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吉野ヶ里の時代と古代ローマ時代 / ことしのGWは 番外3

2011-05-21 | Diary
塩野七生の「ローマ人の物語」を読んだので
古代の頃の遺跡を見ると古代ローマ時代のどのあたりか
といったことを考えてしまいます。

弥生時代中期が紀元前2世紀から紀元1世紀
吉野ヶ里遺跡の最盛期に当たるのが
紀元1世紀から3世紀の弥生時代後期です。

これを古代ローマ時代に当てはめると
カエサルが生きていたのが紀元前100年(102年)から紀元前44年ですので
日本の弥生時代中期となります。

2世紀は五賢帝の時代。
3世紀となると皇帝カラカラや蛮族の侵入により
ローマ帝国の衰退が見られ始め
キリスト教の台頭が明らかになるころ。

展示室で吉野ヶ里の人たちの復元人形を見ると
それまでイメージしていた弥生時代の人間です。
衣服も布を巻きつけたような簡素な着物です。

一方、ローマ帝国の人びとは、いまでも残る宮殿や彫刻などで
見る限りでは、ちゃんとした服装ですよね。
もちろん位の高い人なのですけどね。

カエサルは「ガリア戦記」を書いたことで
またそれが現代まで残ることで
紀元前の人々の生活や考えまで知ることができます。

弥生人は言葉を持っていたのだろうけれど
それが文字として残っていない(?)からなのか
実際にどのような生活や政治がされていたのかが分からない
ということは大きいですね。

吉野ヶ里が邪馬台国である可能性もある
といっても魏志倭人伝の様子に近いから
というわけで、いまだに特定できていないのは
日本側で記された記録がないから。

現存する日本最古の書物である古事記が
712年に書かれていることを考えると
3世紀頃に文字を使って記録をしていたとしても
おかしくはないと思うのですが。
書かれたものが残っていないというのは残念ですね。

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