迷走していた「たんなさん」のつぶやき

※個人の感想です・・・

新庄のファンサービス

2006年05月19日 | スポーツ
“虎の新庄”出た!甲子園ファン喝采
【日本ハム4-1阪神】様になりすぎて誰も止められなかった。あの男が聖地・甲子園を揺るがす仰天パフォーマンスでお出ましだ。試合前のシートノック。野手が1人足りないことに気付いた白井ヘッドコーチが「(背番号)1は?」と三塁側ベンチに聞く。次の瞬間、カメラマンをなぎ倒して飛び出してきたのは縦ジマの背番号5、SHINJYOだった。
もう「阪神・新庄」を見られないと思っていた虎党がスタンディングオベーションで迎えた。6年前にタイムスリップした本人は、右翼席に手を振ったかと思えば、しっかりレーザービームを3本決めて大はしゃぎだ。
今季限りで日米17年のプロ人生に幕を引く。ゴレンジャーにハーレー入場と無尽蔵の発想力でアッと言わせてきたが、こんな思い出づくりが残っていたとは誰も予想できなかった。
メッツに移籍した01年以降の登録名、SHINJOに戻ると勝負に徹した。1点を追う4回2死一塁で下柳の131キロを中前にはじき返した。田中幸の四球で満塁となり、鶴岡の左前2点打で二塁から生還。1人2役の活躍で4月6日以来、勝ち星から遠ざかっていた先発ダルビッシュに白星をプレゼントした。
阪神時代のユニホームは球団の厚意で試合前に記念に贈られたもの。阪神・沼沢球団取締役は「まさかああいう形で着るとは…」と笑った。古巣への恩を忘れない新庄らしさに目くじらを立てる雰囲気はない。牧田球団社長が「おかしければファンが非難する。(阪神への)思い入れが強いんと違う?」と言えば、日本ハムの島田チーム統括本部長も「ルール上駄目でもファンが喜んでくれたならいいかな」と同調した。
昨年は芝のにおいをかぎ、手のひらでなでて「世界一の球場」と感慨にふけった甲子園。きついヤジも浴びたが、わずか3分間だけでも懐かしい時代に戻ることができた。そして、チームを再び首位タイに押し上げた。型破りで憎めない背番号5、いや1を見られるのもあと93試合しかない。
 ≪審判スキ突かれ≫審判団は困惑を隠せない様子だった。責任審判の杉永三塁塁審は「あの時間帯はいつも控室にいる。見ていないので何とも言いようがない」と答えるにとどまった。新庄は試合前の練習ではビジター用のユニホームを着用していただけに、一瞬のスキを突かれてバツが悪そうだった。[ 2006年05月19日付 紙面記事 ]
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新庄という選手はちゃらちゃらしているだけで好きではなかったのですが、ある出来事をきっかけとして好きになりました。
それは彼の母校が甲子園出場を決めた時に、野球部にマイクロバスを寄付したのです。
当時の彼の年俸は8千万円。その時に8百万円、年俸の1割に当たるのマイクロバスを寄付したのです。
これだけのことはなかなか思っても実行できません。
その後もクイズ番組の賞金で札幌ドームに広告を出すなど、社会のためにお金を使うことを実践しています。
これは見習いたいと思っています。

さて、その新庄がかつて所属していたタイガースのユニフォームを着て練習したというのです。
タイガースファンにとっては、かつて応援した選手が応援しているチームのユニフォームを着てくれる、しかも甲子園球場で、です。
うれしいじゃないですか。
それでなくても、世間の耳目はワールドカップ一色です。
ファンサービスのことを思えば、歓迎されても非難されるようなことではありません。

それに比べて、バファローズの清原は、どこに行っても休んでばかり。
ヤンキースの松井のように、僕を観に来てくれるお客さんのために、今日しか球場に来られないかもしれないファンのために、休んじゃいけないんだという意識が欠けています。
高額の年俸をもらっているのなら、それに見合った働きをして欲しいものです。
ゲームに出られないのなら、ファンサービスをしてくださいな。