人生の目的は音楽だ!toraのブログ

クラシック・コンサートを聴いた感想、映画を観た感想、お薦め本等について毎日、その翌日朝に書き綴っています。

ファスビンダー監督「ローラ」「マルタ」を観る~バッハ「ヴァイオリン協奏曲第1番」、ブルッフ「ヴァイオリン協奏曲第1番」が流れる / 朝日の訂正記事について思うこと

2019年04月03日 06時35分49秒 | 日記

3日(水)。わが家に来てから今日で1643日目を迎え、トランプ大統領の娘婿クシュナー上級顧問や 長女イバンカ大統領補佐官をはじめとするトランプ政権の関係者25人が、機密情報へのアクセスを禁じる勧告を受けたにもかかわらず 実際には情報を閲覧していたことが1日、分かった というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

     親分が親分なら子分も子分だ  機密情報は きみつのアッコちゃんにまかせとけば!

 

         

 

昨日、夕食に「ビーフカレー」を作りました たまにカレーを食べたくなります

 

     

 

         

 

昨日の朝日新聞朝刊 社会面に訂正記事が掲載されていました 朝日の訂正記事は ほとんど毎日のように掲載されているので珍しくも何ともないのですが、昨日のは変わっていました

「3月31日付リライフ面の『料理メモ』のイチゴ白玉で、『生地を8等分』とあるのは『6等分』の誤りでした」

という内容です    はっきり言って「そこまで訂正するか」と思いますが、多分、朝日のコンプライアンスの基準に照らして訂正したのだと思います 『料理メモ』は時々参考にしていますが、おそらく「イチゴ白玉」の執筆者が朝日に「8は6の誤植だ」とクレームを付けたか、料理に詳しい人が「8等分ではなく6等分ではないか」と指摘したのではないか、と推測します

それにしても・・・と思うのは、どうして朝日新聞は毎日のように誤報を繰り返して、そのたびに訂正記事を出しているのだろうか? ということです 私は朝日以外は日経しか定期購読していませんが、日経に訂正記事が掲載されることはほとんどありません 考えられるのは①朝日より日経の方が 記者デスやデスクが優秀で、常に正しい情報を掲載している、②日経は実際にはもっと誤報があるのに、細かいことには目をつぶって訂正記事は出さない、あるいは強いクレームが来ない限り訂正記事は出さない(これは他の新聞も同様か?)ということです 訂正記事を読むたびにそんな疑問を抱いています

 

         

 

昨日、早稲田松竹でファスビンダー監督「ローラ」と「マルタ」の2本立てを観ました

「ローラ」はライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督による1981年西ドイツ映画(115分)です

終戦から10年ほどが経過し、市場経済が急速に活気づく西ドイツのある都市に、新任の建設局長フォン・ボームがやって来る 前任者と違い 仕事にも私生活にも生真面目な彼はローラという女性に心を奪われるが、彼女は実は娼婦で建設会社の経営者シュッケルトの愛人であることを知る

 

     

 

この映画は、ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督の「嘆きの天使」を1950年代のドイツに置き換え、田舎の歌姫と生真面目な小役員のメロドラマへと大胆に変更したと言われています

しかし、私にとってはそういうことは二の次で、興味があるのはファスビンダー監督がどういう音楽を使っているかです 私の記憶に間違いがなければ、ボームがローラと教会で初デートをして家に戻った後、自らヴァイオリンで弾いた曲はヨハン・セバスティアン・バッハの「ヴァイオリン協奏曲第1番イ短調BWV1041」の第1楽章「アレグロ・モデラート」でした  この曲は、バッハがケーテン時代(1717‐1723)のうち 1720年代にまとめて書いた3曲のヴァイオリン協奏曲(第1番イ短調、第2番ホ長調、第3番ニ短調=2つのVnのための協奏曲)の一つです

 

         

 

「マルタ」はライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督による1975年西ドイツ映画(112分)です

マルタはローマを旅行中に、心臓発作で父親を亡くしてしまう 帰国後、旅先で見かけた男ヘルムートと再会する。ヘルムートはマルタを言葉で侮辱したり、嫌がることを強要したりするが、マルタは従順に受け入れ2人は結婚する しかし、ハネムーンに出かけたイタリアで、ヘルムートの要求はさらにエスカレートしていき、精神的、肉体的にマルタを痛めつけるようになっていく さらに新居に住むようになってからは、ヘルムートの出張中に電話線を切られ さらに外出さえ禁止され、帰宅すれば暴力を振るわれるなどマルタは追い詰められる 遂にはヘルムートに殺されると思ったマルタは家を出ることを決心する。かつての仕事の同僚の運転する車に同乗していた彼女は、交通事故に遭い半身不随の身体になってしまう


     


要するに、お嬢さん育ちの世間知らずのマルタはサディストでDVのヘルムートという男に引っかかって結婚した上に半身不随の身になってしまったという訳です これで、マルタはヘルムートの家から実質的に1歩も外へ出ることが出来なくなり、ヘルムートは彼女を完全に支配することが出来るようになったことになります。何たる皮肉でしょうか

この映画では、ブルッフの「ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調作品26」第2楽章「アダージョ」がテーマ音楽のように何カ所かで流れていました 最初に聴いた時はシベリウスの「ヴァイオリン協奏曲ニ短調作品47」の第2楽章「アダージョ・ディ・モルト」かな、と思ったのですが、「ファスビンダー監督はドイツの作曲家の音楽を使うのではないか」と思い直し、ドイツ後期ロマン派の作曲家マックス・ブルッフ(1838‐1920)の作品であると判断しました 家に帰ってCDで確かめたら、やはりブルッフでした

ドラマでは、マルタはドニゼッティの歌劇「ランメルモールのルチア」が好きだという設定になっていますが、ヘルムートはターンテーブルに載せられたLPを取り上げ「何だ、ルチアか、くだらん音楽だ」と罵倒してLPを投げ捨てるシーンがあります その代わりに、彼は自分の所有するLPをかけて「オルランド・ディ・ラッソだ。これを聴くようにしなさい」と命じます 後で調べてみたら、オルランド・ラッソ(オルランドゥス・ラッススとも呼ばれる:1532年~1594)は後期ルネサンスのフランドル楽派の作曲家で、この時LPから流れていたのは宗教曲のようでした 

このシーンを観ていて、ファスビンダー監督はイタリア・オペラはあまり好きではないのかな、と思いました この2日間で観たファスビンダー監督の4つの作品で使われたクラシック音楽は、マーラーの「アダージェット」を除けば、ベートーヴェンの「大フーガ」にしても、モーツアルトの「ピアノ協奏曲第23番K.488」にしても、バッハの「2つのヴァイオリンのための協奏曲」にしても、ブルッフ「ヴァイオリン協奏曲第1番」にしても、すべてドイツ・オーストリア系の”正統派”音楽です そういえば、彼の監督による「マリア・ブラウンの結婚」ではベートーヴェンの「交響曲第9番”合唱付き”」の第3楽章「アダージョ・モルト・エ・カンタービレ」が有効に使われていました

どうやらファスビンダー監督はドイツ・オーストリア系のクラシックがお好きのようです

 

     

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