅に重点を置き、それ以外の病気の原因は判らなかったのだから。

  子供の時から、僕は抗生物質の薬を飲むと、後で非常に強い口内炎が出来たり、脳性まひ特有の身体硬直が激しくなり、1985年ごろに漢方薬(中医薬)を飲むようになるまで、非常に困ったものだ。それ故、「抗生物質が腸内細菌を殺し、それで体の中のバランスが崩れ、僕の体調が悪くなるのではないか」と推測していたが、その通りだったようだ。同様の人も世界中に多いと思う。何も病原菌だけが病気をもたらすものでもないだろうに。

  この文をお読みになる医者や薬剤師たちが「体内バランス」の問題に注目してくれれば、幸いである。
コメント