<剣神社 つるぎじんじゃ>
剣山山頂へと伸びる登山道の玄関口、
見ノ越にある剣神社の一帯には、
「修験」の匂いが強く漂っておりました。
もし仮に、契約の箱(ソロモンの聖櫃)が、
山頂付近に埋められていたとするなら、
聖域を守る修験者たちは、ここを拠点とし、
山へと侵入する許可を得たのでしょうか……。
イスラエルの地を離れてから、
日本へとたどり着くまでの間、
古代ユダヤの人々は、立ち寄った土地々で、
幕屋と呼ばれる移動式の神殿を建てながら、
ひとつの場所に長期間留まることなく、
東方へ向け旅を続けました。
もちろん、長旅の途中であったため、
固定式の神殿を作ることが難しかった、
という理由もあるのでしょうが、
その裏には「神を一か所に留めるな」という、
「戒め」が含まれていたと感じるもの。
日本という安住の地にたどり着いてからも、
神の依り代であるユダヤの神宝(主に剣)は、
常に移動を繰り返していた可能性もあります。