ルンバ=基本的な手順=2022ロシアチャンピオンシップアダルトラテン語の編集
英語の「priceless(プライスレス)」は「金銭に換えがたいほど貴重な」という意味。クレジットカードのCM映像が記憶に残る▼子連れの夫婦がみやげを買って実家に向かい「父に気に入りの地酒、七千円。母にカシミヤのショール、二万円」とナレーションが語る。孫を笑顔で迎える父の映像とともに「いちばんのみやげ、プライスレス」。そして、続く。「お金で買えない価値がある。買えるものは○○カードで」▼驚くほど高額な支払い命令が出た。東日本大震災の原発事故で東京電力に損害を与えたとして、株主が旧経営陣に東電への賠償を求めた裁判で、東京地裁判決は津波対策を先送りしたなどとして四人に計十三兆円超の支払いを命じた。単純に割れば一人三兆円超▼判決確定なら、分割払いでも納付は厳しそうだ。各人が破産し全額確保できない可能性も原告側は織り込み済み。弁護士は支払い命令自体を「懲罰みたいなもの」と評した▼判決が認めた東電の損害額の過半は、避難などを強いられた住民らへの賠償。穏やかな日々という本来はプライスレスなものを毀損(きそん)したから、巨額になったのだろう▼「買えるものは○○カードで」のコピーは、金に換えられる品やサービスを扱い、そうでない価値には累を及ぼさぬ商売の道を示している気がする。そもそも原発は商いになじむのかと考えてしまう。
米大リーグにはルールブックにはない「ルール」がある。本塁打を打ってもはしゃぎすぎないなど相手へのエチケットのようなものだろう▼有名なのは大差がついた試合での「ルール」。打者はボールスリーのカウントからバットを思い切り振ってはならないらしい。盗塁もご法度。もはや勝敗は分かりきっているのだから、必要以上に相手に恥をかかせるようなことはしてはいけないという考えによる▼わせがく0−千葉学芸82。夏の高校野球千葉県大会のスコアに驚かれた人もいるだろう。これほどの大差となると、負けている方はふてくされたくもなろう。恥をかかされている気にもなるか。それでもあきらめずに戦い抜き、試合(五回コールド)を終えた、わせがくに拍手を送りたくなる▼通信制の高校で練習は週一回。野球部員のほとんどが他の部活と掛け持ちだそうだ。打たれた安打は五十一。本塁打は十七本。「それでも野球が好き」「またやりたい」。試合後のわせがく選手のコメントにうれしくなる▼大リーグの「ルール」ではなく、最後まで手を抜かなかった千葉学芸も立派。大差をつけてもなお全力で戦うことで相手に敬意を示したのだろう▼スコアボードを見るとわせがくは四回だけは1点に抑えている。手加減なしの相手だからこそ1点に抑えた回もあったという事実が光る。こういうナイスゲームもある。
十六代米大統領のリンカーンがひげを生やしたのは、一八六〇年の大統領選挙の直前だそうだ。十一歳の少女がリンカーンに手紙で助言した。「ひげを生やせば、やせた顔が立派に見えます。そうすれば大統領になれます」。ひげを生やしたリンカーンは当選した▼ひげはともかく、人柄が有権者にどう映るか。それが選挙戦に大きな影響を与えることは間違いない。自民党を率いる岸田首相は国民にどう映ったか。昨日投開票の参院選は自民党が勝利を収めた▼ウクライナ情勢や経済運営などかじ取りの難しい時代にあって有権者は自民党主導の政治を今変えることには慎重になったか。安倍元首相が撃たれ、亡くなるという出来事も自民党への同情を誘ったかもしれぬ▼大胆に勝因を分析すれば岸田さんのイメージも大きかろう。この人には立派に見えるひげはない。あくまで印象の話だが、決断力があるようにも見えず、失礼ながらどこかおどおどしている印象すらある▼それが魅力的に映る。この人なら、強引なことも独善的な判断もしまい、武張った自民党をなだめてくれるかもと思わせるところがある。優柔不断のその顔に奇妙な安心感を覚えるとは言い過ぎか▼「聞く力」を掲げる首相だが、少女の手紙をまねるなら生やしてほしいのは国民の意見を聞く感度の高い「耳」である。独断のひげでもいかめしい眉でもない。
金子光晴の「戦争」という詩がある。<敵の父親や/敵の子供については/考へる必要は毛頭ない。/それは、敵なのだから。>−▼敵の命や事情に対する想像力を根こそぎ奪い、互いに血を流し合う。それが戦争のこわさだと言っている。相手は敵。かまうことはない。やってしまえ。それがおそろしいのだと▼<考へる必要は毛頭ない>。詩の冷酷な一節が頭から離れない。安倍晋三元首相が演説中に銃で撃たれて亡くなった。六十七歳。昨日は穏やかな日だった。七月の明るい空。それが昨日までの日本の空だったとすれば、あの銃声を合図に突然、真っ黒な雲が空を覆いつくした、そんな気になる。政治家が撃たれ、亡くなる。これが日本の現在なのか。うめく▼撃った男は元首相への不満があったと供述している。不満。それは言葉で表明すればよい。批判すればよい。不満のある政治家を「敵」と見なし<考へる必要は毛頭ない>と銃を放つ。それでは問題は解決しない。そして、いたずらに命が奪われた▼銃は手製だった可能性がある。「敵」に対する途方もなく大きな憎悪を感じる。えたいの知れない憎悪を育てたものの正体を知りたい▼「戦争・暴力」の反対語は何か。「平和」ではなく「対話」だと経済学者の暉峻淑子(てるおかいつこ)さんが書いていた。対話、言葉ではなく無言の銃が発射された。撃たれたのは民主主義である。
「鬼ごっこ」について詩人のアーサー・ビナードさんが書いていた。米国では「タグ」というそうだ。「タグ」と聞けば荷札を連想するが、触れるという意味があり、相手にタッチすると鬼が入れ替わることから、そう呼ぶのだろう▼それでは鬼ごっこの鬼はなんと呼ぶか。デビルでも、モンスターでもなく、ただ、「IT(それ)」という。「おまえがそれ」「それは誰なの」。あいまいな呼び方の分、鬼よりも、おそろしい気がする▼「タグ」という言葉に鬼ごっこを思い出したが、そんな「荷札」をつけられては「IT」も泣く。愛知県警豊田署の警察車両にアップルの紛失防止用機器「AirTag(エアタグ)」がひそかに取りつけられていたという。何者かがマフラーに仕掛けたとみられる▼財布につけておけば、たとえ見失っても、スマートフォンでどこにあるかが分かる。そんな便利な道具も警察車両につけられたら…。尾行や張り込みは刑事ドラマでおなじみのシーンだが、エアタグによって刑事の方が見張られているようなものだろう▼「どろけい」という鬼ごっこがあった。今の子どもたちもやっているのか。ドロボウ役を刑事役が追っ掛けるので「どろけい」▼「けい」の方は今後、タグがついていないか入念な車両点検が必要となる。タグで動きが筒抜け。それでは子どもの鬼ごっこも捜査も成り立つまい。
ローマ帝国の皇帝ネロは夏のある日、足の速い奴隷を選び、こう命じた。アルプスまで行って氷と雪を解かさずに持ってまいれ。奴隷が必死の思いで運んできた氷にネロは乳やはちみつ、バラの香りのする水を加えて食べた▼イタリアの氷菓子ジェラートはこうして生まれたと、洋菓子に関する本の中にあったが、あくまでも伝説の域を出ない話らしい。同じアルプスの氷を欲しがる暴君の話でも、こっちは紛れもない真実だろう。暴君の名は気候温暖化という▼イタリア北部のドロミテ山系のマルモラーダ山。氷河の崩落によって雪崩が発生し、少なくとも七人が亡くなっている。あっという間に斜面を滑り落ちてくる雪と氷の白い煙。現地映像に背筋が冷たくなる▼事故の前日、山頂付近の気温は一〇度。標高三千メートルを超えるマルモラーダ山周辺では記録的な暑さだったそうだ。高い気温が氷河の構造をもろくし、雪崩を起こした可能性が指摘される▼気候変動の影響によってアルプスの氷河は一八五〇年当時と比べ、既に半分が失われたという研究データがある。しかも、その暴君、近年はさらに乱暴になっており、氷河を食べるスピードを上げているという▼ネロの食した氷菓子の名はウソかまことか「ドルチェ・ヴィータ」というそうだ。「甘い生活」。アルプスの氷河を遠慮なく奪っていく気候変動には苦みしか感じない。