梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

梅之読書日記 盛夏の号

2006年08月10日 | 芝居
久しぶりに、一日自宅でのんびり過ごすことができました。
少々チケット事務や結婚式のお礼状書きなどもいたしましたが、ほとんどオフ・モード。DVDで映画を観たり、家内と散歩がてらの買い物に行ったり。頭も体も十分休めました。

とりたてて書くほどの出来事もなかったので、久しぶりに<梅之読書日記>と参りましょう。ここ数ヶ月で読んだなかからご紹介いたします。

サイモン・ウィンチェスター著『博士と狂人 世界最高の辞書OEDの誕生秘話』 ハヤカワ文庫

世界最大、最高の英語辞典『オックスフォード英語大辞典』が、七十年の歳月をかけて完成した陰には、一人の言語学者と、独居房に閉じ込められたある精神病患者の殺人犯との、数奇な出会いと奇妙な協力なくしては成り立ち得ない膨大な作業があった…。
二人の波瀾万丈の生涯に克明に迫るノンフィクション。辞典編纂という地味~な世界なのに、もうハラハラドキドキしてしまいました。独房の中で病からくる幻覚、妄想、強迫観念に苦しみながら、それでも唯一理性を保てる<言語研究>に没頭する精神病患者の描写には、痛々しく、切なくなりました。

保阪正康著『陸軍省軍務局と日米開戦』 中公文庫

<戦争を避けるため>に誕生した東条英機内閣。しかし日本は、内閣成立から二ヶ月後、対英米戦に突入しました。その劇的な二ヶ月間を、陸軍の中枢部である軍務局の人々の視線で描いたドキュメントです。保阪氏の、調べに調べぬいたうえで綴られる、公平な視点から見た昭和十六年のその日そのとき。改めて、当時の政治と軍事の悲惨な関係、節操のない情報操作には憤りを感じます。もうすぐ終戦記念日です。もう一度、自分の頭で太平洋戦争というものを考えてみたいと思います。

草薙厚子著『少年A 矯正2500日全記録』 文春文庫

神戸児童連続殺傷事件で、その<心の闇>が取りざたされた、少年A。先年仮退院した彼が、七年間の医療少年院での日々でどう変わったのか、本当に彼は更生したのか…。元東京少年鑑別所法務教官の著者が、少年Aの極秘「更生プロジェクト」を初めて明らかにした力作です。事件当時のことは今でもよく覚えておりますが、そのとき知ることができなかった、少年Aの生い立ち、生活、性的嗜好まで、ことごとくをとりあげ、分析を試みてゆく箇所もさることながら、閉ざされていた彼の心が、数々のトレーニングと、教官や医師、看護婦の、綺麗ごとではすまされない、修羅場ともいえる教育現場のなかで開かれてゆく、その過程に感動しました。

町田康著『屈辱ポンチ』 文春文庫

変わって小説から。成り行きで跋丸(ばつまる)へ復讐することになった<自分>と帆一。思いつく限りの嫌がらせを試みるもことごとく失敗。<自分>の生活は妙な方向へ流れはじめて…?
町田氏独特の文章のリズム感、洒落のめし、破天荒な展開に心ゆくまで酔える作品です。併録の『けものがれ、俺らの猿と』も、見事なまでに脳みそをかき回してくれます!

倉橋由美子著『よもつひらさか往還』 講談社文庫

主人公の<慧>君は、名前も知らないクラブのバーテンダー、九鬼さんが作るカクテルを飲むたびに、異界へと誘われます。雪女や鬼女と契りを交わし、海上の楼閣に遊び、雪の宮殿に時を過ごします。そして味わう無上の快楽。法悦にも似た感覚に我を忘れるのもつかの間、気がつけば現世に舞い戻る…。
古今の文学に造詣が深い作者だけあって、漢詩、謡曲、ギリシア神話をモチーフに、縦横にストーリーをふくらませた、<フワフワ感>満点の連作短編集。品があって、大人で、洒落ていて…。倉橋女史の文章は素敵ですね。

最後にマンガからということで、これは最近評判なので皆様よくご存知と思う、ほしよりこ著『きょうの猫村さん 1・2』(マガジンハウス)と、先月発刊された水木しげる著『水木しげるの ニッポン幸福哀歌(エレジー)』(角川文庫)。とくに『猫村さん』には大いに癒されました。猫が普通に日本語喋って家政婦してるのに、なんで違和感ないのかな。鉛筆一本で描かれた<ゆるーい>感じがいいのでしょうか。水木しげる大先生の最新刊は、昭和42年~44年にかけて雑誌に連載された短編集を、はじめて一冊に完全収録したというもので、これは珍しい! 随所に当時の日本に対する皮肉がちりばめられておりますが、内容はちっとも古くない。改めて、今のマンガにはない魅力を堪能しました。

先月の通勤中には、萩尾望都さんの作品をあらためて読破。『スター・レッド』や『海のアリア』『Marginal』に、今まで気がつかなかった魅力を発見したのも嬉しかったですが、やっぱり僕は『ポーの一族』だな…。

これからしばらくは、ゆっくり読書はできないかもしれませんね。