常識について思うこと

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JASRACからの問題提起

2010年03月03日 | 産業

-Twitterで歌詞をつぶやいたら利用料が取られる-

JASRAC幹部の方から、Twitterに関する発言があったようで、ネット上で軽い議論が沸き起こっているようです。事の善悪は別にして、JASRACは著作権者の総まとめ役ですから、こうした方の発言は、極めて重く受け止める必要があるだろうと思います。

この方向性でいくと、今後、利用料を払わずして歌詞を(部分的にでも)投稿してしまったら、犯罪者ということになるのでしょう。少なくとも、私の場合、Twitterに限らず、ブログでも歌詞の引用をしているので、後日、JASRACから請求書が届くようになるのかもしれません。一応、「歌詞を書いても著作権法に抵触しないのは、報道や批評、研究など、「引用」の正当性が認められた場合に限る」ということなので、私としては、そのあたりの考え方と併せて、何らかの動きがあるものと承知しておきます(今のところ、これまでのスタイルを変えるつもりはありません)。

それにしても、先日のGoogleの訴訟騒動(「Googleにも見えてない」参照)といい、ネットの世界は、いよいよ殺伐としてきたように思います。今後、歌詞に限らず、あらゆる著作物のネット掲載を巡って、利用料請求や訴訟等が次々と起こってくるであろうことを考えると、インターネットは着実に「犯罪者の大量生産装置」に近づいていくと思われます(「大量犯罪者時代への分岐」参照)。

しかし私は、これらの問題の根本的な原因が、従来のインターネットのタダ乗り・無責任な仕組みにあるのであり、今後、インターネットの仕組みそのものを変えていき、こうした問題を解消していくことは十分可能であると考えています。

今回の著作権を巡る問題に関して言えば、現在のインターネットの仕組みが、従来のメディアルールを与件として考えている、既存の著作権者側の要求に応えられていないことが、決定的な問題なのです。私は、これを解消することは、十分可能であり、そうしたインターネットを実現することこそ、今日、インターネットのビジネスに関わる者の使命であると考えています。その具体的な方策については、既に本ブログの各記事にて述べている通りなので、ここでは詳述いたしません(「「関係図」可視化の重要性」、「重み付けを考慮した評価」、「インターネットのリアル化」、「携帯電話システムの強み」、「次世代インターネット」、「3次元DBと著作権」、「「ウェブで管理する」ということ」、「被害者意識を乗り越えて」、「次時代コンテンツの評価」等参照)。

ただし、現在のJASRACの著作権管理の手法が、新しいメディアの仕組みに相応しいかは別問題であることも、併せて付しておきます。メディアの仕組みが変われば、そのルールも変わって然るべきです。その折には、著作権管理の手法が、全く異なることも考えられるため、そうした時代において、JASRACにどのような役割が期待されるのかは、その段階において、あらためてきちんと議論がなされることでしょう。

いずれにしても、これまでのインターネットやコンピューターというのは、世界の覇権国・アメリカがリードして、築き上げられたものです。そして、そうした技術や産業というのは、単にビジネスモデルの次元ではなく、その根底に流れる思想や哲学によって定まるものでもあります。そう考えると、現在のインターネットやコンピュータの姿というのは、単にアメリカという国の思想や哲学の表現物に過ぎないとも言えるわけです。

近年、議論されるようになってきたインターネットやコンピュータ、さらにはメディアシステム等に関して、次々と表面化してきている問題については、表層部分の手直しでは効かず、その根底に流れるアメリカ的思想や哲学からの見直しが必要なレベルに達しているのではないかというのが、私見です。そういう意味で、私なりには、こうした産業における問題を通じて、アメリカという国の限界が示されているのであり、代わって、日本という国が、その思想や哲学に基づいたリーダーシップを発揮していく時代になってきているような気がしています。

ちなみに、今回のTwitterに関連したJASRACからの問題提起については、「著作権者とリスナーが共に幸せになる道を目指していきましょう」という、個人的な願望くらいは述べておきたいと思うのでした。

コメント
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