『エリック・ホッファー自伝~構想された真実』
これは、「沖仲士の哲学者」として知られる(恥ずかしながら、私は、知りませんでした)
エリック・ホッファーの自伝です。
ドイツ系移民の子として生まれたエリック・ホッファーは、母親に抱かれたまま階段から落ち、
それが元で母は死亡。同年、失明。5歳だったそうです。
十五歳で突然視力を取り戻しましたが、二年後、唯一の肉親である父親が死亡。
少年は、路上で寝ることが出来る暖かい場所が良いと、カリフォルニアに移ります。
それからは、あちこち転々としながら、鉱山夫、農業労働者、港湾労働者として、社会の
基底をわたってきたというエリック・ホッファー。
視力が回復した少年が、また、いつ目が見えなくなるかもしれないと、一日に十何時間と、本を読み
あさったという話。
労働し、お金がたまると、図書館に通い詰め、片っ端から専門書を読んでいったという話。
そして、とうとう、学者に助言する程の知識を得てしまうという話。
その才能を見出され、研究所で働くように勧められたにも関わらず、また、季節労働者として
旅にでることを選ぶ話。
その人生は、全く、信じられないことばかり。
「知への探求」「生きるということ」
そのことを、深く、深く考えました。
本を閉じた後、
学ぶって、こういうことなんだということを、見せ付けられたような想いで、一杯になりました。
労働についても同じく。
労働に必要なのは、やりがいではないという彼の考え方に対しては、色々な意見があるかも
しれないけれど、たしかにと、頷いてしまったのでした。
彼の言葉一つ一つが、大きく波打って、迫ってくるようでした。
なんと力強い言葉。
この力強さこそ、今の時代に必要なもの(失くしてしまったもの)かもしれません。
とにかく、その力強さに圧倒され、その言葉に、心が、大きく揺さぶられ続けた一冊でした。
哲学って、詩のようだと思ったことがあります。
その言葉の中に身をおくことが、なんと心地よいか。(たとえ、意味がわからなくても!)
そして、本を開いたところに、必ず、自分の必要としている言葉が見つかるのです。
高校の時、哲学が一番好きな教科だったことを思い出し、そういえば、久しく、哲学に触れる
機会がなかったなあと気が付きました。
他の著書を、是非、読んでみようと思います。
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今日は、一日、娘は、パパとパパの実家にお出かけ。
風邪ひき・テスト前の息子と二人、お家で、ぬくぬく。嬉しいな。
編み物、読書、ケーキも焼こう!と、よくばっています。
(大抵、一つしか出来ませんが)
哲学と詩の話。
同じように感じてくれる方がいて、嬉しいです♪
昔、哲学が好きだった若い頃、哲学書に書かれて
いることを理解しようと、やっきになって、何度も
繰り返し反芻し、そのうちに、それが、ただの
言葉のリズムになって流れ出すのを、何度も体験しました。
まあ、理解できない頭が悪いんですけど(笑)
でも、それでも心地良くてね。大好きでした!
ぱせりさんのおかげで、あの頃の快感を思い出しました。
必ず、ホッファーの別の本も、読もうと思います。
他にも、面白そうな哲学書をアマゾンで見つけたし(ふふふ)
ぱせりさんのおかげで、読書の幅が、ぐんぐん広がっています。
最近は、メーターの方の「読みたい本」までチェックしてますよ。
それでね、次は、「アラスカ…」なんです!あー。嬉し。
ホッファーさんの言葉は難しいことばはひとつもなくて、一言一言に力があって、ほんとに揺さぶられ、圧倒されました。すごい人ですよね。
働くこと、学ぶこと、生きること・・・それから勇気のこと。たくさんの忘れられない言葉があります。
>哲学って、詩のようだと思ったことがあります。
こももさんのこの言葉、とってもとっても素敵です。
わたしは哲学って難しくて敷居が高い、と思って敬遠していました。でも、エリック・ホッファーのこの本はほんとに「詩」という言葉がぴったりですね。
詩みたい、と思いながら哲学に向かいあえたら・・・
小川洋子さんの「博士の愛した数式」を読みながら、「数学は美しい」ということに目から鱗の大発見だと思ったみたいに、
哲学、小難しい学問、ではなくて、詩みたいに包み込み沁みてくる学問、と思えたら、自分の受け入れが大きくなりそうな気がします。