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細野晴臣のアイデアだろうか、変拍子の「銀座カンカン娘」。
ヘンではあるが、黄金の原曲が、いかようなアレンジをも許容する。すごくいい。
服部良一。1907年(明治40年)生まれの大作曲家。
作曲活動開始は1935年だという。戦争と貧困の時代。2.26事件前夜だ。しかし暗い世相という一面の裏に庶民感覚としての歌の渇望や踊り出したい本性、そんなロックンロール的陶酔への抑えられない欲望は日本を覆っていただろう。終戦の1945年とは、開放元年だったか。「東京ブギウギ」を笠置シズ子が歌ったのは1947年。終戦から僅か2年後だ。しかし私はこれを開放感によるものではないと推測する。このロックンロール感覚は戦中から地続きの日本人の感性そのものだった筈だ。
服部作品の底辺に流れるリズムのグルーブ感覚は何なのか。戦後、ラテンやジャズ、ロック、マンボ、ルンバ等、外来のリズム様式が、どっと入り込んだ状況は理解する。しかし、そんな影響が服部楽曲にあるメロディの洗練度、ポストモダン性、ビートのカッコ良さの要素になっているのか。違うと思う。「東京ブギウギ」や「ヘイヘイブギー」、「銀座カンカン娘」のスウィンギーなリズム感覚はロックンロールよりアフターなビートでタメがある。強いて言えば16系だが、やっぱり日本の祭りのリズムが最も近い。テンポが速くなった祭りのリズムだろう。
そして「昔のあなた」、「胸の振子」、「一杯のコーヒーから」、「蘇州夜曲」、「東京の屋根の下」。これらの曲には崇高な日本のバラッドの原型、その精神が見える。それはいわば唱歌の精神だと思われる。バラッドという形式が個人的愛を超える大きな価値に昇華された歌。愛の普遍的価値などとクサイ事は言うまい。ただ、多くの歌において<LOVE>が恋愛的私小説を指すのは欧米の恋愛感覚や個人主義、センチメンタリズムによるものだったのではないか。日本唱歌を聴くとそんな感慨に捕らわれる事が確かにある。洋楽の詩世界は日本歌謡を弱体化させたとは暴論か。
服部作品にある濃厚な肯定性や和の感覚。バラッドさえも何かしら大きな物語に飛躍しそうな世界。メロディが感情過多にならず一種のクールネスとの間に均衡を保つ。ベタつかない。だから未来まで持って行けるような楽曲になっているように感じる。
服部楽曲の肯定的感覚は日本的叙情を内に含む構築感を持つ。いわば悲哀を理解した明るさ。だから歌にスケールの大きさがあり、誰もが歌いたい歌になる。
雪村いづみのデビュー20周年記念として1974年にリリースされた服部良一作品集。声の多彩さはこの時代の天才歌手に共通する資質か。バックはキャラメルママ(細野、松任谷、鈴木、林)。シティポップ風の軽いアレンジではなく、グルーブ溢れる重い演奏である事が服部作品に適うサウンドトラックと言えるだろう。CDの解説によると細野晴臣は「必死だった」と述懐しているという。それは充分、感じられる。「東京ブギウギ」のぶっとんだ演奏は日本の大衆歌謡の未来的認知をも視野に入れた彼等の30年以上も前の挑戦だったのだろう。
2007.11.19
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