とりがら時事放談『コラム新喜劇』

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ミャンマー大冒険Part2(11)

2007年04月14日 06時13分10秒 | ミャンマー旅行記・集
写真:ヤンゴン動物園のカバ君たち


カバといえばお菓子のカバヤの自動車や、同社の全国PRで行脚したカバ子が有名であろう。
ちなみに私は年齢的にまったく記憶がない。

以前耳にしたところ、1950年代から1960年代にかけて一種の動物タレントとして活躍したそのカバ(名前をカバ子さんという)は現在もなお、石川県のいしかわ動物園で元気にしているといい、おばあちゃんカバとして人気者なのだという。

意外に長生きの動物なのであった。

ヤンゴン動物園では、その愛らしくもマヌケな表情のカバと私は暫し戯れたのであった。
カバと戯れることのできる場所はちょっとない。
カバと素敵なひとときを過ごしたい人は、ミャンマーのヤンゴン動物園へ行こう!

ということで、カバに続いて足を運んだのは象のコーナーだった。
もちろん、ここでも餌を与えることができるようになっており大感激。

「Tさん、ここ面白い動物園だね」
と喜ぶ私に、
「大丈夫ですか?」
と笑いながら一言。
大丈夫?とはどういう意味なのか、分りかねたのであった。

さて、象のコーナーでは数頭の大人象と2頭の子象が飼われていた。
ところが、みんな足に鎖を取り付けられており、床に固定され、ほとんど囚人状態なのが、少しく可哀想なのであった。

しかし、それはそれで仕方がない。
なんといっても、このヤンゴン動物園の象コーナーは象の飼育エリアと人間の見学エリアの間に十分な柵や堀などがなく、もし象が鎖で繋がれていなかったら象がこちら側に出てくることも可能な構造になっていたからだ。

考えてみれば、ミャンマーで象といえば家畜も同然。
少しく田舎へ行くと農作業や森林伐採などで人間と一緒に働いている動物なので、ヤンゴン生まれのヤンゴン育ちなどという都会っ子は別にして、象なんかちっとも珍しい動物ではないのだ。

で、ここ象コーナーではサトウキビが売られていた。
カバには緑の葉っぱで、象にはサトウキビなのだ。

私は幼稚園の時に初めてサトウキビの実物を見る機会を得た。
というのも、当時サラリーマンであった父が鹿児島出張の折りにサトウキビを買ってきてくれたのだった。
大阪生まれの大阪育ちの私にサトウキビを見せたい一心で、小遣いをはたいて勝ってきてくれたようなのであったが、私の反応はといえば、
「そんなん、ただの棒やん。食べられヘン」
とか抜かして一顧だにしなかったのだという。
40年近くが経過し、父には非常に悪いことを言ったものだ、と反省しきりである。
なお、私自身はそんな反応をしたことをちっとも覚えていないのが辛いところではある。

ここ象のコーナーで示す象の反応も、カバのコーナーで示すカバの反応とまったく同じであった。
私とTさんがサトウキビを買い求める動作に入る時から、一斉に象クンたちの視線が私たちに注がれはじめたのだ。
「お、お。あの人間ども、サトウキビ買いよるド。」
といったところであろう。

サトウキビを買い求めた私はさっそく子象にあげようと思い、子象の近くにポジションをとろうとした。
しかし、すぐに大人の象が横から邪魔をして、なかなか子象にあげることができない。

「えい!」
と投げて、
「あ~!子象にあげられなかった!」
と残念そうに叫んでいたのはTさんであった。

ともかくサトウキビを持つと同時に象たちが一斉に私たちに向かって鼻を伸ばしてくる。
一番手前側にいる象なんぞは、私のいるところまで鼻が届くので油断は禁物だ。

もっとも、象は怒りさえしなければ、その大きな体と同じように大らかな性格をしていると見えて、私たちがサトウキビをあげるのを半分ゲームのように楽しんでいるフシもなくはなかった。
なんと言っても、象の表情が笑っているように見えたので間違いない。

「動物も人間と同じように感情があるんだな」
と時々感心することがあるが、象の次の熊のコーナーへ行った時、その感心は確信に変わり、あまりのリアルさに呆気に取られることになるのであった。

つづく