トシコロのありのままの暮らし


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中学一年5月の遠足

2018-05-31 09:52:44 | 日記
 中学一年5月の遠足    (文芸誌投稿)

 1968年5月の快晴の日。世田谷区にある光明養護学校からバスで三浦半島に向かった。先生、介助員、生徒、個人的サポーター介護者で行った。それ以前は母親たちが遠足にも付き添っていたが、僕の学年あたりから、「母親が学校関係に付き添っていると、生徒たちの自立心が付かない」という理由で、母親抜きの遠足にもなっていった。遠足も貴重な社会経験である。
 その遠足の様子だが、山道のバスから見えた三浦岬と海が5月の強い陽光に照らされた所だけを僕は記憶している。海の明るいマリンブルー色と波、陽光に照らされたまばゆい岬のようす。それだけである。考えてみたが、その様子が余りにも印象的だから記憶がそれに集中し、他の事は覚えていないのだろう。それだけ、その景色が心に残った証拠でもある。遠足に行って良かったと思う。それにしても、5月の太陽は強烈なのか!
 その付近の写真をインターネットで検索してみた。記憶の風景とはやや違うが、懐かしかった。それを書けて良かったと思う。

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庭園美術館にて

2018-05-25 16:35:48 | 日記
    5月18日。東京にある庭園美術館に行きました。そこは昔は朝香宮様のお屋敷でしたが、今は庭園美術館として民衆に開放されています。


  着いた途端、新緑が一杯! 丁度良い時に行ったようです。秋には紅葉も楽しめるようで、庭園だけでも行く価値があるわけです。

  美術館は新旧2つあり、旧館は朝香宮様関係の歴史です。西洋の美術などを好まれたようです。


  新館はその時折の展示物。今はフランスの絵本。19世紀、フランスではブルジュワの人たちが繁栄しましたが、その子供たちには教育を与え、その結果として、絵本文化も栄えたとか。

  庭園は広く、いくつかに分かれています。特に、日本庭園はきれいで、見ごたえがあった。写真の通り、池もあったし。

  以下は写真です。



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熱意社会の危うさ

2018-05-24 10:28:47 | 日記
  S園関係に限らず、40年前くらいのボランティアや身障運動関係は熱意だけで福祉の事を世間に広めようとする傾向があったように記憶している。「熱意を込めて語れば、どんな人も判ってくれる」と複数の福祉団体・身障団体で僕も話を聞いたわけである。当時の僕もそのように思っていた。でも、例えば、大学祭の福祉関係の場を借りて、ボランティアや身障運動家たちが一般市民に「熱っぽく」語っても、ほとんど判ってもらえない。例えば、S園の職員ストライキの様子とかを話してもそうだった。語り手が頭に熱が上る感じの例もあった。今の僕なら、その欠陥は判る。例えば、S園の事を語るとしたら、知らない人たちには情景描写から話さないと判ってもらえない。いきなりストライキみたいな事を話しても理解はできないわけである。情景描写やかみ砕いた説明には、冷静さが欠かせない。冷徹にS園などの事を見る作業も不可欠である。むしろ、熱意は抑えないといけないわけだ。


  昨日書いた「M氏の一番嫌った施設=多摩更生園」も、昔の僕ならば、多摩更生園の役人主体の経緯や実態は述べず、ただ「多摩更生園はS園よりも人権抑圧のひどい、悪い施設である」とだけ書いただろう。現に、40年前は一部の友人にそのように話したが、理解されなかったのを覚えている。その「友人」は多摩更生園は見た事もないから、以上の話し方では判らなかったのも当然である。

  昔の福祉関係は冷静な説明を欠いたから、仲間同士も判り合えず、福祉会が自滅したり、ボランティアや身障運動に疲れて止めていく例が多かった。「熱意を込めて語っているのに、何故、皆判ってくれないのだろう」と言っていた人も多かった。熱意も冷めて、失恋みたいな感じで、落ち込んで。首都圏では、そうして80年代になり、ボランティアや身障運動する人が減ったわけである。

   一方、「不死身の特攻兵(講談社新書)」を書いた鴻上尚史氏は、神風特攻隊と今の過労死問題の共通性を指摘している。確かに、どちらも相手の熱意に期待するものだから。恐ろしいわけである。

   スポーツ関係はもっと深刻かもしれない。冷徹さを欠き、熱意だけで練習みたいな事を繰り返すと、こっちは体力の強い人たちばかりだから、何かのきっかけで、暴力事件が起きるわけだから。大相撲関係でも、高校野球関係でも、暴力事件が絶えないが、理由の一つにはそのような事があるように思えてならない。スポーツも科学性など、本当は冷徹さが必要なのだが。

   一番深刻になり得るのが政治関係だろう。ヒットラーを見るがよい。彼は当時のドイツ国民の熱意をあおり、ユダヤ人やフランス、ロシアなどへの敵対心を掘り起こさせたではないか。熱意をあおるずるさをヒットラーは持っていたわけである。勿論、熱意だけで、冷徹さを欠く人がどこかの国の大統領や総理大臣になっても、非常に危険になる。冷徹さを欠き、「熱意だけで」隣国と外交するような事があれば、本当に戦争になりかねない。又、同時に内政も全然できなくなると思われる。そのような指導者が座に着き続けば、その国は亡びるわけである。それゆえ、選挙の時も国民は冷静に考えられる人を選ぶべきである。又、特に、マスコミが何かを熱狂的に報道したら、気を付けないといけない。熱狂的な報道に多くの国民が同調すると、その国もファシズムに動きかねないから。

   昔、僕の見た社会の様子はそのまま全世界の社会に通じる問題を含んでいたようである。関わり合って良かったと思う。
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S園の一園生が一番嫌った施設

2018-05-23 10:50:18 | 日記
 それは77年当時の都立の多摩更生園であった。そこも今は改善され、地域に開かれたものになっているが、当時は紛争が起きたなど、ひどかったらしい。


   S園の園生のM氏は断片的に「多摩更生園には行きたくない。そこは園生が完全に管理された生活だから」と語っていたのを覚えている。氏は多摩更生園の事も人伝手に知っていたようだ。

   多摩更生園は僕は高校の時に見学したが、それ以来は行く機会もなく、よく知らないので、詳しい事は語れない。ただし、そこは都の役人が欧米の施設を徹底的に視察して作られた事は早くから聞いている。役人主導の施設だったわけである。ならば、M氏が言ったように、「園生が管理される」状態になるのかもしれない。詳しく書く事もないだろうが、S園とは違った性質の問題があるようだ。混同はしてはいけないと思う。

  もっとも、大きく見れば、役人主導は何も施設関係だけでもないだろう。らい予防法の通り、戦後のハンセン氏病問題とか、優生保護法にも言えるし、更には、1917年の革命後のソヴェトなどの社会主義諸国にも言える。それだが、『資本論』によると、マルクスは革命後は労働者自身が経済活動などを管理する社会を描いていたわけだが、実際はそうならず、役人主導のあのような体制になってしまった。歴史の皮肉だが、そのような事も連想してしまうわけである。

   多摩更生園はその周辺に住む障碍者運動家たちが「おかしい」と声を上げて、改善されていったそうだ。今の社会構造では役人の存在も否定できない以上は、おかしい事があったら人々が述べていき、協力して物事を改善していく事が必要である。又、役人も一般民衆の一員である事を自覚しなければならない。役人全部がおかしいわけでもないと思う。エリート意識を持つ役人が時々現れるから、そのような人たちが人々を管理しようとして、おかしくなっていくのである。「らい予防法」はその典型例であった。同様に、国会議員も、大臣も一般民衆の一人一人である事には間違いないが。政治家たちも変なエリート意識を持つと狂ってくるのかもしれない。蛇足として、思ったわけだが。
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「愛以前の問題」で紹介した番組のこと

2018-05-21 11:43:45 | 日記
  その番組は「哲学者に人生相談(ETV・木曜午後11時から30分間)」である。そこで司会者は「イエス・キリストが隣人愛を述べ、プラトンがエロス、ソクラテスがフィリアを説いた」と述べた。でも、まず、隣人愛について言えば、旧約聖書の至る所に書かれてあるものである。イエス自身も「私は律法の完成者である」と述べていた。新約聖書にそのように書かれてあるわけである。多くの神父や牧師から聞いた所でも皆そのようにおっしゃられていた。旧約聖書や律法の集大成をイエスはしたわけである。当時のユダヤ教は、安息日には人を助けないとか、食べ物の禁止の規定が厳しかったなど、教条主義的になっていたから、それはおかしいと述べ、「律法や聖書の根本は愛だよ」と初心に帰ろうとした。僕は牧師ではないが、聞いた限りは以上だし、多くの聖書講座の番組でもそのように述べられている。でも、外国の事は判らないが、日本人は聖書になじみが浅いため、「イエスが隣人愛を発明した」と誤解する例が多く、世間の観念のまま、司会者も述べたらしい。人のする事だから、番組に完全を期待する事はできないが、ならば、番組を見たり、新聞を読んだら、鵜呑みはせず、考えてみたり、調べる・専門家に聞くなどをする必要はあろう。


  ならば、プラトンのエロス、ソクラテスのフィリアも実際は当時のギリシア社会で述べられていた事の集大成だったと推察できるわけである。大体、いくら天才でも、その生きた時代の社会の影響を強く受けるわけだから。因みに、「エロス」は男女に分かれた生命力=性エネルギーの尊重であり、単なる人の好き嫌いではない。明治時代に入り、戦後に広まった観念だが、どうも性格の好き嫌いだと思っている例が日本では多いようである。特に「優しくしてくれるから好き」とか。好き嫌いの感情で結婚し、双方の感情が変わり、そのまま離婚する例が僕の周囲でも非常に増えている。当たり前なのに。何しろ、誰でも感情はコロコロ変わるから、当てにならないし、人を結ばないわけである。

  以上とは話がずれるが、古代ギリシアの事で述べたい事がある。38年前に少し交友した足のやや不自由な女性看護学生が福祉親睦会の文集に「『古代ギリシアでは、障碍を持つ人は殺されていた』と看護学校の授業で聞いた。聞いていて、私は恐くて仕方なかった」と書いていた事である。当時は医学が発達していなかった関係で、脳性まひ児やダウン症、ポリオ後遺症の子供はすぐ死亡したわけだし、その「障碍者とは何か」という問題はあるが、プラトンやソクラテスが活躍した陰で、このような問題もあったわけである。そして、僕の訪問したS園はそのまま日本の高度経済成長の時期と重なるのである。歴史には必ず光と陰の面があるので、その両方を見ないといけないわけである。
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