トシコロのありのままの暮らし


  世田谷カフェとの交信の必要性で、登録しました。それ以外の皆さんもよろしくお願いします。

誰かが結婚問題の突破口になっていたら

2014-12-29 11:21:58 | 日記

   先日、ミクシー日記などに、未来の自分の結婚生活の一部の姿の想像として、夫婦一緒に経済管理する様子を書いた。特定の恋人が現れる前から、そのような生活設計を描かないと結婚は勿論、まともな恋愛もできないからである。その設計図は具体的になればなるほど、独身異性を引き寄せ、恋愛、更には、結婚のチャンスも多くなるわけだ。身障者に限らず、異性に「結婚して下さい」と言ったところで、誰がそれがかなうものか。かなわない。当たり前である。

   ところで、それを書いた後、1980年前後の世田谷の身障者たちの事を思い出した。各自、「私は結婚できるだろうか」と深く思い悩んでいたが、異性との交際も成り立たず、かなりが独身状態のまま暮らしたり、コロニー入所や早くに他界した例もある。思い悩んだまま、他界は不幸な事でもあった。彼らを思い出すと、今の僕が述べられるような結婚生活の想像なんてできなかった。それどころか、手紙も全く書けず、異性・他人に自分を伝える手段を持てない方も多かった。それでは、結婚も、交際もできないわけである。

  一方、それから少し遅れてスタートした札幌の身障団体「いちご会」では、発足して少しして、身障者とボランティアとの結婚が続出し、ボランティアを恨む身障者は出ていない。大違いである。理由も簡単。有名な小山内美智子さんが早くにボランティアの男性と結婚し、結婚後の経済管理とか、夫が介護疲れにならない策とか、結婚に至る健全者側の親の反対への対応策とか、身障者に共通する結婚関係の問題点を明らかにして、いちご会の身障者たちが具体的に自分の結婚問題を具体的に考えられるようになり、各自が結婚ビジョンを描き、異性に提示し、そこから恋愛関係もでき、結婚する身障者もかなりでてきたわけである。その中には、手の障碍や性格などから、手紙も書けない方もいたと思うが、そのような方も具体的なビジョンさえ描けば、会話で何とかなるのかもしれない。

  でも、世田谷には。小山内美智子さんは結婚生活の事に集中して考えていたようだが、世田谷にはそのような人は、僕が動いた時はいなかった。そこが札幌との違いかなとも思うわけです。

  因みに、ミクシーのその文を書いて、結婚も、結婚生活も、更には、それに至る恋愛も一種の仕事だと思いました。僕も経験がありますが、いくら異性と仲良くしても恋愛や結婚に至らないのは当然なんですね。また、以上の問題はそのまま、健全者たちにも当てはまります。身障者問題の枠を越えているわけです。それゆえ、公性が高いから、ブログに書きました。
コメント

フェイスブックの旧友たちにあてたもの

2014-12-26 16:43:19 | 日記
 購入予約の本の一つに「33年後の何となくクリスタル(田中康夫著・河井出新書)」を追加しました。実際の購入はかなり先ですが。書評を見て、買う気になったわけです。1980年前後に青春だった者たちの33年後の姿。
  まさに僕の姿であり、僕の旧友たちの姿ですね。80年の少し前にしていた子供会の「続きの続き」を今の僕はしているし。80年ごろは僕も自分探ししていましたが、ちゃんと自分のすることは当時からあったんだ。誰でも他者ではなく、自分に道を求めるべきですね。今の僕はそのように思っています。
  僕の多くの旧友たちも「33年後の何となくクリスタル」ですね。
  因みに、田中康夫氏とはフェイスブックで付き合っています。
コメント

フェイスブック投稿から

2014-12-20 10:48:31 | 日記
16日の日本の朝刊の「介護士、減給」は記事をよく読むと、特別養護高齢者ホームの事でした。在宅者の訪問介護士の給料については、上げる方向。それなら、僕は立場上、何も書けません。この事については書かなくて良かった。代わって、ロシア通貨の事を書いて、正解でした。
 いつもながら、マスコミは社会不安をあおるのが趣味であるようです。そのような趣味は持ちたくないものですね。
コメント

冬の星空・子供向け科学の文

2014-12-19 10:42:32 | 日記
みなさん、今は冬ですね。夜に外に出るとカゼをひくからいけませんが、ガラス戸ごしに夜空を見たり、テレビに映る夜空を見ては想いを空に向けましょう。
 
東京でも冬の北風の強い夜は星がきれいです。多くの星がキラキラ光っている。音に例えると、たくさんの鉄琴(てっきん)の音になりましょうか。目の見えない人たちはそのように思えばいいかもしれませんね。又、星の中には時々地球の近くに来る彗星(すいせい)もあります。急に現れるから、昔は変に思われていましたが、今は太陽系の果てから来ることもわかっています。そこは「オールトの雲」と呼ばれている所です。そこにたくさんの氷や石などがあり、そこから彗星は作られるわけですね。さらに、その多くの彗星の中には、動物や細菌の体の元である物も含まれていることがわかってきました。1990年ごろからでしょうか、一部の科学者が「生命の基本のかんたんな細菌はオールトの雲から作られ、地球におりて、増えた」と考えるようになりました。その話をぼくも90年代に新聞で知りました。大昔の地球のようすを実けん室で再現しても、生命は作れないわけで、科学者たちは生命のみなもとを知ることにむずかしさを感じていました。われわれの命は宇宙から来たと考えると、気持ちも大きくなりますね。
 
オールトの雲がわれわれの命のふるさとかもしれない。ならば、地球で生活を終えた人や動物はどこに行くのでしょうね。重い病気で早くに亡くなった二人の友だちが夢に時々出てきますし。天国から会いにやってくるみたいです。そのこともあり、死後の心の行方を昔からぼくも考えてきました。中には何かのケガから生き返った人も大昔から多くいますが、そのような人たちは「雲の上にいた」とか、語っています。話がほぼ同じであり、夢ともちがうようです。「自分の体を上から見た」とも言っています。体から自分の本体がぬけ出したような話ですね。ぼくはその話とオールトの雲のことを結び付けて、だれでも体はなくなるものの、心はなくならず、体や地球からはなれて、宇宙に行き、命のふるさとかもしれない、オールトの雲に戻るのではないかと。また、そこが昔から言われてきた、天国ではないかと。「雲の上」の話とも合うわけです。まだそのように決まったわけではありませんが、そんな気がします。そうだとしたら、あの大震災で津波に飲み込まれた人たちも、今はオールトの雲から地球やわれわれのことを見守り続けているわけですね。そう思うと、ぼくはジーンとした気持ちになってきます。深い祈りが心の中からこみ上げてくるわけです。
 
これからクリスマス・大みそ日・お正月と続きますが、いっしょに大きな気持ちを持って空を見上げて、祈り、天国から見守って下さっている人たちに感謝(かんしゃ)をしましょう。今年一年間もありがとうごさいました。
コメント

佐久の小学生向け随筆12月号

2014-12-18 17:08:26 | 日記
 佐久のみなさんへ.12月号



 今年も12月。みなさんも大好きなクリスマスの月ですね。クリスマスと言えば、星。このうらはそれに関係したものです。(新しい子供向け科学の文である「冬の星空」のうらにいんさつしました)

 12月の思い出ですが、ぼくの行っていた光明ようご学校でもクリスマス会をやりました。先生やお母さんたちがお菓子を買ってきて。小学3年まではお母さんたちも一緒にやりました。

 僕がおぼえているクリスマス会は小学5年と6年の時のものです。小学5年まではお母さんたちも参加しましたが、6年の時は先生と介助員、児童たちだけでやりました。お菓子のリクエストも出し合って。一人一人出しものをして、楽しんだ。僕はクイズを出していました。ほかに、歌をうたった人もいます。もちろん、先生も。むずかしいクイズを出しては、みんなを考えさせ、笑わせてもいました。クイズと歌のほかにもいろいろな出しものがあったようですが、ざんねんながらおぼえていません。

 一つだけ、ぼくの出したクイズをおぼえています。



 「のぼってものぼり切れない、下っても下りきれない、あくまの階段があります。何でしょう」。



 答えは次に書きます。

 クリスマス会には、段ボールか何かで作られたかんたんなクリスマス・ツリーがあったようにおぼえています。とてもきれいで、ステキでした。

 ただし、クリスマス会の日に雪がふったことはありません。青空の下のクリスマス。これもいいと思います。

 それでは、良いクリスマスとお正月をおむかえください。

 (新しい子供向け科学の文は明日公開します。それで今年の僕は実質的なメリークリスマスになります)
コメント