Chimney角屋のClimbing log

基本的にはクライミングの日記ですが、ハイキング、マウンテンバイク、スキー、スノーボードなども登場するかも・・・。

「違和感を覚えるクライミング用語」に対するコメントを読み返してみた。

2018-05-19 01:55:11 | 山とクライミングの話

数年前に「違和感を覚えるクライミング用語」という投稿に対してコメントをいただいたが、改めて読み返してみました。

海外でもちゃんと通じる用語かどうか、参考になりますね。

以下、いただいたコメントです。

 

クライミング用語 (岳人)2015-07-31 17:41:19こんにちは。検索で通りかかり、ブログを楽しく読ませていただきました。この記事の内容についてどなたもコメントしていらっしゃらないようでしたので、私の知っている情報を共有したいと思います。私が読んだり聞いたりした範囲での知識ですので、間違っていたらご容赦下さい。

Natural Protectionというのは、おっしゃるとおり岩や木などをプロテクションとして利用することで、カムなどを「ナチュプロ」に分類するのは間違いです。カムなどは、正しくはRemovable Protectionと言うようです。

Climb Downは正しい英語です。クライミング用語というわけではなく、「木から降りる=climb down from a tree」のような通常の会話でも使われます。

Lowering-downという語も、クライミング関係の本や映像などで見かけますので間違っているわけではないと思うのですが、一般的にはLowering-offの方がひろく使われているように思います。

Rope Climbingは、ご指摘のとおり英語ではもっぱらロープを手でつかんで登るものを指すようです。ロープを使用したFree Climbingに対しては、Ropeを形容詞化してRoped Climbingという言葉が使われているのをよく見かけます。これもご指摘のとおりですが、Roped ClimbingTop-Rope climbingあるいはTop RopingLead Climbingに分類されます。

また、クライマーが「Tension!」とコールするのは間違っていません。海外のクライミングのビデオでも普通に使用されています。このほかに、ご指摘にあった「Take!」「Tight rope!」などが一般的なコールとして使われているようです。意味はいずれもほぼ同じです。

以上、お目汚しですが、ご参考までに。


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ロング&ファースト ハイキングシューズ

2018-05-16 00:49:57 | 山とクライミングの話

5月14日。月稜会の会山行で高尾山から生藤山まで歩きました。

今年月稜会は60周年を迎えるので、その記念に、高尾山から日本海の親不知まで、みんなでリレーでつなごうと計画しています。

そういうわけで、初回の今回はみんなで高尾山から出発したのでした。

 

その様子をお知らせするのではなく、使ったシューズのレポートです。

洗って干してある画像です。

今回使ったのは右のアディダスTEREXです。

真中は5.10アッセント、左はスポルティバのワイルドキャット。

 

スポルティバは白砂山(八間山経由の周遊)や皇海山(銀山平からの往復)などでも使いましたが、疲れにくい良いシューズでした。しかし欠点も見つかりました。それはソールがぬれた岩や木の根で滑りやすいということでした。この点においては5.10ノステルスならば全く問題がないのですが、残念なことに5.10のアッセントは長距離を歩く靴ではないのです。ソールが柔らかすぎて、たぶん山道を5~6kmも歩けば、足の裏が痛くなってしまうでしょう。ルーズな履き心地なので、ねじれた斜面を横切るような場合は、足が横にずれてしまいそうです。でもその良さは、狭い範囲で岩場を歩き回ったり、頻繁に脱ぎ履きを繰り返すような場合には便利です。つまりフリークライミングのお供にはうってつけ。

アディダスTEREXは足にタイトにフィットします。斜面のねじれのせいで足がずれるようなことがありません。

足首もタイトに見えますが、素材の伸縮性が良いので脱ぎ履きは楽です。まあ、ハイキングの場合は頻繁に脱ぎ履きすることはないので、あまり関係ないですが。

ソールは薄目ですが、新品なのであまり石などによる突き上げ感はありませんでした。使い込んでからどうなるか?

なかなか良かったのはフリクションです。ステルスと同等とまでは言えませんが、このコンチネンタルのソールは、ぬれた岩などのフリクションがいい。ソールパターンによる設置面積が小さいので、ぬれた岩などのフリクションに不安があったのですが、実際はいてみると、フリクションは上々です。たぶん泥を意識したパターンなので、それでもフリクションが良いということになれば万能に近いような気がします。

十分軽量なので、もう少し重くなってもソールを厚くするか固めにして足裏保護をしてくれれば最高です。ほかのモデルでそういうのがあるのかな?

アディダスはステルスを使って万能ロング&ファースト ハイキングシューズを作ろうとしているのかな。


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昔の話 雪山避難小屋での粋なリーダー

2016-12-28 00:59:45 | 山とクライミングの話

最近、友達が山に食料をデポして山に登るという話を聞いて思い出した話。

山のデポとは、目的の山行以前に山に入り、食料などの必要な物資をあらかじめ山の経路に保存しておくことです。そうすることによって入山時の荷物を軽くすることができ、行動のスピードを速くすることができる。最近はこういう登山をする人が少なくなった。そうするほど大掛かりな登山が少なくなったのかもしれないが、「ワンプッシュ」「ファーストアッセント」という考え方が一般的になってきたからかもしれない。デポをすれば「ワンプッシュ」ではないし、背負えるだけの荷物で目的を達成するのが「ファーストアッセント」になるから、最近は「デポ」をする人は少なくなったようだ。でもこの方法も経験する価値はある。実に計画的で合理的な方法だと思う。信念に照らし合わせて受け入れない人もいるとは思うが。

「思い出した話」というのは「デポ」とは少し違うが、冬季避難小屋での「非常食」にまつわる話だ。

もう30年ほど前の話。私はゴールデンウィークに雪山に向かった。テント泊で2泊3日の予定だった。出発時は快晴だったが、お昼ごろになって空には雲がわき始め、雷鳴がとどろくとあられが降り始め、猛吹雪になった。私は通り過ぎた冬季避難小屋に引き返し早々に寝袋に潜り込んでいた。1時間ほどすると数人のパーティーが入ってきた。リーダーらしき登山者が「先客が寝てるから静かにやれよ」というと、みんな荷物を広げ寝床を作り始めたようだ。続いてリーダーが、「そこにある缶から食料を出せ」という。言われたメンバーは「これを開けるんですか?」と問いただしている。「缶」とは避難小屋に備え付けられていた非常食のことであることは私にもわかった。缶には「非常時に食べてください」と書かれていた一斗缶だ。「なんて悪い奴だ」と思いながら、寝たふりをしながら聞き耳を立てていた。言いつけられたメンバーは「非常食開けちゃまずいんじゃないですか」と言っているが、リーダーは「いいから開けろ」という。メンバーは仕方なく開け始めるが、リーダーは「バカ!もっと丁寧に開けろ」という。開けた形跡を残さないようにしているんだなと思い、リーダーは確信犯的な極悪人に違いないと思っていた。

メンバーが缶を開け終えたころ、リーダーは「お前たちが持ってきた保存のきくものを缶に入れて、缶に入っている古い食料と入れ替えろ」というのだった。メンバーはリーダーの意図を理解し喜んで作業を続けたのでした。リーダーは、非常食の古いものを自分たちでいただき、代わりに新しい食料に入れ替えようとしていたのです。「丁寧に開けろ」というのは、缶に張ってあったガムテープがちぎれないように開けろということだったのです。私も寝たふりをしたまま感激していましたが、とうとう我慢ができなくなり、そのパーティーの仲間に入れてもらい、一緒に宴会を楽しんだのでした。このリーダーは以前に単独で登山中、悪天候で冬季避難小屋に数日間閉じ込められ、小屋にあった非常食と燃料に助けられたことがあったそうです。それから会の後輩を連れてこのような経験をさせているのだと言っていました。粋なリーダーです。

翌朝は大量の雪が積もっていましたが、私は山頂に向けて出発しました。かのパーティーは避難小屋の近くで雪上訓練をして下山することにしたそうですが、私が出発するときにはみんなが「お気をつけて」と送り出してくれたことを思い出します。


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クライミングジムで子供たちを邪魔者にしたくない

2016-12-25 01:02:15 | 山とクライミングの話

今日もクライミングジムで子供たちのスクールを行いました。そのあとも自主練の子供たちに立ち会いました。

自主練に来るような生徒は、周りの大人たちと同じようにふるまえます。自分が頑張って上手になろうという気持ちが周りの大人たちと一緒だからだと思います。ジムに通う目的が周りの大人たちと一緒だから同じようにふるまえるのではないかと思います。そこに年齢の違いはありません。だから大人であっても子供であっても、一緒に楽しいクライミングができるのです。

でも、そういうクライミングの目標がない子供たちは、単に面白い遊びとしてはしゃいでしまうこともあるかと思います。それは子供ですからそういうことがあるのは当然だと思います。でも、真剣にスポーツに取り組むべきクライミングジムの中では許される行為ではありません。だから保護者の付き添いが必要です。付き添いというのは、その場にいればいいということではなく、必要に応じて注意を促したり手を差し伸べたりすることが欠かせません。真剣なスポーツですし危険も伴います。そこに子供たちが参加するのですから、保護者は子供から目を放すことなどできないはずです。

私はスクールに通ってくる子供たちを指導していますが、子供たちの安全はもっとも重要な課題です。それとともに、真剣に練習している大人たちから、子供たちが白い目で見られないようにしたいということに気を使います。そのためには、子供たちが真剣にクライミングに取り組めるようなモチベーション作りが課題です。そういうモチベーションをもっている子供は、周りの大人たちと一緒にクライミングを楽しむことができるのです。

だから子供にクライミングをさせたい保護者は、自らクライミングがどんなスポーツであるか理解していただき、それに基づいて適切な付き添いをしていただきたいと思います。遊園地や公園に連れてきて遊ばせるのだって監視は必要です。それに益して、クライミングという「自分の安全は自分で守ると」いうアクティビティーをするのですから、子供に対する保護者の責任は大きなものです。

私もスクールの間は子供たちの保護者です。言うだけではなく実行していきたいと肝に銘じます。


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クライミングをしない人に聞かせたいクライミングの話(その2)

2016-12-10 01:19:11 | 山とクライミングの話

クライミングが2020年のオリンピック種目に決まったことを、喜んでいないクライマーもいます。

私個人としてはうれしいと思っていますが、このことを喜んでいないクライマーの気持ちもわかります。クライミングの楽しさってなんなんだろうと考えてみると、「誰かに勝つ」ということは全く大きな要素ではないんですね。今できないこと、難しいことを鍛えて考えて、少しずつ克服してクリアする過程が楽しいのです。それも自然に囲まれた癒される場所でできたら、さらに楽しいのです。そして気の置けない仲間と競うだけではなく、一緒に励ましあいながら登れたらもっと楽しいのです。だからクライミングが「誰かに勝つ」という競争にしたくないのではないでしょうか。

そして、オリンピック種目になることで、クライミング人口が増えることは、クライミングに対する認知度が上がり、理解が深まることはよいのですが、岩資源の少ない日本、冒険的な文化が遅れている日本では、オーバーユースの問題も含んでいます。登れる岩場が少ないのにクライマーばかり増え、ルールやマナーに疎いクライマーが増えてしまったら、岩場に立ち入り禁止の看板が立ってしまう。そういうことも懸念しているのです。昔はクライマーといえば世間から異質の人種に思われていたかもしれませんが、数が少なかったせいで目立たないし、少々社会の流れに逆らった生き方をしていても、それほど一般社会に対する影響はなかった。でも今は違います。クライマーだってちゃんとした社会人でないと、世間から批判される対象になってしまいます。今年ちょっと話題になった「天然記念物にクサビ」問題もそうです。「クサビ」はクライマーが目立たなかった時代、岩が天然記念物に指定される前に打たれたものであっても、クライミングが世間一般に認知されるようになると、こういうことも表ざたになってきます。

だから私も、目立たないようにひっそりとクライミングを楽しんでいたい。あまりクライミング界を騒がしくしてほしくないという気持ちがよくわかります。でもそのままにしていたら、自分の世代は楽しめるかもしれないけど、やっぱりこの国におけるクライミングの認知度を上げて、冒険的な文化を成熟させないと、いまクライミングを初めて頑張ろうとしている子供たちに、クライミングが楽しめる環境を残せないかもしれないと思うのです。

安全が確保できるエリートスポーツとしても、自分の命を自分で守る冒険としても、誰も成し遂げられなかったことを成し遂げるチャレンジとしても、クライミングという文化は残していきたいと思うのです。


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クライミングをしたことのない人に聞かせたいクライミングの話

2016-12-07 01:10:42 | 山とクライミングの話

 スポーツクライミングが2020年の東京オリンピックの公式種目になり、都内を中心に日本の各地にクライミングジムが急激に増加しているようです。

もし渋谷の交差点で「クライミングをしたことのある人、いますかー?」と叫んだら、何人かの方は手を挙げるくらいにクライミングは認知されたスポーツになってきたような気がします。各地にクライミングジムができ、テレビでもスポーツクライミングが取り上げられる機会が増え、比較的手軽に体験できるスポーツになってきたように感じます。クライマーのファッションも一般的になっているような気がしますし、今ならクライミングウェアーを街できていても違和感がありません。

でも私がクライミングを始めた30年くらい前は、登山用ウェアーとしてのウェアーはありましたが、フリークライミングウェアーというのはグラミチくらいで、街で着ているとかなり違和感があったようです。私はその頃、グラミチのTシャツとズボンで、品川プリンスのトイレに入ったら、警備員に後をつけられました。不審者に思われたのでしょうね。それ以前のフリークライマーは、定職に就かず、岩場の近くで生活し、お金が無くなると街に戻って小遣い稼ぎをして、少しお金がたまると岩場に戻ってくる、いわゆる「バム」が多かったのですね。しかもいでたちは反社会的勢力のようなヒッピースタイルが多かったので、まっとうな社会人から見ればかなり異質な人種だったのだと思います。

今はジムに行っても岩場に行っても、ほとんどまっとうな社会人のレジャーやスポーツの場になっています。岩に触ったことがなくてもジムで強くなるクライマーのほうが多くなってきたようにも思います。人の殺し合いがスポーツになるくらいだから、危険な岩登りがスポーツになるくらいは全然不思議でもないのですね。

持論ですが、クライミングというのは本質的には冒険です。スポーツとして始めて冒険の世界を知るクライマーが増えていますが、それも良いと思います。本物の岩場でも、あらかじめボルトというプロテクションが設置されているスポートルートが多いのですが、さらに冒険的なのは、自分で何も人工物のない岩にプロテクションを設置しながら登るクライミングがあり、もっと冒険的なのは山の山頂をめざし、厳しい自然環境を克服して登るクライミングがあります。そのように考えると、今のクライミングというのは、私が体験してきた過程の逆を行っているような気がします。

私の出発点は厳しい山登りで、岩場の通過の練習が山岳地帯でのクライミング。さらに山岳地帯のクライミングでも特に厳しい条件の練習が、自分でプロテクションを設置しながら登る「トラディッショナルクライミング」。その中でも安全に非常に困難なクライミングを練習する場がスポーツクライミングでした。

そう考えると、今の社会で認知されつつあるクライミングって、私が経験してきたクライミングとは逆のアプローチになっているように思えるんです。


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高グレードにしか目が向かないのではさみしいクライミング

2016-09-02 01:10:46 | 山とクライミングの話

スポーツとしてのクライミングは盛り上がっているようだ。確かにクライミングはスポーツとして楽しめるアクティビティーだ。そしてスポーツクライマーの登るレベルは飛躍的に向上していて、始めて1年で5.12を登ったり、ボルダリングの初段を登ったりすることも珍しくないらしい。

しかしその反面、それだけ登れるクライマーが、岩場でのアプローチでつまらない怪我をしてしまったり、プロテクションのプアなルートで敗退したり、ぬれた岩の5.9/30mをリードするのに2時間かかったりするのはいかがなものか。またロワーダウンの途中でロープがスタックしてしまって降りられなくなったとき、解決方法がわからなかったりする。

こういうことを書いて発信するのは、登れなくなったクライマーの僻みと思われるかもしれないが、あえて発言してみる。クライミングというのは単なるスポーツではなく、冒険だ。冒険とは目的を果たすためのチャレンジであり、目的が果たせなくとも必ず生きて帰ってくることに対してのチャレンジだ。だから「勇気」「冷静な判断力」「豊富な知識」「賢さ」などが必要だ。ただの体操だったら、クライミングというオリンピック種目はいらない。体操床演技の垂直種目でいい。

私も子供たちのスポーツクライミングを指導する立場だけれど、クライミングをただの体操として教えたくない。クライミングの「精神」や「文化」は学んでほしいと願っている。


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今日はジュニアクライミングスクールの合同練習会でした

2016-08-27 01:04:47 | 山とクライミングの話

8月26日。今日はジュニアクライミングスクールの合同練習会でした。「アラジン」「ポケット」「ビッグロック」のジュニアクライミングスクールが合同で、過去2回「アッコマンカップ」というコンペを開催しましたが、今回は合同の練習会でした。

夏休みが終わっている子も多くて、親子合わせて15人ほどの練習会でしたが、普段ボルダリングジムで練習している子もトップロープやリードクライミングをみんなで練習し、保護者の方にはビレーを練習してもらうなど、豊富な内容(やることが多すぎたという反省もありました)が、1日中(時間が長すぎたという反省もありました)頑張って練習しました。

それでも、初めて会う子供同士でも、次第に打ち解けて励ましあったり、応援しあったり、登れなかった時は一緒に悔しがったり、お互いに刺激を受け、共に頑張る友達がいることを知ってくれたと思います。スポーツクライミングが2020年のオリンピック種目になり、今は子供たちのモチベーションが高まっているように見えますが、伸び悩んだ時や疲れた時、やはり一緒に頑張る仲間がいることが大切だと思うのです。一人で頑張り続けることはとても難しいことです。でも仲間がいればそういった壁も乗り越えられるかもしれません。だから、いつも一緒に練習している仲間のほかにも、違う場所で、同じように頑張っている仲間がいることを知ってほしいと思っています。競技者を目指す子供たちだけではなく、これからの長い人生を充実させて過ごすためにも、仲間と一緒にクライミングを続けてほしいという願いがこもった企画です。

また保護者の方には、子供たちが打ち込んでいるクライミングがどんなものか理解していただき、子供の練習のパートナーになってもらえるように考えていました。本気でクライミングをやりたいと思っている子供たちには、やはり親の理解と協力が必要です。親が子供を教えるむずかしさはあると思いますが、スクールで習ったことの反復練習や、子供の自主的なトレーニングのパートナーとして、ぜひ一緒に楽しんでもらいたいものです。

クライミングはそれだけ本気で打ち込む価値があるものだと信じています。これからも子供たちや、その保護者の方のサポートをしていきたいと思います。


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スポーツクライミングが五輪競技に

2016-08-06 01:07:35 | 山とクライミングの話

昨日、ビッグロックのジュニアスクールでした。数名の生徒が「クライミングがオリンピックの種目になったね」と話しかけてきました。「ああ。この子たちも関心を持ってるんだな」と、ちょっとうれしい気持ちになりました。みんなオリンピック選手を目指して頑張ってくれるとうれしい。でも4年後の東京オリンピックでは正式種目になるけど、そのあとのオリンピックで正式種目になるかどうかは決まっていないらしい。

年齢的に東京オリンピックには間に合わないかもしれないけれど、もし本当に目指したいなら私もそれなりに努力して答えてあげなければ。ほかの指導者の力も借りたり、私の手元から放すことも含めて。

スポーツクライミングは、日本人が海外の選手に対して大きなハンディがない種目です。むしろ日本人に有利な種目かも。(スピードクライミングはどうか?) メダル獲得が大いに期待できる種目だと思います。だから、今後日本のクライミング界が盛り上がる可能性も大いにあるでしょう。

ただ、そうなったとき、心配なのが、「クライミング」がただの競技になってしまうことです。スポーツクライミングの選手が、岩を登ったことがない、という時代になってしまわないか。本物の岩登りを知らないクライマーがオリンピックのメダルを争うようなことになってしまったら、これは悲しいことです。岩登りは「冒険」です。自分の命を守りながら、体だけでなく頭や心をフル稼働して行う行為です。だから、スポーツクライミングでも、本当のクライミングの精神はなくしてほしくない。

ほかの種目を見ても、切れない刀で戦う剣術や、殴られても蹴られてもいたくない防具を身に着けて行う武術があるが、それはそれなりに、精神的なことは受け継ぐ努力もしての上だと思う。剣術がただの人殺しではなく、武術も人を傷つけるためのものではない精神。「何とか道」といわれるものは、世界共通の心惹かれる精神性がある。クライミングもそういう精神性を受け継ぐ努力をしたうえでスポーツとして発展していけばいいなと思う。


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スポートクライミングが全盛なのに、なぜこんなルートを登るのか。

2016-05-29 01:06:32 | 山とクライミングの話

先日登った岩場。遠くから眺めて、気になっていたのだが、実際にそこに行くまで何年も経過してしまった。行ってみると、古い残地支点が見つかったものの、その先は登られていないようだ。ほかのラインも手つかずのように見える。実際登ってみて、ほかに残地支点がないということは、完登されていない岩場だと思われる。

首都圏から近い岩場の中ではスケールが大きい。しかし、高難度なフリークライミングを行うような傾斜でもない。アプローチも1時間ほどかかるし、道もない。そこで繰り広げられるとしたら、ワイルドなトラディッショナルなクライミングしかないのだと思う。花崗岩なのにクラックは閉じてしまっているので、グランドアップで登る場合、ピトンや手打ちのボルトも必要になる。時にはボルトを打っている途中に墜落することもある。たとえ満足にナチュラルプロテクションが取れなくても、グランドアップでフリークライミングをするのがトラディッショナルだと思う。だから、この岩場はそのスタイルで登りたい。この岩場にふさわしい登り方だ。

若いクライマーがたった数年で5.12とか5.13とかを登ってしまう。フリークライミングがオリンピック種目にもなろうとしている。多くの子供たちもクライミングスクールに通い始めている。そんな時代に、なぜこんな時代遅れの登り方にこだわるのか?

私には譲れない理由がある。私は今のところせいぜい頑張っても5.12しか登る実力がない。もっと登れるように努力はしているのだけれど、そもそも登れるようになりたい理由は落ちたくないからだ。本来クライミングというのは落ちたら大変なことなのだ。もとをただせば、クライミングとは山登り。山登りに険しい岩場が出てくる。ここで落ちるわけにはいかない。だから、もし登る自信がなければ、登る自信がつくまで岩登りの練習をして、再度チャレンジするものなのだ。

私のクライミングの原点にはこういうことがある。落ちてもいい環境でクライミング技術を高める。だけど本来の目的は、落ちてはいけない岩場を登りきること。今回のような、まだ誰も登ってない岩を下からプロテクションを構築しながら登りきること。いくらスポートクライミングが上手でも、それだけでは成し遂げられないクライミングだ。しかしこれがクライミングの本質だと思う。だから私はこういうルートを登るし、登れたら、できるだけ発表して、若くて上手なクライマーにも、体験してほしいと思うのです。つまりジムナスティックなだけではなく、登る技術に裏付けされながらも、精神力の強さと知恵や経験を総動員しなければ登れないようなクライミングを衰退させたくないのです。

この先の1手を出していいのか、出してはいけないのか。そういうことを常に考えながら進んでいく、または引き返してくる。そういうクライミングは絶対受け継いでいくべきだと思うのです。


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