満月に聴く音楽

宮本隆の音楽活動(エレクトリックベース、時弦プロダクションなど)及び、新譜批評のサイト

Arctic Monkeys 『Humbug』

2009-09-23 | 新規投稿

<もっと遅い曲を増やしてもいいだろう。それすら‘速く’きこえる筈。>と書いたのは昨年1月、前作『FAVORITE WORST NIGHTMARE』の評においてだったが、果たしてそのアークティックモンキーズの新作は全曲が‘遅い曲’で構成された意外な内容となった。アップテンポの曲が一曲たりともないのだから、徹底している。今作で際立つのはそのミディアムテンポである。スローテンポではない。この中間速度の楽曲こそが演奏上、ノリを出すのが最も難しいのは、数多のミュージシャンが認めるだろう。

このミディアムというテンポは70年代前半のものだ。
ロックがまだ、ブルース、R&B、カントリー等、ルーツミュージックとつながっていた当時、ミディアムテンポというブラックミュージック的な後ノリのグルーブこそがロックビートそのものだった。しかし、パンク以降、ロックの平均速度は速くなり、それは90年代以降のロックの構築性の崩壊と共に、‘早くイキたい’症候群という時代的病理とリンクした。前傾姿勢でドライブするビートがもはやタメなき機械的アップビートにまで、その速度がエスカレートし、16は勿論、ルーツミュージック的なリズムを前後左右に揺らす演奏テクニックの習得はなおざりにされた。結果、早い曲はごまかしがきくとばかりに、中途半端にビートが突っ込む前のめりなバンドが多くなる。
実際、ミディアムテンポは難しいのだ。しっかりした構成がないと、楽曲のレベルが暴かれるし、ライブではリズムが少しずつ速くなって下手がばれる。しかし、70年代のバンドはミディアムを完璧に演奏した。しかも、遅いテンポに速度を感じさせる演奏の醍醐味を持っていたのだ。

アークティックモンキーズはUKロック特有のビートポップ色(ルーツミュージックからカットアウトされた)が濃厚なバンドとしてスピーディーな楽曲と切れ味鋭いリズムアンサンブルが特徴だったが、今回、そのテンポに於いて、ルーツミュージックのテンポに接近する新たな展開を見せた。この‘オールドウェイブ臭’の獲得は、嘗て、ストーンローゼスが『second coming』(94)で到達した快楽性を想わせるが、従来の奇天烈変則ビートポップという持ち味を維持している点が逆に独自性を感じる。古典に向かうのは安易だろとばかりに、ブルースコードに背を向け、相変わらずシンプルな圧縮ボイスは決して歌いあげない。リズムのグルーブもテンポは確かに70年代だが、やはり、横揺れのグルーブじゃなく垂直に刻んでいる。楽曲の練られ方に前作より物足りない点も感じるが、それはバンドの自然体の結果と肯定的に見ざるを得ない説得性をも同時に含んでいるだろう。バンドがいよいよ、ミュージシャンシップを獲得してきたなという印象。

無造作な写真のアルバムジャケットもいい。
この写真がアークティックモンキーズの本質を表しているだろう。ミュージシャンなのだ。スターじゃない。じきに売れなくなるだろう。でもずっと音楽やると思う。半端じゃなく音楽、好きなはずだから。前もこのフレーズ、書いた気がするが。


2009.9.23







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