日本では、冬の風物詩に駅伝やマラソンがあります。その駅伝でも、箱根駅伝は特に注目を集めています。最近は、5区と6区の山登りや下りの走りが、鍵を握ると言われているようです。「箱根では『山神』が出てきて、逆転劇が多くなってきました。当然、この区間の練習が注目を集めます。一般に箱根の強豪校は、長距離の練習においても、区間の地形や気候を考慮して練習をします。山登りの選手たちは、夏頃から平地組とは別にチーム編成をして、霧ヶ峰高原などの高地で合宿をします。夏の合宿でアップダウンの練習をしながら、9~10月頃から山登り専門の練習に入ります。もう一つは、下りの走りです。箱根の下りでは、ブレーキをかけてはいけないのです。ブレーキをかけると、足にマメができてしまい、走れなくなるケースがでてきます。このようなことを考慮に入れて、年間の練習を行ってきたわけです。でも、ここに来て、重要なアイテムが出現しました。それは、シューズです。今回は、マラソンや駅伝に使用するシューズのお話しになります。
あるトラック競技の選手が、「クッション性を高くして欲しい」とシューズメーカーに要望しました。クッション性を上げると、足の可動範囲が広がります。足首の柔らかい選手がクッション性の高い靴を履けば、ストライドは必要以上に伸びます。この選手は、その優位性をクッション性の高いシューズに求めたわけです。でも、ストライドが必要以上に伸びると、着地が「ブレ」て、腰に体重が乗らずスピードも出ないという短所もでてきます。その選手はもともと、左右の足首の硬さの違いから右足と左足で可動範囲が違っていました。可動範囲が違っていたために、右の歩幅が1.5mで左は1.6mだったのです。右の歩幅が1.5mなのに左は1.6mでは、左回りのトラックをスムーズに走れるわけがありません。実際、本人もトラックの試合では全然結果が出せないといっていました。足のバランスは、5対5が理想です。走りの技術を抜きにして、シューズのクッション性だけを追究しても走力の問題は解決しないようです。年間の練習を通して、自分にあった練習法を工夫し、練習にあったシューズを使用することになります。
箱根駅伝に出場するレベルの選手になれば、何足かのシューズを使用しています。一般てきには、トレーニングシューズ、コンデショニングシューズ、レースシューズと最低3足は使うようです。トレーニングシューズは多少重くても耐久性があるものが適しています。このシューズは、疲労感をあまり感じることなく走れるものが適しています。さらにゆっくり走るために、ジョギング専用のコンデショニングシューズがあります。ジョギング専用は、フォームを再調整する効果があります。このシューズは、ソールが薄く路面の接地感覚を直に感じられるものになります。ジョギング専用は、着地の意識が高まるごとでおのずと走りの全体的なバランスを整えることに重点がおかれます。このシューズは、反発力がないのでより強く蹴り出す練習ができるのです。最後のレースシューズは、本番用の最も速く走れるものになります。本番用は、軽量の厚底カーボンシューズを使う選手が多くなります。
2016年以前まで、ランニングシューズは軽量な薄底が主流でした。2017年に、ナイキが厚底シューズを市場に投入し、この薄底の構図が一変しました。厚底シューズは、足の負担を抑えるクッション性と足を前に進める推進力を両立した構造が評価されたのです。2020年の箱根駅伝では、ナイキの厚底シューズを履いたランナーが、10の区間のうち9つの区間で、区間賞を獲得しました。2021年は、箱根駅伝のランナーが履くシューズがほぼナイキの独占状態でした。2023年の箱根で総合優勝した駒沢大学は、1~10区の全走者がナイキの厚底シューズでした。ナイキの厚底シューズが、マラソンや駅伝大会に衝撃的な進出を果たしたわけです。でも、2024年の箱根駅伝は、ナイキのシェアは40%台となり、アシックスとアディダスが迫る構図になりました。ロードレースの記録ラッシュの背景にあるのが厚底シーズをめぐるメーカーの開発競争が始まったともいえます。この開発競争は、世界のマラソン界にも波及しています。
マラソンの世界記録も日本記録も、シューズの技術開発が大きく貢献しているようです。シューズは、選手のパフオーマンスを上げる重要なアイテムになります。レースの勝敗や記録について分析するのに、シューズの影響は無視できない状況になってきました。世界では、2023年に男女とも驚異的な世界記録が生まれています。2023年10月、シカゴマラソンが米国の当地で行われ、ケルビン・キプタム(ケニア)が2時間0分35秒の世界記録を樹立しました。彼は、ナイキのシューズを使用しています。悲しいことですが、彼は交通事故で無くなりました。 また、エリウド・キプチョゲ(ケニア)は、五輪を連覇中の最強ランナーになります。彼は、ナイキの厚底の象徴ともいえるマラソンランナーになります。2023年9月のべルリン大会で、で女子のテイギスト・アセファ(エチオピア)が2時間11分53秒で優勝しました。彼女の記録は、従来の記録を2分以上も上回るものでした。この世界記録は、アディダスが投入した最新の軽量厚底シューズから生まれています。大阪国際女子で、前田穂南が2時間18分59秒で走り、19年ぶりに日本記録を更新しています。前田選手の走りを支えたのは、アシックスの厚底でした。21歳の大学生、平林清澄(国学院大)が初マラソン・日本最高、歴代7位で優勝しました。初めてマラソンを走った大学生が、歴代7位の記録を打ち立てたのです。平林選手が履いていたのもテイギスト・アセファとは別タイプですが、アディダスのシューズでした。
選手のパフォーマンスを引き出すシューズですが、問題もあります。それは、ランニングシューズの価格が急上昇していることです。シューズメーカーが厚底でクッション性と反発力を高めた高額の製品を出し、価格が上昇しているのです。年10回ほどマラソンレース出場する男性(49)は、8月、ナイキのシューズ価格を見て驚きました。5月に同じ商品を買った時は、2万9千円だったのですが、それが3万5千円に値上がりしていたのです。ナイキの最新モデルとなる厚底「ヴェイバーブライ3」は、2023年9月時点で1足3万5750円になりました。最新技術を投入した厚底シユーズが増え、店舗で扱う商品の価格は平均2千~5千円上がる状況が生まれています。アシックスは今年、国内主力モデルの価格を2022年に比べて、2200円ほど値上げしています。日本で販売されるランニングシューズは、ほとんどがベトナムなど海外で製造されています。海外で作られた商品は、円安で輸入費がかさむ状況になっています。2022年以降は、為替相場の円安進行や原材料高で価格はさらに押し上げられています。この高価な厚底シューズは悲しいことですが、製造された日から劣化が始まります。5月にナイキのシューズを買っても、9月には新しいシューズを買わなければ、厚底シューズの機能が十分に生かせないことになります。蛇足ですが、トレーニングシューズ、コンデショニングシューズ、レースシューズを、上手に履き替えることが求められます。自分の懐事情とレースへの目標、そして練習状況を勘案し、最適解を見出しながら3種類のシューズを使うことになります。
最後になりますが、シューズが合うか合わないかは、人の健康に深く関係してきます。足指の蹴りが、足裏からふくらはぎ、太ももや上半身までの筋肉へ力を円滑に伝えることで円滑なウオーキングやランニングができます。サンダルなどのかかとが抜けるシューズを履くと、足の指が靴の中で靴をつかむような動きをします。靴をつかむような動きでは、足指の「蹴る」という動作ができなくなります。正しいランニングやウオーキングにならないで、健康に悪影響を及ぼすことになりかねません。もちろん正しいランニングやウオーキングは、健康の予防の分野で大きな効果を発揮します。有名選手の履いたシューズだから、自分に合うわけではありません。そして、健康を確実にもたらすわけでもないのです。トップレベルの選手以外のランニング愛好家の場合、長く安全に履けるシューズが良い選択肢になるようです。多少重くても衝撃吸収力が高く、かつ耐久性の高いシューズがお勧め品になります。故障リスクを低くするためには、耐久性の高いシューズが良いということです。もちろん、次の高いレベルに挑戦する方は、3つのシューズを使い分けて、レースシューズの性能を最大限生かしながら、良い結果を出すことも、ランニングの楽しみになります。もっとも、挑戦する方は、妥協することなく頼れる相棒(シューズ)を選んで、記録に挑戦することも選択肢になります。