梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

軍兵の衣裳について

2005年11月19日 | 芝居
今月私が『熊谷陣屋』の<軍兵>役で着ている衣裳は、玉子色(鮮やかな黄色)の着付けに茶と白の横縞のたっつけ袴(足首と膝下を紐で結ぶかたちのもの)。わりあいと派手な色合いですね。着付けには、二本の白い筋模様が、胸元から袖口にかけて通っております。背中の方も同様で、この模様を<二引き(にびき)>と申しており、我々の中では、「二引きの軍兵」と聞けば、ぱっとそのビジュアルが頭に浮かびます。筋の色が黒になる場合もありますが、時代物に出てくる<軍兵>といえば、まずこの扮装になることが多いです。
『熊谷陣屋』では陣床几や敷皮を運んだりするだけの<軍兵>ですが、様々な演目で、立ち回りのカラミとして<軍兵>が出てくる場合がございますね。そういう時の<軍兵>の衣裳としましては、先にあげた<二引き>の他に、緑の地に白く唐草模様を描いたものもございます。この<唐草>の衣裳の場合は、まず袴をはくことはございません。先ほどの<二引き>でも袴をはかないことがありますが、そのさいは、赤無地、あるいは赤地に黒で素網(すあみ)模様を描いた「紐付き(ひもつき)」をはくことになります。またこの他に、めったに使われることはありませんが、赤みの橙色の地に、白で六弥太格子を描いた着付けもあります。
<二引き><唐草>、ともに歌舞伎独特のデザインであって、多分に誇張された意匠ですが、<唐草>の方が、<二引き>よりもおおらかで古風な趣きになり、<二引き>の中でも、袴をはかない方が古風になります。逆に写実な<軍兵>の衣裳となりますと、<ゴブラン織り>の生地で仕立てられた深緑の着付けと袴に、俗に「スルメ」といっている革でできた薄っぺらな鎧と具足をつけるという衣裳もございます。

<軍兵>が出てくる立ち回りがある演目といえば、『義経千本桜』の「鳥居前」や『ごひいき勧進帳』の「安宅新関の場」、『嫗山姥』、『義賢最期』、『土蜘』などが代表的ですが、「鳥居前」では、袴をはいた<二引き>になるときと、紐付きをはいた<唐草>になるときの両方があり、『嫗山姥』では、<軍兵>ではなく<花四天>になる場合もあります。<軍兵>になる時は、袴をはいた<二引き>です。『義賢最期』は、必ずゴブラン織り。同じ扮装でも『盛綱陣屋』に出てくる役名は<盛綱の臣>です。

…こうしてみますと、衣裳の柄が与える印象と、その演目の雰囲気が、ぴたりと合っていることに気づかされます。<軍兵>は、様式的な演技演出となる時代物の演目に多く登場するのですが、その中でも、古風さが必要なのか、あるいは写実になったほうがよいのか、先人たちが工夫して、選択してきた結果が、今日まで伝わっているのですね。
逆に言えば、衣裳によってその場の雰囲気も変えることができるというわけで、舞踊劇である『土蜘』のカラミに、以前お話ししました<四天>ではなく、<二引きの軍兵>が選ばれたのも、先人の工夫の成果なのでしょうね。

ついでながら、<唐草>、あるいは袴をはかない<二引き>の衣裳の時は、化粧も変わることがあります。目尻を下げるように隈をとり、鼻の下に、うすい青色でチョビひげ状のものを描くのです。これも、古風さを出す工夫なのですが、場合場合で、したりしなかったり変動がありますので、あくまでご参考程度に…。

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