明日に向けて

福島原発事故・・・ゆっくりと、長く、大量に続く放射能漏れの中で、私たちはいかに生きればよいのか。共に考えましょう。

明日に向けて(1288)伊方原発を動かしてはならない幾つもの理由-上

2016年08月15日 23時30分00秒 | 明日に向けて(1201~1300)

守田です。(20160815 23:30)

すでにご存知のように8月12日に伊方原発3号機の再稼働が強行されました。
13日には核分裂反応が「安定的」に持続する「臨界」状態に達し、本日15日午後2時過ぎに発電と送電が開始されました。
今後、22日までかけて出力をあげていき、フル稼働したのちに国の検査を受け、来月7日には営業運転に入るとの見通しが語られています。
伊方原発のまったくもって無謀で無責任な再稼働強行に怒りを込めて抗議します。


再稼働前に一次冷却材ポンプが壊れ稼働が延期されていた・・・

伊方原発を動かしてはならない理由、すぐに停めるべき理由は実にたくさんありますが、注目すべきことはその多くが川内・高浜原発と被ってもいることです。
なぜならこれらの原発はともに同じ矛盾に満ちた新規制基準のもとで再稼働が認められているからです。
同時に重要なのは同じ構造的欠陥を抱えた三菱重工製の加圧水型原発であるからでもあります。

では伊方原発に固有の危険性、動かしてはならない理由とはなんでしょうか。
一つに地震の大きな断層帯である中央構造線のほぼ真上に存在していることです。
二つに細長い半島の付け根にあり、その先に5000人もの人々が住んでいて、重大事故のときにとてもではないけれど安全な避難などできないことです。
この二つの理由だけでも、伊方原発は即刻、再稼働を中止すべきです。

この点を踏まえた上で、川内・高浜両原発にも共通する動かしてはならない理由を、「明日に向けて」の過去記事を参照しながらおさえておきたいと思います。

第三に、原発再稼働の認可を与えている新規制基準が大きな事故の発生を前提にしており、それへの対策を求めたことになっていることです。
そもそもチェルノブイリ原発事故が起こった時に、この国の電力会社と政府は、「日本ではあのような事故は絶対に起こらない」とうそぶきました。
言い換えれば「だから原発の運転を認めて欲しい」というのが私たち市民との約束だったのです。

この点から言えば、福島原発事故でこの約束は敗れたのですから、その時点で日本の原子力産業を終焉させるべきでした。
ところが新規制基準では、言うに事欠いて「あのような事故は絶対に起こらないと言ってきたことが間違いだ」と言い出したのです。完全な開き直りです。
この点は最も重要なポイントなので、ぜひ以下の記事を参照してつかんでおいてください。

 明日に向けて(1062)原発再稼働に向けた新規制基準は大事故を前提にしている! 2015年3月28日
 http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/3d3e4b0cb07ae7a68734a3b52c9c693f

第四に、その新規制基準が「福島原発事故の教訓を踏まえる」となっていることの矛盾です。
なぜかと言えば、そもそも福島原発は1号機から3号機までメルトダウンし、核燃料が溶融して落ちてしまっていてどこにあるのかもはっきりしない状態です。
この間、宇宙線のミュー粒子線を使って、ようやく2号機の燃料の位置が確認されつつありますが、それすらも概略が分かっただけです。

肝心の、格納容器のどこがどうしてどのように壊れてしまったのかも分かっていません。
それどころか、猛烈な放射性物質である溶け落ちた核燃料を無事に取り出せるかどうかすら分かっていません。
要するに事故の概要すらつかめてないのです。これで「事故の教訓」に学ぶことなどできるはずがありません。

 明日に向けて(1063)福島の教訓に基づく重大事故対策などまだできるわけがない! 2015年3月29日
 http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/8718f402298f072498d32eb7f59478f8

第五に、柏崎刈羽原発の近くで起こった中越沖地震の際、地震動の想定のあやまりが突き出されており、この点がまったくクリアできてないことです。
伊方原発が中央構造線の上にあることを考えるとき、より深刻な問題です。
現在の原発は、直下で襲ってくる可能性のある地震の揺れの大きさをあまりに小さく見積もっているのです。

さらに本年4月の熊本・九州地震では、熊本県益城町において、M6.5震度7の地震が14日に起こったのちに、M7.3震度7の地震が16日に起こると言う、これまでの観測史上にない事態を記録しました。
16日の地震のエネルギーは14日のそれのなんと16倍。さらにその後1カ月の間に震度1以上の揺れが約1400回、昨年1年間の日本中の地震の8割近くが起こってしまったのですが、これまた観測史上初めてのことでした。
これらが突き出しているのは、現代科学がまだまだ地震について多くのことを把握できていないという事態です。そもそもこの点からも地震動設定はかなり厳しく見直されるべきです。

 明日に向けて(1064)原子力規制庁・新規制基準の断層と地震動想定のあやまり(後藤政志さん談)
 http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/a3f0e8c33a857d8a36a56280845eedc1 2015年3月30日

第六に、あらたに施された加圧水型原発の過酷事故対策がむしろ危険性が大きいことです。
ポイントは水素ガス対策にあります。燃料が高熱化した場合、それを覆っているジルコニウムが水と反応することで水素が発生し、爆発の危険性が生じるのでこれに対応した対策です。
福島原発では水素爆発を避けるために格納容器の中に窒素が封入してありました。このため容器内での爆発は避けられましたが、格納容器の蓋の締め付け部から建屋内に漏えいしたと思われる水素のために大きな爆発が起こってしまいました。

これに対して容量が圧倒的に大きい加圧水型原発の格納容器は、窒素の封入ができないためにより高い危険性があるのですが、これに対して水素が発生したらイグナイタ―(着火装置)ですぐに燃やしてしまう対策をとるとしています。
しかし過酷事故の中でこの装置がうまく働くのでしょうか。なかなか着火がしなければどんどん水素が溜まっていき、やっと着火できたときに、格納容器内での破局的な爆発を誘発しかねません。安全対策どころか自爆装置になってしまいかねないのです。

 明日に向けて(1065)新規制基準の「重大事故」対策はあまりに非現実的でむしろ危険だ! 2015年4月6日
 http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/d4c8272d4c01e698efd2e68600b4b4af

 明日に向けて(1075)川内原発再稼働も禁止すべきだ!~加圧水型原発過酷事故対策の誤りを後藤政志さんに学ぶ~ 2015年4月22日
 http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/9605e1dc395c1d33815861dad65ac36a

続く

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明日に向けて(1287)放射性廃棄物、原発から見える社会、女性の感覚に学ぶ災害対策などについてお話します!

2016年08月11日 09時00分00秒 | 明日に向けて(1201~1300)

守田です。(20160811 09:00)

当面の講演・学習会のスケジュールをお知らせします。
今日の午後や明日の企画など、直前のお知らせも含んでいます。早くにお知らせできずにすみません。
今回のものは京都市、神戸市、大津市、信楽市、宇治市のものです。

以下、可能なものにご参加ください。

*****

8月11日京都市

放射性廃棄物問題学習研究会
https://www.facebook.com/events/1579217202373100/

環境省「中間貯蔵除染土壌等の減容・再生利用技術開発戦略検討会」は、3月30日、福島原発事故後の除染で出た8,000ベクレル/kg以下の汚染土を、「遮蔽および飛散・流出の防止」を行った上で、全国の公共事業で利用できる決定を下しました。
原子炉等規制法に基づく規則では、原発の解体などで発生したコンクリートや金属などの再生利用の基準は100ベクレル/kgとなっています。今回の環境省方針は、この80倍となります。
この検討会のもとの「放射線影響に関する安全性評価ワーキンググループ」は、非公開実施で議事メモも公開されていません。そもそもこの検討会は、最終処分量を減らすため再生利用量を増やすことが前提となっています。
しかし管理型の処分場でさえ、周辺や地下水の汚染は避けられないのに、通常の公共事業の構造基盤に使うというのでは、放射能汚染を防ぐことはできません。降雨、浸食、災害などによる環境中への放出も懸念されます。
工事では従事者も通行人も被ばくします。大地震が発生すれば、道路の陥没、崩壊などの発生で汚染土がむき出しになるでしょう。日本中の人たちを被ばくさせる壮大な「ナショナル・プロジェクト」であり許すわけにはいきません。
(以上は守田が呼びかけ人の一人となったFOE JAPANの反対署名呼びかけ文をもとに守田が編集)

この問題をより深く掘り下げるための学習研究会を立ち上げます。
第1回は8月11日午後2時より市民環境研究所(京都市元田中)にて。
講師は守田敏也です。コメントを石田紀郎先生からいただきます。ぜひご参加下さい。

参加無料です。若干のカンパをいただけるとありがたいです。

放射性廃棄物問題研究会(仮称)
連絡先 morita_sccrc@yahoo.co.jp  090‐5015-5862

*****

8月12日神戸市

「原発から社会をみてみよう!」
主催 コープ自然派兵庫
https://www.facebook.com/events/1227934430559796/

【イベントID:1816013】
 私たちが生きている日本はどんな国なんでしょう、そして今どんな時代に生きているのでしょうか。戦後71年、原発から分かりやすく社会の仕組みを考えてみましょう。
きっと「そうだったんだ!」とびっくりな発見があるはず。
あなたの人生が変わるかも!?参加者同士のグループワークで、夏休みの自由研究にもぴったりです。(自然派の飲み物付き)

【講師プロフィール】守田敏也さん(もりた・としや)
 同志社大学社会的共通資本研究センター客員フェローなどを経て、現在フリーライターとして取材活動を続けながら、社会的共通資本に関する研究を進めている。3.11以降は原発事故問題に取り組み、各地で放射線防護の講演を行っている。
 著書:「内部被曝」「原発からの命の守り方」他

と き:8月12日(金)14:00~16:30
ところ:神戸市勤労会館4階 405号室
    (神戸市中央区雲井通5丁目1-2 )
アクセス:地下鉄・JR・各私鉄「三宮駅」から東へ徒歩5分

■定 員:30名
■参加費:300円( 一般450円)
※参加対象は中学生以上の学生と大人。
※内容はグループワークとなりますので、中学生未満のお子様の参加については、ご相談ください。
なお、小さなお子様の同伴はご遠慮ください。
■持ち物:マイコップ、筆記用具

◆イベントのお申し込み先◆

 ①【組合員サービスセンター】
TEL:0120‐408‐300
(携帯・IPフォンからは088‐603‐0080)
「営業日」  月~金
「営業時間」8:30~20:00

 ②【組織企画部】
Eメール:event18@shizenha.co.jp
 FAX:078‐998‐1672

※【Eメール・FAXでの申込みをされる皆様へ】
・Eメールをご利用の場合は「コープ自然派イベント申込」と件名へ必ずご記入下さい。
・Eメール・FAXの事務局への着信後、申込確認のご連絡(返信)を致します。 2営業日を過ぎても連絡がない場合は組合員サービスセンターへ問合わせ下さい。

 【イベント当日のご連絡先】
・やむを得ず当日、欠席や遅刻となる場合は必ず事前にご連絡下さい。
 平日(祝日を含む) 「組合員サービスセンター」
 土曜日・日曜日   「イベント携帯 080-2435-4868」

◆お申し込み内容◆
①【イベントID:1816013】 ②イベントタイトル
③組合員名 ④組合員コード
⑤参加人数 ⑥当日連絡のつく連絡先
⑦お子様の情報(年齢)

*****

8月18日大津市

びわこ123キャンプ
https://www.facebook.com/Biwako123camp/

保養キャンプに来ている子どもたち向けのお話をします。
おもに放射能に負けない体づくりを進める観点から食べ物のお話をします。

*****

8月19日信楽市

守田敏也さんお話会「放射能・原発からの命の守り方」
https://www.facebook.com/events/1761562654120382/

2016年8月19日 13:00 - 15:00
紫香楽ヴィラ 会議室 甲賀市信楽町勅旨 2392-5
主催 信楽自然育児サークルなちゅらるまま

参加費 500円(保養参加者さんは無料!)
おやつの持ち寄り歓迎です☆

ジャーナリストの守田敏也さんのお話にはいつも「なるほど!」がいっぱいつまっています。ぜひいろんなみなさんと共有したいです。

▶守田敏也さんのブログ
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011

『保養キャンプ 夏休みショートステイin信楽』が開催中の
紫香楽ヴィラで守田さんのお話会です、ぜひ!

 守田さんのお話の流れは以下のように予定してくださっています。

1 熊本・九州地震と川内原発
2 原発再稼働の問題点
3 福島原発事故と健康被害
4 原発問題の背後にある原爆、核兵器
5 原発事故が起きたらどうするのか
6 放射能からはどう身を守るのか
7 被ばくしてしまったらどうするのか
   ー激太りする世界から考える(正しい食べ物の食べ方)

*****

守田敏也さん講演会「災害からの命の守り方」
https://www.facebook.com/events/1125470760865875/

東日本大震災や熊本地震を目の当たりにし、さらに東海、東南海、南海地震の危険性が高くなっていると言われている今・・・実際の災害現場では様々な問題が発生しています。

災害現場で起こるさまざまな問題の解決には、女性の感覚や目線が重要です。
にもかかわらず、どうすればいいのかはあまり取り上げられていませんでした。
今回の講演会では、男女共同参画の視点に立った地域防災の具体的な考え方や行動を、京都在住のジャーナリスト守田敏也さんにお話ししていただきます。

2016年8月20日(土) 13:30~15:30(開場13:00)
JR宇治駅前「ゆめりあ うじ」4階、会議室1
参加費:1000円
予約不要、先着100名。

講演後、休憩をはさんで質疑応答タイムや著書のサイン会もあります。
皆さまお誘い合せの上、ご来場ください。

保育もあります。(0歳6カ月~小学校3年生)
ご希望の方は、宇治市男女共同参画支援センターへ(電話0774-39-9377か窓口)申し込みが必要です。
お申込みは8月2日の午前9時から先着順に受付。定員に達した時点で受付を終了します。

チラシを置いて頂けるお店や、チラシ配布にご協力頂ける方を募集しています!
コメント欄かメッセージでお知らせください。

------------------------
守田敏也 MORITA Toshiya
[blog] http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011
[website] http://toshikyoto.com/
[twitter] https://twitter.com/toshikyoto
[facebook] https://www.facebook.com/toshiya.morita.90

[著書]『原発からの命の守り方』(海象社)
http://www.kaizosha.co.jp/HTML/DEKaizo58.html
[共著]『内部被曝』(岩波ブックレット)
https://www.iwanami.co.jp/cgi-bin/isearch?isbn=ISBN978-4-00-270832-4


 

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明日に向けて(1286)原爆で亡くなった方たちの霊と共に戦争と被曝を止めたい(広島を訪れて2)

2016年08月10日 11時30分00秒 | 明日に向けて(1201~1300)

守田です。(20160810 11:30)

前回、広島市の済美学校の慰霊碑に刻まれた峠三吉の「墓標」という詩を紹介し、僕なりの解釈を披瀝しました。
その中でこの詩には子どもたちを守り切れなかった大人としての悔恨の思いも込められているように感じたことを述べました。

この記事を始めて読まれる方のため、ここでもう一度、この詩を記したサイトをご紹介しておきます。

 峠三吉『原爆詩集』「墓標」 (広島文学館web)
 http://home.hiroshima-u.ac.jp/bngkkn/database/TOGE/TogePoems.html#12

僕はこの詩を読んで、子どもの痛みに寄り添おうとし、子どもたちを救うことのできなかった自分を含んだ大人たちを厳しく問おうとする作者の思いを感じ、強く共感しました。
前回、そのことを書いたのですが、僕がそう思ったのにはわけがありました。広島に向かう直前の4日夜に、琵琶湖のほとりで行われていた子どもたちの保養キャンプに参加していたからです。

キャンプの参加者の子どもたちの多くは宮城県南部から来ていたのですが、その子どもたちに僕は、原発と放射能の恐ろしさと、命の守り方を教えました。
小学生たちが多くいましたが、~いつものことなのですが~僕はあえて大人にするのと対して変わらないレベルの話をしました。
注意するのは低学年の子どもたちが知らない単語を使わないようにすること、それは子どもたちへの礼儀だと僕は思っています。

そうしたら子どもたち、毎年のことではあるのだけれど、すごい集中力で食いついてきてくれました。一日中、琵琶湖で泳いだあとで疲れていたに違いないにも関わらずでした。
しかも講演後も小学校2年生と4年生の女の子たちから質問を浴びせかけられました。
スタッフとして参加している専門学校生と大学生のお姉ちゃんたちがフォローで参加してくれたこともあって、いつまでもやりとりが続きました。

福島原発による放射能被曝の中におかれている子どもたちと、広島原爆で殺された子どもたちの受けた被害には非常に大きな差異があります。
それを一緒にすることはできないし、してはいけないことだと僕は思います。
でも僕は思ったのです。子どもたちの可愛さはまったく変わらなかったはずだと。
好奇心に満ちたキラキラした目、こちらが真剣に話すと必ずそれを察知して応えてくれる柔らかい感性、何よりもその限りない愛おしさ、それは済美学校の子どもたちもまったく一緒だったでしょう。

だからこそ、子どもたちの痛みに寄り添いつつ、子どもたちを失ったこと、守れなかったことへの悲しみの深みに自ら入りながら、しかしなお前を向いて子どもたちの霊に語り掛けんとする作者の姿勢に僕はうたれたのです。
彼の悲しみが胸の中に入ってきて、握りしめたこぶしの力が手に写ってきて、そうして僕はどうしようもなく心が熱くなっていくことを感じざるを得ませんでした。

さらに後半を読み進めるにつけ「そうなのか」と心に染み入るものがありました。
詩をみれば明らかなように、これは朝鮮戦争の最中に書かれているのです。いやより正確に言うと、朝鮮戦争反対運動の最中に書かれています。
峠三吉は、新たな戦争の遂行を、亡くなった子どもたちへの冒涜ととらえ、自らが必死に反対運動に飛び込んで奮闘していることをここで彷彿とさせています。そしてこう綴るのです。

 負けるものか
 まけるものかと
 朝鮮のお友だちは
 炎天の広島駅で
 戦争にさせないための署名をあつめ
 負けるものか
 まけるものかと
 日本の子供たちは
 靴磨きの道具をすて
 ほんとうのことを書いた新聞を売る

こうしたくだりは峠三吉の詩が、今なおまさにリアリティを持って私たちに迫ってきていることを僕に感じさせました。
なぜかと言えば、71年前、広島に原爆を落とし、今なお、一切の謝罪をしていないアメリカは、まさにその後の71年間、世界中で戦争を続けてきたし、今も行っているからです。

今日、そのアメリカが行ったアフガン戦争やイラク戦争のために、中東の安定が根底から失われ、戦乱が広がっています。
シリアでイラクで、さまざまな政治勢力が入り乱れた戦闘が行われ、常に庶民が、犠牲になり続けています。
この地獄を逃れようと、毎日のようにシリアから人々があふれ出し、エーゲ海を渡ろうとして次々と海に没してしまってもいます。
いやこうした戦争だけでなく、アメリカは、度重なる核実験でも、もの凄い数の人々を被曝させ続けてきました。

 負けるものか
 まけるものか

それは現代の私たちが常に呟き続けてきた言葉です。峠三吉の「済美小学校」の子どもたちの霊に捧げられたこの詩はそのまま現代のアクチュアリティに繋がってくる。
そう、僕らは負けるわけにはいかないのです。

作者は最後にこの詩を次のようにくくっています。

 君たちよ
 もういい だまっているのはいい
 戦争をおこそうとするおとなたちと
 世界中でたたかうために
 そのつぶらな瞳を輝かせ
 その澄みとおる声で
 ワッ!と叫んでとび出してこい
 そして その
 誰の胸へも抱きつかれる腕をひろげ
 たれの心へも正しい涙を呼び返す頬をおしつけ
 ぼくたちはひろしまの
 ひろしまの子だ と
 みんなのからだへ
 とびついて来い!

なんと彼は、子どもたちの霊に「とび出してこい」というのです。
「みんなのからだへとびついて来い!」と。
子どもたちとともに戦争を終わらせようとする作者の願いと決意がここにほどばしっている。

そして僕自身は思うのです。
「あなたたちはもう出てきていますね」と。
「私たちの背中を押しているのはあなたたちなのですね」と。

そのあなたには、もはや峠三吉そのものが含まれているのかも知れない。
峠三吉がこの詩集を発表したのは1952年5月10日。
その10カ月後に彼は亡くなりました。
しかしこのフレーズはいつまでも消えていない。

 負けるものか
 まけるものか

そう。その思いはリレーのように私たちの心に繋がっています。
あの時の子どもたちは、生きていれば今はもう80歳前後。
きっと天からその後のこの国の歩みを見届け、ぎりぎりのところで私たちが平和を守ることを手助けしてくれたきたことでしょう。
そのことに感謝しつつ、私たちは目前の戦争を食い止めるための努力を続けようではありませんか。
そのために原爆被害で亡くなった方たちに思いを馳せ、痛みを心の中に落とし込み、平和への切実な思いを育みあっていこうではありませんか。

僕はそんな決意をさらに育てるためにも、いま、多くのみなさんに『原爆詩集』を読まれることをお勧めします。
ちなみにそう思って『原爆詩集』を岩波文庫から取り寄せたら、なんと2016年7月15日第一刷発行となっていることを知りました。
岩波書店でも同じことを考えられた方がおられたのですね。感謝したいです。
解説を大江健三郎さんとアーサー・ビナードさんが書いています。

ビナードさんは、戦後文学の中から最優秀詩集を1冊だけ選ぶなら、この書をノミネートする、驚くべき傑作だとした上で次のように書かれています。
「もうひとつ驚くべき点がある。日本の現代詩人や評論家の多くは、峠三吉にさほど注目せず『原爆詩集』の斬新な喚起力に気づかないまま、いまだに隅っこへと片付けようとしている点だ。」
なんとも鋭い斬り込みです。ビナードさんはそれをたいへんもったいないこととも指摘しています。

この二人の解説もお勧めです。
ぜひこの夏に『原爆詩集』を手に取って下さい。

最後に広島市における峠三吉のゆかりのスポットの紹介も記しておきます。
ご参考にされてください。

 ゆかりのスポット紹介
 https://www.library.city.hiroshima.jp/touge/spot/index.html

続く

------------------------
守田敏也 MORITA Toshiya
[blog] http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011
[website] http://toshikyoto.com/
[twitter] https://twitter.com/toshikyoto
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[著書]『原発からの命の守り方』(海象社)
http://www.kaizosha.co.jp/HTML/DEKaizo58.html
[共著]『内部被曝』(岩波ブックレット)
https://www.iwanami.co.jp/cgi-bin/isearch?isbn=ISBN978-4-00-270832-4

 

 

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明日に向けて(1285)殺された子どもたちの痛みを胸に宿らせて(広島を訪れて1)

2016年08月09日 23時30分00秒 | 明日に向けて(1201~1300)

守田です。(20160809 23:30)

今日は8月9日、長崎に原爆が投下されてから71年目の日です。
あらためてここで6日広島、9日長崎への原爆投下への怒りを表明します。

これまで繰り返し述べてきたことですが、原爆投下はまったくの戦争犯罪です。
アメリカはこの大犯罪を謝罪すべきです。今からでも被爆者への賠償を行うべきです。そして非人道で人類に対する犯罪そのものの核兵器を廃棄すべきです。
このことが実現されるまで、僕はこの声を上げ続けます。

今年の8月6日を僕は広島市で過ごしてきました。正確には前日、5日からの訪問でした。
朝早く宿泊地を発ち、広島電鉄の路面電車で平和記念公園へ。「原爆ドーム前」電停に着きました。
あたりではすでに集会が始まっていました。入り口付近に陣取っている人々を重装の機動隊がぐるりと包囲して異様な雰囲気。

僕は今日はできるだけ公園のあちこちを取材したいと思い、まずは式典会場に近づきました。そこには会場に入れないけれど、式典に近づこうとする沢山の方がおられました。
各地にテレビが設営されているのですがその前で式典に参加されている方も。テレビの式典の映像ではこういう姿が映らない。ああ、公園の中でいろいろな形で8時15分を迎えているのだなと思いました。
僕自身は原爆投下の時間=黙とうの時を原爆ドーム前で過ごそうと急いでバック。ドームの南側で投下時間を迎え、黙とうしました。ドーム周辺ではこの時間にあわせて多くの方がダイインを行っていました。

その後、公園の北側入り口付近で行われている広島の様々な市民運動の方たちの集会の場に合流しましたが、京都の見知った顔の方がたくさん参加していました。
そのまま一緒にデモに出発。広島の町を反戦反核反原発を訴えて、中部電力前まで歩きました。
その場ですでに行われていた中電前座り込みに合流。上関原発の建設中止や、伊方原発再稼働反対なども訴えながら一緒に1時間あまりの集会に参加しました。

さてその後にこの場で広島在住で、かつて京都市でピースウォーク京都の活動を共にしたこともある友人と合流しました。。
彼に誘われながら、主に慰霊碑への訪問を中心とした市内周りを行いました。訪れたのは以下の地点です。

(1)旧日本銀行広島支店(中区袋町)
(2)袋町小学校平和資料館(中区袋町)
(3)堀川地区町民慰霊碑(中区新天地)
(昼)お好み村(中区新天地)
(4)「済美(せいび)学校之碑」、峠三吉「墓標」碑文(中区八丁堀、広島YMCA)
(5)歩兵第十一連隊之碑
(6)広島城跡(中区基町)
(7)大本営跡
(8)広島護国神社
(9)中国軍管区司令部跡(旧防空作戦室)、中国軍管区軍人軍属・動員学徒慰霊碑
(10)「大田洋子文学碑」(中区基町、中央公園)
(11)「相生通り」
(12)旧市民球場跡地に残る、広島カープ関連の顕彰碑
(13)ベンチと化している「被爆門柱」(中区大手町、平和公園)
(14)原民喜詩碑(中区大手町、平和公園)
(15)爆心地 島病院
(16)「原爆ドーム前」から広電に乗車、広島駅へ

それぞれに感慨深い訪問だったので一つ一つにコメントを記していきたいと思いますが、今日はその中でも最も大きなインパクトを受けた(4)「済美(せいび)学校碑」に触れたいと思います。
現在は広島YMCAの建物があるこの場にもともとあったのは済美国民学校。爆心地から700メートルの距離になります。
この学校は、旧陸軍の将校准士官の親睦組織である「偕行社」が経営していました。原爆が落とされた時、校舎には教職員5人と児童約150人がいましたが、全員が犠牲になったとされています。

広島市の観光サイトからこの碑のことに触れたものをご紹介します。
http://www.hiroshima-navi.or.jp/sightseeing/hibaku_ireihi/ireihi/1180645.php

ご覧になれば分かるように、小学校の男女児童が手をつないで立っている像が慰霊碑の中心にありますが、その背後の壁面の金属板に『墓標』という詩が刻まれています。
作者は「原爆詩人」、峠三吉です。1953年3月10日、わずか36歳で亡くなられるまで数々の原爆の被害を告発する詩を書かれました。
最も有名なのは次の詩です。

 ちちをかえせ ははをかえせ
 としよりをかえせ
 こどもをかえせ

 わたしをかえせ わたしにつながる
 にんげんをかえせ

 にんげんの にんげんのよのあるかぎり
 くずれぬへいわを
 へいわをかえせ

これは「原爆詩集」の「序」として書かれたものです。次に続く長い本編を峠三吉は予測させていると思いますが、ここには天に向けて突き上げるような端的な怒りが込められており、激しく胸を揺さぶる詩です。
一方でこの詩集の「済美学校碑」では、そこで亡くなった子どもたちの痛み、苦しみ、哀しさ、淋しさに、身をよじるようにして寄り添おうとするような詩句が書き並べられています。
僕は読んでいて、峠三吉の子どもたちへの限りなく優しいまなざし、そして優しいがゆえに、子どもらの痛みを、自らに刻み付けんとするような詩の運びに共感して、思わず目がくもってしまいました。
ぜひみなさんにも読んでいただきたいと思ったので、以下、紹介します。(なお詩の中では学校名が「斉美小学校」となっています)


 墓標

 君たちはかたまって立っている
 さむい日のおしくらまんじゅうのように
 だんだん小さくなって片隅におしこめられ
 いまはもう
 気づくひともない
 一本のちいさな墓標

 「斉美小学校戦災児童の霊」

 焼煉瓦で根本をかこみ
 三尺たらずの木切れを立て
 割れた竹筒が花もなくよりかかっている

 AB広告社
 CDスクーター商会
 それにすごい看板の
 広島平和都市建設株式会社
 たちならんだてんぷら建築の裏が
 みどりに塗った
 マ杯テニスコートに通じる道の角

 積み捨てられた瓦とセメント屑
 学校の倒れた門柱が半ばうずもれ
 雨が降れば泥沼となるそのあたり
 もう使えそうもない市営バッラク住宅から
 赤ン坊のなきごえが絶えぬその角に

 君たちは立っている
 だんだん朽ちる木になって
 手もなく
 足もなく
 なにを甘え
 なにをねだることもなく
 だまって だまって
 立っている

 いくら呼んでも
 いくら泣いても
 お父ちゃんもお母ちゃんも
 来てはくれなかっただろう
 とりすがる手をふりもぎって
 よその小父ちゃんは逃げていっただろう
 重いおもい下敷きの
 くらいくらい 息のできぬところで
 (ああいったいどんなわるいいたずらをしたというのだ)
 やわらかい手が
 ちいさな頚が
 石や鉄や古い材木の下で血を噴き
 どんなにたやすくつぶされたことか

 比治山のかげで
 眼をお饅頭のように焼かれた友だちの列が
 おろおろしゃがみ
 走ってゆく帯剣のひびきに
 へいたいさん助けて!と呼んだときにも
 君たちにこたえるものはなく
 暮れてゆく水槽のそばで
 つれてって!と
 西の方をゆびさしたときも
 だれも手をひいてはくれなかった

 そして見まねで水槽につかり
 いちじくの葉っぱを顔にのせ
 なんにもわからぬそのままに
 死んでいった
 きみたちよ

 リンゴも匂わない
 アメダマもしゃぶれない
 とおいところへいってしまった君たち
 <ほしがりません…
 かつまでは>といわせたのは
 いったいだれだったのだ!

 「斉美小学校戦災児童の霊」

 だまって立っている君たちの
 その不思議そうな瞳に
 にいさんや父さんがしがみつかされていた野砲が
 赤錆びてころがり
 クローバの窪みで
 外国の兵隊と女のひとが
 ねそべっているのが見えるこの道の角
 向うの原っぱに
 高くあたらしい塀をめぐらした拘置所の方へ
 戦争をすまい、といったからだという人たちが
 きょうもつながれてゆくこの道の角

 ほんとうに なんと不思議なこと
 君たちの兎のような耳に
 そぎ屋根の軒から
 雑音まじりのラジオが
 どこに何百トンの爆弾を落したとか
 原爆製造の予算が何億ドルにふやされたとか
 増援軍が朝鮮に上陸するとか
 とくとくとニュースをながすのがきこえ
 青くさい鉄道草の根から
 錆びた釘さえ
 ひろわれ買われ
 ああ 君たちは 片づけられ
 忘れられる
 かろうじてのこされた一本の標柱も
 やがて土木会社の拡張工事の土砂に埋まり
 その小さな手や
 頚の骨を埋めた場所は
 何かの下になって
 永久にわからなくなる

 「斉美小学校戦災児童の霊」

 花筒に花はなくとも
 蝶が二羽おっかけっこをし
 くろい木目に
 風は海から吹き
 あの日の朝のように
 空はまだ 輝くあおさ

 君たちよ出てこないか
 やわらかい腕を交み
 起き上ってこないか

 お婆ちゃんは
 おまつりみたいな平和祭になんかゆくものかと
 いまもおまえのことを待ち
 おじいさまは
 むくげの木陰に
 こっそりおまえの古靴をかくしている

 仆れた母親の乳房にしゃぶりついて
 生き残ったあの日の子供も
 もう六つ
 どろぼうをして
 こじきをして
 雨の道路をうろついた
 君たちの友達も
 もうくろぐろと陽に焼けて
 おとなに負けぬ腕っぷしをもった

 負けるものか
 まけるものかと
 朝鮮のお友だちは
 炎天の広島駅で
 戦争にさせないための署名をあつめ
 負けるものか
 まけるものかと
 日本の子供たちは
 靴磨きの道具をすて
 ほんとうのことを書いた新聞を売る

 君たちよ
 もういい だまっているのはいい
 戦争をおこそうとするおとなたちと
 世界中でたたかうために
 そのつぶらな瞳を輝かせ
 その澄みとおる声で
 ワッ!と叫んでとび出してこい
 そして その
 誰の胸へも抱きつかれる腕をひろげ
 たれの心へも正しい涙を呼び返す頬をおしつけ
 ぼくたちはひろしまの
 ひろしまの子だ と
 みんなのからだへ
 とびついて来い!

 ★斉美小学校――軍人の子弟のみを集めていた学校

なお引用は以下のページより行いました
峠三吉『原爆詩集』「墓標」 (広島文学館web)
http://home.hiroshima-u.ac.jp/bngkkn/database/TOGE/TogePoems.html#12


いかがでしょうか。
僕がもっとも心を奪われたのは、次のくだりでした。

 いくら呼んでも
 いくら泣いても
 お父ちゃんもお母ちゃんも
 来てはくれなかっただろう
 とりすがる手をふりもぎって
 よその小父ちゃんは逃げていっただろう
 重いおもい下敷きの
 くらいくらい 息のできぬところで
 (ああいったいどんなわるいいたずらをしたというのだ)
 やわらかい手が
 ちいさな頚が
 石や鉄や古い材木の下で血を噴き
 どんなにたやすくつぶされたことか

・・・そう。きっと子どもたちは痛みの中でもがきつつ、泣きながら「お父ちゃん」「お母ちゃん」と助けを呼んだことでしょう。
でも誰も来てはくれなかった。誰も来ることはできなかった。そのときの子どもたちの淋しさと不安の中に作者は入っていきます。
そして作者はあえてここで「とりすがる手をふりもぎって」逃げていった「よろの小父ちゃん」を登場させています。
そして次の一言。
「ああいったいどんなわるいいたずらをしたというのだ」

そう。いったいどんな罪がこの子どもたちにあったのでしょう。何一つ罪などなかったのです。
しかし子どもたちは業火に焼かれ、「石や鉄や古い木材の下で血を噴き」そして潰されていきました。

大人たちは子どもたちを助けることができなかった。子どもたちを守ることができなかった。
多くの子どもたちを、痛みの中で親にもあえず、実に孤独なままに死なせてしまった。
そんな大人としての己への悔恨も含めて、峠三吉はここに「よその小父ちゃん」を登場させたのではなかったか。僕にはそう感じられました。

続く

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守田敏也 MORITA Toshiya
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[著書]『原発からの命の守り方』(海象社)
http://www.kaizosha.co.jp/HTML/DEKaizo58.html
[共著]『内部被曝』(岩波ブックレット)
https://www.iwanami.co.jp/cgi-bin/isearch?isbn=ISBN978-4-00-270832-4

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明日に向けて(1284)障害者の命と人権を守り抜こう!-津久井やまゆり園での障害者大量虐殺事件に触れて

2016年08月05日 12時00分00秒 | 明日に向けて(1201~1300)

守田です。(20160805 12:00)

すでに多くの方がご存知ように、7月26日に神奈川県立津久井やまゆり園でとんでもない虐殺事件が起こりました。
施設に入所している障害者の方々が、寝てる間に元職員の男性に、次々と惨殺されました。

まったくもって許すことのできないたくさんの方々に対する残虐な殺人、しかも差別心に凝り固まったヘイトクライムに、心の底からの怒りを表明します。
同時に障害者の命と人権を、すべての人の力でともに守り抜くこと、いままでよりももっともっと障害者が大切にされ、リスペクトされる社会の建設をともに目指すことを呼びかけます。

今回の惨殺事件でおさえるべきことは、犯人が人間の命に対するまったく間違った考えを抱いていたことです。
何よりも許せないのは障害者を「価値がない」と一方的に決めつけ、残忍な殺戮を肯定して今回の蛮行に及んだことです。
多くの方が指摘しているように、ナチス・ドイツの優生思想と同じ発想です。人間の間に手前勝手に「優劣」という概念を持ち込み、優れたものに生きる権利があるとして、大量の虐殺を肯定したのです。

同時に、この問題の中で見ておくべきことは、ヘイトクライム(差別的犯罪)に対する現代日本社会の批判精神の弱さが、とくに初期の報道にあらわれたことです。
報道の仕方でもっとも悪かったのは、犯人の差別に満ち満ちたさまざまな言葉を、「容疑者は××と言って殺人を行った」という具合に無批判的に流し続けたことです。
これはその後の報道の中でも見受けられる誤まった傾向です。

こうした犯人の言葉を流すなら、その都度常に、犯人のまったくあやまった残忍な思考に対する批判が同量以上で流される必要があります。
そうでないと犯人のナチスと変わらない発想を、社会に広めることになってしまうからです。
実際、インターネットのヘッドラインなどは、ヘイトデモのプラカードのような許すことのできない言辞で溢れかえってしまいました。

いやより責任が重いのは、この事件に対して安倍首相をはじめ日本政府の閣僚たちが、へイトクライムを許さない断固たる姿勢を示さなかったことです。
こうした重なりの中で、凶悪な障害者大量殺人を行った犯人の言葉が無批判的に流され続け、障害者や周りで共に暮らしている方々が、二重三重のショックを受け、多大なる不安がもたらされました。
私たちは、犯人の思考の徹底した誤りとともに、ヘイトクライムにあまりに甘い日本社会のあり方にも正面から向い合い、すべての命を守り、差別的思考のもとでの殺人を肯定する一切の発想に立ち向かわなければなりません。

もちろん多くの障害者団体からいち早くこうした点を踏まえた声明が出され、報道の中でも問題を深く掘り下げたものも出てきています。
それぞれの現場で、問題と正面から取り組んでいる人々の懸命な努力が伝わってきて共感します。
しかしそれらもまた、今回の事態が、障害者やマイノリティへの蔑視という社会的風潮、現代社会の過てる価値観の中で起きていることへの危機感に基づいたものが多いと言えます。

その中の一つに、東京新聞の「こちら特報部」の誌面に7月30日付で載った記事があります。障害者の娘さんをお持ちの最首悟和光大名誉教授へのインビューで構成されたものです。有料記事ですので、一部のみ紹介します。
記事のタイトルは「相模原殺傷 植松容疑者の「正気」と闘うために」「「社会の敵排除」の確信犯」「広がる「生産能力ない人は無価値」です。冒頭に最首さんが事件の一報を聞いて「ついに来たか」と思ったことが載せられています。
その上で最首さんは犯人を「生産能力がない者は『国家の敵』や『社会の敵』であり、そうした人たちを殺すことは正義だと見なす。誰かが国家のために始末しなくてはならないと考えている。確信犯だ」と指摘しています。
そしてその発想が、社会の水面下にあったがゆえにでてきたのではないかと問うています。

これに応えて特報部は次のような指摘を行っています。
「こうした指摘を容易に否定できない社会的素地がある。1999年9月、当時一期目だった石原慎太郎都知事は重度障害者施設を視察後、「ああいう人(入所者)ってのは人格があるのかね」と発言。だがその後、四期途中で国政に転身するまで当選を重ねた。」
また今回、被害者の名前が伏せられていることへの最首さんの次の言葉を紹介しています。
「健常者なら通常、発表して、悲しみを共有する。だが今回は公表すれば、犠牲者を知る周辺で『(あの人なら)仕方がない』という反応が出ることを恐れているのでは。だがそれは障害者が人間ではない、人間から外れていると見なすことにほかならない。」

非常に重要な指摘だと思います。
石原慎太郎元都知事は、他にも数々の差別的発言を行ってきましたが、このような障害者の人格を否定する発言を行っても知事であり続けました。それどころかその後に橋下氏率いる「維新」と合流し、政党の共同代表にもなりました。
ここにこそ大きな問題があるのです。これほどの差別発言を行ったものが、知事であり続けてしまい、なおかつ政党の代表に収まったりしている。それはこの日本社会が障害者差別への批判があまりに弱い社会であることを物語っています。

だからこそ、多くの障害者やその周りにいる人々が常に社会に脅威を抱かざるを得ないのが日本社会です。そしてその社会の中で障害者と周りの人々が重圧を感じているがゆえに、殺害された方々の名前すらが公表できない酷い状態がこの国の中にあるのです。
失われたそれぞれの方の個性が紹介され、多くの人々が涙を流し、痛みをシェアしてこえようとするという、通常の死亡事件などでは辿られるプロセスが、抹殺されてしまっています。
遺族の方たちは誰と悲しみをシェアし、嘆きや苦しみを語り合い、痛みを越えていけば良いのでしょうか。名前をすら公表できない苦しみを、私たちはもっともっと敏感に受け止めるべきだと痛切に思います。

しかも今回の事件はこうした脅威をさらに格段に高めました。だからこそ最首さんも「ついに来たか」と感じられたのだと思います。
だとするならば、反対に今回の事件をきっかけに、私たちは、障害者の人権を守る意識の低いこの社会、ないし私たち自身の意識の遅れを改善するための奮闘を何倍にもすることを互いに決意しあうではありませんか。
それはまた私たち一人一人の人権を尊重することそのものとしてもあります。誰かが不当に落し込められる社会では、いつなんどき自分がその立場になるか分からない。だから被害を受けている人々の人権を守ることは自分の人権を守ることそのものなのです。

その際、私たちは「生産能力ない人は無価値」という発想が、現代日本社会だけでなく、近代社会全般を覆っているものでもあることをしっかりと見据えておく必要があります。
この発想は「生産を右肩上がりで発展させていく」ことに最大の価値を置くこの社会こそが生んできたものです。生産力主義ともいうべきものです。
しかも1980年代以来の新自由主義の台頭のもとで、生産性をあげるための「効率化」が繰り返し叫ばれ、「生産性の低い」あり方、あるいは「生産力の低い」人々が、職場で批判され、権利を切縮められ、はては排除されることが強まってきてしまいました。

このもとで、社会の生産性はどんどんあがっているのに、その成果であるはずの富の分配の格差もどんどん広がり、億万長者が増える一方で、人類史上、もっとも生産力の高まっているこの時代に、その日暮らししかできない大量の人々を産み出してきたのです。
そのこと自身が人々の間に分断と対立を作りだし、嫉妬や怨嗟など、さもしい感情も掻きたて、差別心がさらに拡大する土壌となってきました。
この極端な生産重視のあり方、あるいは「効率」重視のあり方と対決すること、「生産」だけにまとを絞った歪んだ「能力主義」で人を差別し、分別してきた近代世界の価値観の限界と向かい合うことが私たちの課題です。

その点で、今回の問題も、原発の問題、戦争の問題と根っこで深くつながっていることも私たちは見据えておきましょう。とくに原発は生産力主義や効率主義の一つの権化のようなものです。
ともあれ「ビッグなパワーを持ちたい。そうすれば何でもできる」という発想がその基軸にあるからです。しかもビッグなパワーとは常に他者、他国、他民族との比較によるものです。より大きな力で他者よりも優位にたつことばかりが目指されてきたのです。
このもとで自由競争のもとの蹴落としあいこそが人を成長させるというまったく誤まった幻想が広げられてきました。人間的愛、慈しみ合い、協働など、人間社会にとってのもっとも重要な要素が脇に追いやられてきました。

この流れを逆転させましょう。そのためにも障害者の人権を守り抜きましょう。先にも述べた如く、そのもとで私たち一人一人の人権がより守られるようになります。
その意味で私たちは、障害者のためにというよりも、障害者を含んだ私たち全体のためにこそ、努力を振り絞る必要があります。
差別と暴力、殺人の流れに対して、人間的愛、慈しみ合い、優しさ、温かさを対置し、この世を真に豊かなものにするための奮闘を続けましょう。

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守田敏也 MORITA Toshiya
[blog] http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011
[website] http://toshikyoto.com/
[twitter] https://twitter.com/toshikyoto
[facebook] https://www.facebook.com/toshiya.morita.90

[著書]『原発からの命の守り方』(海象社)
http://www.kaizosha.co.jp/HTML/DEKaizo58.html
[共著]『内部被曝』(岩波ブックレット)
https://www.iwanami.co.jp/cgi-bin/isearch?isbn=ISBN978-4-00-270832-4

 

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