梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

曖昧にして申し訳ありませんでした。

2006年07月24日 | 芝居
お陰様で本日無事に千穐楽の舞台を勤めることができました。長かったようでもあり、あっという間だったようなひと月でした。

ひと月の公演を終え、皆様にお伝えしたいことがございます。
普段ですと、その月勤めさせて頂いているお役をお知らせして、日々反省やら苦心談やら、色々と書き連ねているところですが、今月に限りましては、私自身のお役のことは、ほとんどお話しいたしませんでした。
今月私は『毛谷村の場』での、京屋(芝雀)さん演ずるお園のクドキにからむ<忍びの浪人 直方源八>というお役を頂戴いたしました。皆様よっくご存知かと思いますが、義太夫に合わせて、京屋さんと一対一で数分間の立ち回りを演じるお役です。
数度のトンボも含め、色々な技巧を使い、また、花四天や若い者といった普通のカラミ以上に芝居心を要求される、大変なお役で、たくさんの場数を踏んできた、ベテラン方が勤めるお役。名題さんが演じたこともあるくらいのものでございます。

そのようなお役を頂戴した私ですが、実際のところ、立ち回りの経験は浅い、技巧は未熟、芝居心も満足に表現できないまったくの若造です。お役が要求する諸々の条件を、ことごとく満たしていない私が、このお役を演じてしまうということは、これまでこのお役を演じてこられた数多くの先輩方に失礼なのではないか、まだ早すぎるのではないか、それよりなにより、ひと月の公演を無事に勤めおおせることができるのか。このお役が決まった六月中旬から、今月の初日があくまで、本当に本当に悩みました。
このお役を過去何度も演じてこられた大先輩に、先月中からお稽古をお願いし、お忙しい中長時間ご指導を頂いたうえで初日を迎え、公演中は一座している他の先輩方から、連日のようにダメだしを受けました。今日の夜の部はこうしよう、明日はああしようと、挑んではしくじり、試してはやりそこなうことばかりでしたが、それでも数をこなすうちに、だんだんと過剰な気負いや緊張は和らぎ、ちょっとでもこのお役に近付こうと、前向きに考えられるようになりました。

それでも、計四十二回の舞台の出来は、皆様がご覧になったとおりの有様です。力不足の自分が情けなく、からませて頂いている京屋さんにも申し訳なく、悔しい思いばかりが残りました。
…私が今月の記事に自分のお役のことを書かなかったのは、たとえその日の反省にしろ、あるいは苦心談を語るにせよ、お役と私の技倆の差があまりにかけ離れている以上、どんなことをお話ししても、それは不遜な振る舞いであり、身の程を知らない、独りよがりの思い上がった物言いになると考えたからでございます。それくらいこのお役は、私にとりましては、<まだ手を出せない>お役だったのです。

さりながら、今月この機会を与えて下さったことには本当に感謝しております。おかげで自らのいたらなさを痛いまで感じさせられました。私の心の深く深くまで届く言葉もたくさん頂きました。結婚を機に新たな第一歩を踏み出した私にとりまして、最初で最大の試練だったかもしれません。諸先輩方、ご覧になったお客様に、こころよりお礼を申し上げます。

ともかくも、出せる力は全て出しました。
その結果がどうであろうと、ただ受け入れるのみ、です。
演ずるということが、ますます怖くなってまいりましたが、これからの舞台で、少しでも皆様に納得して頂けるよう、精一杯精進いたします。どうか末永くお見守り下さいませ。

明後日から二日間にわたる横浜公演でも、試行錯誤は続きます!